PART4

 書店を出た彼女は、それから秋葉原の電気街を数軒回り、何やら部品を買い集めた。

 オイル・バーナー。

 小型のボンベ。

 発火装置。

 俺が確認できたのはそれくらいだ。

 

 彼女はそれらを、肩から下げていたバッグに詰め込み、再びタクシーに乗った。

 夕方は便利である。

 普段都内でタクシーなんかそうそう簡単に捉まるものじゃないが、続けて走ってきた空車を見つけ、彼女の後を着けさせた。


 どこかへ寄るかと思ったが、さにあらず、彼女はそのまま世田谷にある自宅に戻った。

 今日はまだ両親は帰宅していないらしい。


 今日は、ではない。

 毎晩毎夜、両親はいないのだ。

 どちらも仕事で忙しい、というのがその理由だというのが、俺の調査からも分かっていた。

 通いの家政婦は、彼女が家に入って間もなく帰ってしまったから、現在この家には彼女一人きりしかいない。

 

 彼女の両親が共著で出している本によれば、

『子供の自主性は出来る限り尊重する。それが新しい教育の在り方だ』

 そうだから、正に彼女もその通りに育てられたという訳なんだろう。


 彼女が家に入ったのを見届けた俺は、数メートル余して停車させ、車から降りた。

 初夏とはいえ、まだ肌寒いこの時期だ。

 おまけに今日は朝から曇り空と来ている。

 ジョージに頼めば、風よけの車の中で張り込みが出来たのだが、間の悪い事に彼は今北陸の方へ出張中だそうだ。



 仕方ない。

 俺は電信柱の陰に身を隠すようにしながら、豪勢な家に、一か所だけともっている灯りを見つめた。


 俺は腕時計を眺めた。

 青色LEDの灯りに照らされた文字は、

”23:30”を示している。

 もうシナモンスティックは全て齧り尽くした。

 まだ灯は消えない。

 お世辞にも涼しいとはいえない風が通り抜けた。

 背中を一つ震わせた。

 その時、

 灯が消えた。

 俺は身を引き締め、玄関のドアに目を凝らす。


 ドアがゆっくりと開き、人影が出て来た。

 グレーのフード付きのパーカーに濃紺のカーゴパンツに蛍光色のラインの入ったスニーカー。

 肩からは大ぶりのデニム地と思われるバッグを下げている。

 俺は出来るだけ身を縮め、電柱の反対側に身を隠す。

 その人物は、玄関前の階段を降り、門を開けて道路に出た。

 

 俺はそいつから凡そ10メートルほどの距離を取りつつ、尾行を開始した。

 息を殺して後を着ける。

 曲りなりも自衛隊に居たんだ。

 索敵に関してはちょいとしたものだ。


 30分がところは歩いたろう。

 雑木林に囲まれた、小高い丘が見えてきた。

 こんな都会には珍しい。

 ここいらに昔からある、八幡神社だ。

 そいつは小さな駐車場を抜け、手水舎の横に身を屈めた。

 肩から下げていたデニムバッグを地面の上に置き、そこから取り出した

”何か”を、慣れた手つきで組み立て、そのまま石段を上がって、拝殿と本殿のある上へと上がっていった。

 俺は懐に手を入れ、M1917を抜き、後を着ける。

 

 上には薄暗い防犯灯があるきりで、最近流行はやりのカメラもないようだ。

 そいつは薄暗い中で、バッグから取り出した獲物を、まるでピストルのように構え、筒先を拝殿の方に向けた。

 俺は息を一つ大きく吸い込み、石段を上がり、銃を構えて叫んだ。

『動くなよ!抵抗は止すんだ!』

 


 

 

 

 

 



 



 

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