PART2

 勿論警察に被害届は出した。

 2ヵ月は経過したが、相変わらず何の音沙汰もない。

 こちらから所轄署に出向いて話を聞こうとしたが、

”現在捜査中であるから、容疑者が逮捕されたら知らせる”

 などと、要領を得ない返答が返ってくるのみだった。

 彼は自分で撮った”あの写真”を見せてみたものの、

”答えられない”と素っ気なく返されただけだったという。


『・・・・それで、君としては警察おまわりはあてにせず、自分で何とかしようと、こういう訳なんだね』

 隆一君は黙って頷き、ジャケットの上着から銀行の封筒を取り出し、俺の前に置いた。

『前金です。丁度10万円入っています。今僕が出せるぎりぎりの額なんです』

 そう付け加え、俺の顔を見つめた。

 俺はその封筒を彼の方に押しやり、デスクに手を伸ばすと、立てかけてあったファイルケースから書類を一枚取り出した。

『金は依頼のカタがついてからでいい。一日6万円と必要経費。拳銃を出すような場合に遭遇したら、プラス4万円の危険手当をつける。後はこの契約書を良く読んで、納得が行ったらサインをしてくれ。それで契約成立だ。他に聞いておくことは?』

 彼はないと答え、契約書を言われた通り端から端まで丹念に読み、手早くサインをして寄越した。

 俺はそいつを確認し、代わりに彼が持ってきた写真を借りた。


 役には立たないと思ったが、俺も一度は警察に行ってみた。

 しかし返ってきたのは、彼が言われたのと、さほど変わりはなかった。

 ただ、こっちが粘ると、田中青年の住んでいた周辺で役10か月ほどの間で放火が4件ほど立て続けに起こっていた事だけは教えてくれた。


 新聞記者ブンヤにもあたってみた。

 しかしこっちも芳しい情報は掴めなかった。

 仕方ない。

 少しやり方を変えてみるか。


 メジャーが駄目なら、マイナーでという道もある。

 俺は前から顔見知りだった三流、いやそれ以下と言った方がいい雑誌を、殆ど一人で切り盛りしている男の所へ足を運んだ。

 下衆な情報ネタばかりを扱っているゴシップ雑誌だ。

 しかし”ネタは下衆だが、ガセは書かない”を信条にしていて、その点だけは信頼が置ける。


『知ってるよ。室町あかりだよ』

 渋谷の雑居ビルの5階にある、せまっ苦しいオフィスで顔を合わせ、俺があの写真を見せると、彼は立て続けにマイルドセブンをふかしながら、つまらなそうに答えた。

『誰だね、それは?』俺の問いに、彼は呆れたような表情をして、

『探偵のくせに、昨今の芸能界について知らんとはね。室町あかり、今売り出し中のアイドルだぜ』と言った。

『生憎、芸能界については疎いんだ。探偵にだって得手不得手はあるもんさ。だからへ来たんだ。

 彼は鼻の先で笑いながら肩をすくめ、煙草を灰皿にもみ消すと、立ち上がって後ろのキャビネットを漁り、一冊のスクラップブックを引っ張り出してきた。

 

 黙ってそいつを俺に渡す。

 頁をめくると、確かにそこには彼女がまっすぐこちらを見て微笑んでいた。

 どこかの公園の噴水の端に腰かけている。

 モスグリーンのニットに、スウェードのミニスカート。

 化粧はそれほど濃くはない。

 髪は肩の中ほどくらいまである。

 しかし、確かにあの顔・・・・田中隆一君のアパートの前で、グレーのパーカーを着て、妙な表情を浮かべて立っていた・・・・あの女性とうり二つ。

 いや、同じ人間に間違いがない。

(少なくとも、俺はそう確信した)


 ”彼”の情報によると、室町あかりは現在16歳。

 デビューしたのはまだ10歳の頃、歌唱力、演技力、そしてダンスの才能も

 当時から群を抜いており、かつての”歌謡界の女王”ほどではないにせよ、いずれ日本を飛び出して、世界に出ていける逸材だと、もっぱらの評判だという。


『人柄も良く、快活で学業も優秀。父親は都内の有名私立大学の教授。母親も高名な料理研究家だ。まあサラブレッドと言っても間違いはないだろう』

 しかし彼はそこで”だが”と少し間を開けた。

『色々と良くない情報がこっちにも入って来てね・・・・』

『放火犯かね?』

 俺が帰すと、”彼”は少し驚いたようだったが、別に否定もせずに、

『・・・・あんたも知ってるだろう。確かにウチは三流以下のちんけな雑誌だが、決してガセは書かない。しっかりしたがまだ出来てないんだ』

『ありがとう、それだけ聞けば十分だ』

 俺はそれだけ言うと、穴だらけのソファから立ち上がり、すぐに事務所を出た。

 ガス室でいぶり殺されるのは、たまったもんじゃないからな。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る