第10話 |呪《のろ》いと|呪《まじな》い

 サンドロックとライト達が線路や車両を解体して、依頼の続行をしている一方その頃。

 世界規模の一神教である、マリア教の教皇を護衛する枢機卿二人が、帝国の一つと王国に出向いていた。

 目的は情報と認識の擦り合わせだったが、相手が聞く耳を持たず不首尾に終わる。

 帝国方面へはゼロという男性が、王国方面にはエピオンという女性が、宰相や国王、皇帝と謁見までしたのに、諜報と防諜の組織が得た情報と、マリア教が持つ情報に齟齬が多く、逆に教団が抱え込む諜報や防諜の組織へ対し、所詮は信者のみの情報網と失笑される始末。


 帝国では皇帝が強気の態度を崩さず、世界規模の教団と言えど、純粋な暴力は持っていないに等しいと馬鹿にされた。


 王国では、エピオン自身の褐色の肌を惜し気もなく晒した、ノースリーブと短パンに法衣を羽織っただけと言う、公式の場にそぐわない格好を貶められる。確かに時と場所を考慮する必要はあるが、要人に対し肌面積が多いだけで、娼婦だのビッチだの陰口を叩く貴族や兵士が多いのは、それはそれで民度が知れると言うものだ。

 仮にも世界規模の信者を抱える宗教団体。もっと言うと神の代理と神の言葉を伝える、王家や皇帝、または公爵家等の貴族の身分を保証したりと、権威を権威たらしめる組織でもある。


 その保証人代理たる枢機卿への罵詈雑言を、たしなめる事すらしない国王。

 軍事力等の暴力装置を信仰する皇帝。

 どちらも度しがたい俗物であり、女性蔑視に軍事信仰という、中世よりの近代的な価値観だ。


 冒険者や傭兵ギルドの方が、まだ現実的である。

 他の司祭が向かっただけで、異常な依頼とその元となる情報源を調べ、担当者や責任者の首が物理的に飛んだ。ちゃっかりと死人に口無しで、死体は骨まで燃やす徹底ぶり。

 教団の情報とギルドの独自ソースで、情報操作を看破する。

 が、その先である、依頼の改訂を届けるのに難航した。先回りで看板を立てるのは不確実だし、近づくと殺されるのが依頼内容である。

 律儀にも依頼内容に沿った行動を取るアート達は正しい。正しいが故に、そして強いが故に、異常な依頼を受けても世間体を気にしない。

 依頼とは契約であり、契約の遵守と履行は、冒険者や傭兵としては絶対条件でもある。

 少しでも融通を効かせたいなら、追加の契約書を直ぐに用意して、さっさとサインする事だ。それが出来ないのなら、言い合いをしている時間が勿体無いだけで、自分が動いて終わらせるしかない。

 途中で契約破棄をしても、追加の作業には誰も手をつけない。契約破棄した傭兵や冒険者にやらせると、依頼人としての信用を失くすだけだ。

 定時上がりが駄目、始業の十分前に作業を始める、定時の休憩が現場の判断で無くなる。

 そんな契約で仕事をした覚えは無いし、雇用主が言うならまだしも、現場の人間にあれこれ口を出す権限は無い。

 契約の許容範囲は依頼内容の拡大解釈である、そんな事が許されるなら、肩峰や法律も個人的な解釈でどうにでもなってしまうのだ。

 ハッキリ言って、そうなると貴族や人権も無くなるし、果ては権威も失墜してしまう。


 デカい宗教団体に喧嘩を売るとは、そう言う意味となっても致し方無い。

 交渉の場を向こうから蹴ったのだから、話し合いは不可能である。

 どうしても再度交渉したければ、その席に着くだけの条件を提示、ないしは、此方の要求を全て呑む必要があり、胸三寸で追加要求したり、やっぱり滅ぶまで全面戦争となりかねない。

 国もギルドも無いならグローバルだし、テーブルの席は一つだけで済む。と言うブラック・ジョークだ。世界征服だなんて笑ってしまうが、神から与えられた権威が不要だなんて、全く笑えない。

