PART5
怖いとは思わなかった。
だが、”しくじったか”とは思った。
彼女が手に入れた”完全武器マニュアル”によれば、手製火炎放射器の火が届く範囲は、半径2メートル。
俺が今いる石段の端から、彼女のところまでは、目測にして1メートル90センチ。
心臓が喉まで突き上がるとは、こういう事をいうんだろう。
だが、俺は努めてそれを出さず、M1917の銃口を彼女に向け、片手で
探偵免許とバッジのホルダーを出し、腕を思い切り伸ばして突き付けた。
『俺は私立探偵だ。依頼を受けて君を尾行していた。こいつは本物の拳銃だというのは分かるよな?君がそいつのトリガーを引けば、俺も迷わず発砲する。下手をすると命のやり取りになるかもしれん。どうするね?』
俺は本気で撃つつもりだったんだ。
相手が未成年だろうと、可愛い女の子だろうと知ったことか。
だが、相手は何も言わず、足元にそいつ・・・・手製の火炎放射器を落とし、手を挙げた。
『ついでにフードを上げて、顔を見せちゃくれないか?室町あかりさん?』
フードの下で、彼女は少し笑ったようだったが、大人しくフードを脱いで顔をこっちに向ける。
そこにいたのは、確かに今を時めくアイドル、室町あかりその人だった。
目だけは最初に俺が見た写真のまま、妙に輝いていた。
俺はホルダーを戻すと、銃口を離さず、足を精一杯延ばし、彼女の捨てたあの
小型火炎放射器をこちらに寄せた。
即席で造ったにしてはいい出来だ。
『今、ポケットの中でICレコーダーのスイッチを入れた。ここから先の会話は全て録音させて貰う。当然これは探偵の義務として警察に渡さにゃならん。従って君にとって不利な扱いを受ける可能性があるから、喋りたくないことは喋らなくても構わん。』
彼女・・・・もうそう言っても構わんだろう。鳥がさえずるような小声で笑いながら、
『随分回りくどい言い方をするのね。小父さん。”黙秘権を行使したければ”って言えばいいじゃない?』
『その通りだな。だが犯罪者を見つけた時には探偵はこれを告げなきゃならん決まりなんでね。悪く思うな』
俺はそう返して、レコーダーを取り出して、銃口に並べて彼女の方に向ける。
『では、答えて貰おう。まず、前に起こった四件の連続放火事件の犯人も君だと思うが、どうかね?』
『そうよ』
彼女はあっさりとした口調で答えを返す。
少しのためらいもなかった。
『何でこんなことをしたんだね?』
彼女は不思議そうに、
『何で?面白いからよ。それ以外に理由なんかないわ』
実に簡潔な答えだった。
『火をつけるでしょう。パトカーや消防車が来る。野次馬が集まってくる。マスコミも来る・・・・これ以上面白いことがあって?』
室町あかりは少しも表情を変えずに言った。
テレビの画面や映画のスクリーンの中で台詞を喋っている彼女と全く違わなかった。
俺はレコーダーのスイッチを切ると、携帯を取り出し、
『今から警察を呼ぶぜ。構わんね?』
そう告げたが、彼女は何も言わず、黙って頷く。
10分もしないうちにサイレンの音と共にパトカーが一台やってきた。
俺はそこでやっと銃をホルスターにしまった。
制服を着た
『後で報告書を忘れないように』それだけ言い残し、彼女の両脇を挟むようにして、石段を降りて行った。
さて、事件はそれでしまいだ。
”それじゃつまらん。決着をつけてくれ”だと?
仕方ないな。じゃ、話してやるよ。
確かに彼女は警察に引っ張られたが、新聞には”連続放火犯、逮捕”という見出しで、社会面の片隅に小さく載っただけだった。
当たり前だが勿論名前なんか出る筈はない。
テレビだって、何故かニュースショーで素っ気なく伝えただけで終わった。
名前入りで伝えたのは、俺の情報源、あの三流ゴシップ雑誌だけだったが、それすらも世間は屁とも反応しなかった。
依頼人の田中隆一君は、わざわざ俺のところに訪ねて、探偵料を現金で支払ってくれた。
彼によれば、室町あかりの弁護士と名乗る男が彼の元へやって来て、500万円の入った封筒を渡し、
”これを受取って終わりにして欲しい”と、事務的な口調で告げたという。
『で、君はそれを受取ったのかね?』俺の問いかけに、田中君は切なそうに首を振り、
『これ以上ゴネても仕方ありませんから』と答えた。
室町あかねはといえば、起訴もされず、事務所を通して”しばらく芸能活動を休止して、静養のため渡米します”というコメントを出しただけだった。
可愛い女の子にして芸能人、そしてインテリの両親。これだけ揃っていると、世間ってのはなんてお優しいんだろうな。
終わり
*)この物語はフィクションです。従って登場人物その他については、全て作者の想像の産物であります。
無邪気な赤猫 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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