PART3

 最初の事件:今から丁度9か月前、86歳と82歳の夫婦が住んでいる木造家屋。(田中隆一宅より、徒歩20分程)

 道路に面したガレージ(車は置いておらず、当時は物置代わりに使われていた)にあった段ボール箱が焼けた。

 幸い近所の住人が気が付き、すぐに119番に通報され、火は消し止められた。

二番目の事件:8か月前、安売りスーパーの駐車場の片隅に停めてあった軽トラック二台が燃える。(田中隆一宅より、徒歩約15分)

出勤してきた従業員が発見し、119番に通報。火は消防車と従業員によって消し止められる。死傷者はなし。

三番目の事件:7か月前、20階建てマンションの、金網に囲まれ、施錠してあったが、中に一つだけ置かれていた不燃ごみの袋が燃える。

(田中隆一宅より、徒歩20分)。

 マンションの管理人と、見回りに来ていた警備会社の警備員二名の合計三名によって消火。金網の一部とゴミ袋が燃えたが、人的被害はなし。

四番目の事件:6か月前、コンビニエンスストアの裏手に積み上げてあった段ボール箱が燃やされる。(田中隆一宅より、徒歩15分)

コンビニの店長と従業員が発見し、初期消火に務めるとともに、119番と110番に連絡。段ボールは全て焼けてしまったものの、やはり死傷者は出なかった。


 そして5番目が田中隆一のバイクが燃やされた事件という訳だ。

 被害者の家を一軒づつ周り、図書館に何度も足を運んで新聞のバックナンバーを漁って歩いた。

 大抵は何も分らなかった。

 しかし、一つだけ一致した事がある。

 どの現場でも、”あの少女”らしき姿が目撃されていた。

 グレーのフードつきパーカーにジーンズ。

 色白の肌に黒い大きな目・・・・そう、三流雑誌の編集者氏が疑いをかけた子役タレント。

『室町あかり』である。


(こうなると、後は彼女を付け回すしかないな)

 俺はそう思った。

 しかし、三流編集者氏の教えてくれた通りで、何処に行っても、室町あかりについて、悪い噂なんか微塵も出てこない。

 

 家や近所ではお淑やかで気取ったところは微塵もない。

 誰とでも気さくに挨拶をし、親の言う事を良く聞く。

 学校の成績は常にトップとまでは行かなくとも、上位10番以内は常にキープ。

 音楽はピアノが上手く、運動神経も良く、友達が多く、一度観ただけで誰でもすぐに友達になれる・・・・

 仕事の現場でも、彼女を悪く言う者は誰もいなかった。

 誰でも明るく挨拶をし、裏表がなく、セリフ覚えや芝居についても優秀。

 

 要するに非の打ちどころのない、全く持って”パーフェクトな少女”


 それが室町あかりという少女だ。

 そんな人間を疑うのかって?

 当たり前だ。

 それがこの俺、私立探偵の乾宗十郎様の仕事さ。


 あれからもう一週間、俺は彼女の後をつけまわしている。

 だが、なかなか尻尾を出さない。

 今日も彼女は朝から6月の初めに発表される写真集の撮影とかで、南青山にあるハウススタジオに籠りっきりだ。


 俺は取材をする雑誌記者を装って、400メートルほど離れた所から、カメラを首にぶら下げて張り込んでいる。


 結局、彼女がスタジオを出て来たのは、午後5時を過ぎていた。

 門の前にタクシーが停まる。

 俺の方も、予てから連絡を取っていたジョージの車に乗り込み、後を着ける。

『嫌な商売だねぇ』

 ハンドルを操りながら、マルボロの煙と共に、ジョージが憎まれ口を叩く。

『あんないい子のケツを追いかけ回すなんざ、あんた何時からストーカーの真似事をするようになったんだね?』

 ふと見ると、バックミラーの首のところに、室町あかりのポートレートがハマったペンダントがぶら下がっていた。

 何でも1か月前にある筋から頼まれて彼女をマネージャーと一緒に運んでやり、その時にくれたものだという。

『いい子だぜ。あれは・・・・礼儀正しいし、明るいし、俺みたいなもんにでもちゃんと挨拶をしてくれる。おまけに』

『チップも弾んでくれたか?』

 俺がウィンドを下ろし、煙の攻撃から身をかわすと、小さな声で舌打ちをした。

『完璧な人間だから、俺は彼女を追い回すのさ。疑わしいと思ったら、徹底的に疑うんだ。お前さんは黙って後を着けてくれりゃいい』

『へいへい』

 ジョージはそう言って、新しいのをポケットから摘まみだして火を点けた。


 彼女とマネージャーを載せたタクシーは、随分大回りをしつつ、結局秋葉原の電気街にやってきた。

『ここからは俺が一人で彼女をつける。ご苦労さん。』

 俺はそう言ってジョージにチップを付けて相応の金を渡してやる。

 彼は妙な顔をしていたが、最後には『またご用命の説は宜しく。ダンナ』と言い、そのまま走り去っていった。


 車を降りたタクシーは、電気街の外れにある、少しさびれた本屋に入って行った。

 俺も何度か訪れた事がある、電気関係のみならず、結構マニアックな本、最近じゃ滅多に手に入らない掘り出し物が揃っているので有名だ。


 俺は彼女から少し距離を取って、観察を続けた。

 彼女は店の中をゆっくりした足取りで見て回り、やがてある棚の前で足を止める。

 その一角は、主に武器関係の書物が置いてあるコーナーだった。

 一冊の本を手に取る。

 その時の彼女の顔・・・・まるで何か宝物でも見つけたような表情になった。

 俺は距離を詰める。

 彼女は本を持ち、カウンターの後ろで居眠りをしながら店番をしていた70過ぎのおっさんの前に行き、そいつを置き、相応の金を払った。

 受け取った本をカバーも掛けて貰わず、そのままバッグに入れ、店を出る。

 彼女が俺の後ろを通り過ぎ、店を出るのを待って、俺も後に続いた。


 彼女が目を輝かせて手に入れた本・・・・俺のネグラの書棚にもある。

 今から数年前、元英国陸軍特殊部隊(SAS)の隊員で、除隊後軍事アドバイザーという肩書で、各国を渡り歩いた男が書いた『完全武器マニュアル』だ。

 手近にある道具ツールで、必殺の武器を製作するためのハウツー本だ。

 

 




 

 

 








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