 宗教は弱者を肯定する為にある、なんて言う哲学もあるが、国民はほぼ等しく弱者であり、その弱者なくして国家と領土はあり得ない。

 平民がいない国は無いし、宗教が無い国も存在しない。特定の国家が無い民族は居るかもしれないが、領土が無い国は存在しない。

 忘れてはならないのが、国家とはヤクザやマフィア以上の存在だと言う事。で、あるならば、宗教団体が持つ武力は、宗教国家の下位互換となる。

 弱いと言えるが、それは規模が地方や小国レベルの信仰や信徒の場合だ。世界規模なら、一団体である宗教の持てる武力は国家レベルだろう。


 王国または帝国対国家レベルの武力を持つ宗教、それが真っ向からぶつかれば双方が只では済まない。

 それを理解出来るのは、いない。国王に宰相や騎士団、軍の元帥や将軍、皆全て情報に踊らされているとも知らずに。

 宗教が車を持たない、空挺部隊がいない。そんなモノは教義に記されていないのだから、用意していけない事にはならない。

 神様に祈るだけの集団なら、お布施や寄付は最小限で済む。

 宗教団体だからと言って、平和ボケしている訳も無し。

 教皇の絶対的権威、その代行者が枢機卿であるならば、枢機卿はその肩書きと現状を吟味し、教団の信用や損得勘定を考慮した上で、国や地方から宗教関係の施設や、人員の撤退が命令出来る。ともすれば破門認定して、教団の敵、世界の敵と周りの国々へ吹聴する事だってやる。

 帝国二つと王国対世界の構図が描けるのだ。世界規模の戦争、闘争、革命の風が吹き、小火が山火事にもなるし、世界中が焼け野原となるだろう。

 誰しも、大惨事世界大戦は望んでいない。いないが、尊い平和を手に入れる為に、戦争を欲する者は多い。

 国とは、主義や主張が合わないから出来る。なら、ソリが合わない連中を黙らせ、利権や利益を独占しつつ、文化や文明を発展させたいものだ。

 しかし、競争相手がいないと、発展はしなくなり、堕落する。銃と薬でラブ&ピースになるだけで世は世紀末だ。


 会談が終わり、不愉快さを圧し殺すエピオンとゼロ。離れているが、ほぼ同時に城や王宮を立ち去る。不愉快と不機嫌から解放されるという、その僅かな気の緩みを突かれ、二人は召喚魔法と時空間転位魔術、更に教団への転送用試作魔道具を起動させた瞬間だった。

 時空間魔術は王国や帝国の嫌がらせ、召喚魔法は異世界からの呼び出し、魔道具の魔法も干渉しての、この世界の過去から現在、または未来から現在へ至る、時間軸がブレ、立っている場所もブレてしまい、転移の最中に異世界の未来か、過去に跳ぶ事となった。


 何ともタイミングが悪く、結果的にマリア教の枢機卿が行方不明となった為、マリア教の教皇は他の枢機卿達と話し合い、聖職者を巡る戦いとしての聖戦を開始する。

 帝国一つと王国一つを相手に、マリア教の武装勢力が現地の教団施設たる、教会や修道院に転位して即席の前線基地が展開されていく。

 また、付近の町や村を占領しつつ信者を戦闘員に変え、各地でゲリラ活動と諜報活動を行う。

 初動が早く、情報も錯綜した為、帝国軍や王国軍、その地を治める貴族すら満足に動けなかった。

 虫食いに飛び地で各地を占領する事で、兵力の分散と周辺の無事な村や町の孤立化、敵情報の収集と分断していくのだ。

 見捨てれば信者と戦力が増え、取り返すには場所が多く、行軍の準備や費用が圧迫し、国の食糧と資金が減っていく。

 が、教団の食糧事情は違う。派遣する僧兵達は、冒険者ギルドや傭兵ギルドに所属しているので水晶玉が使えるし、とある農家が食糧を支援しているので、ショップ機能が停止する事もない。

 王国軍や帝国軍も冒険者ギルドに加入しているものの、とある魔法使いがマリア教の味方をするので機能に制限が掛かるも、それを知る術は無いし、情報は諜報に強い者が意図的に操作する。

 圧倒的有利で完全犯罪染みた、一方的な戦争だ。帝国が戦車や試作品な爆撃機を出そうと、戦域が広すぎてカバー出来ない。


 そんな、どこも忙しいそうに走る下端兵士達を掻い潜り、とある密偵がメイドとして王宮内を歩く。

 可能なら王族に近づくし、無理そうなら偽の情報をばら蒔く為だ。

 まさに情報戦を制しており、ワンサイド・ゲームもかくやである。

 また、機密文書の類いを漁ると、王国の軍部の地下室に、帝国二つと共同で開発、製造した脳殻のプロトタイプ、の基礎理論とデータがあったので回収した。

 設備と機材を作って、密偵のクローン体を使えば全身義体になれるだろう。


 帝国は武器商人が暗躍し、毒や薬が売れるし、売った毒が何故か容器から漏れてしまい、魔獣やら魔物やらがやって来るので、前線付近の兵士は疲れていても体に鞭を打って迎撃する。

 士気が低く、まともな指揮も取れない烏合の衆が、懸命に魔物を倒していくと、すっかり夜の帳が降りていた。

 月夜が照らす死骸の山に、武器商人が持つ鎌の輪郭が映る。

 この鎌や自分を見た者を、生かして帰す訳にはいかない。

 死神様のお通りだ。冥土の土産に首を置いていけ。俺の姿を見た奴は、皆死んじまうぞ。等とうそぶき、時に背後でささやきつつ兵士の命を刈り取る。

 こうして、前線の一つが空白地帯となり、埋めようと部隊が進むと蝙蝠や死が舞う。

 クローンが大量に死んでいる戦場が近いので、もう怨みや死霊やらは関係無い。今死ぬか、長生きして死ぬかの違いでしかなく、悔いとか、あの頃は良かった、マシだった等も、死ねばそれまでである。

 命を奪う事に躊躇いは無い。人殺しの道具を持ち、人間や魔物に向けた時点で、殺す覚悟や殺される可能性を考えておく必要があるのだ。

 剣や銃を構えた相手が、不殺や無力化をしてくれる事を期待したり、四肢切断や半身不随の後遺症が残ったら恨む。

 立ち塞がる相手を生かして恨まれるのなら、さっさと殺してしまうべきであろう。エゴやプライド、面子を気にする、そんな余裕がある戦闘は無い。

 生き残った者が勝者であり、正義を騙る資格を有する。嘘でも死人に口無しである以上、不正や卑怯、不利を強いられた状態から勝てば良い。負けてしまえば尊厳は無い。


 残った帝国の城へ、とある殺し屋が向かう途中、暗殺者の集団が襲い掛かる。

 バイクを乗り捨てつつ、飛来する短剣を避け、肩に提げていたRPGを発射し、数人を爆殺する。

 発射機に次の擲弾を装填しながら、ゴツい安全靴に全面を覆う鉄板を付け足した蹴り技で、短槍や矢を弾く。

 RPGにブーメランが刺さったので投げ捨て、左手にリヴォルバーと、右手にオートマチック・ピストルの二挺拳銃を腰から抜き、早撃ちの如く暗殺者の残りを始末する。

 その後、囮や後続を警戒しつつ魔道具式の無線機を使い、とある情報屋が手配した、新しいバイクの到着を待つ。

 しばらくして、モトクロッサーとカウルを付けたレーシングバイクを運転する狐の獣人二人が現れた。三角耳が付いたヘルメットに尻尾が見えるので、獣人と判断したし、手配した配達人の特徴とも一致する。

 白い狐の獣人がレーシングバイクから降りて、黒い狐の獣人が運転するモトクロッサーの後部へ乗る。

 殺し屋がレーシングバイクに乗ると、追従して城へ向かう狐の獣人達。サブマシンガンをそれぞれ二挺ずつ背負い、アサルト・ライフルをモトクロッサーの後部に予備兵装として固定してある。

 中世よりの文明社会で銃の乱射、無双が出来るかは弾薬と予備の銃次第だ。RPGとかグレネード・ランチャーを乱射した方が、まだ建物ごと壊せて炙り出せるだろう。

 ただ、今回の目標は上層部への出入りであり、抹殺や暗殺ではない。

 夜間に襲撃し、駆け寄る敵兵士を射殺しては、堂々と城へ入る。その上で貴族や、軍の指揮官クラスをついでに殺しておく。勿論、建物ごと粉砕するので、復旧や負傷者の救護に人手が取られるし、追手は始末する。

 暗部は先程、粗方始末したので、裏社会の連中が来る事だろう。

 と、考えている内に城の門と跳ね橋が見えて来た。

 当然の如く、バリケードで封鎖されており、兵士達が囲む中、身軽な格闘家が前に出ている。

 殺し屋はバイクの速度を上げ、格闘家目掛けてウイリー走行し、前輪で体当たりしていく。その前輪を掻い潜り、車体を押し上げつつ後輪のフレームを掴んで横へ強引に回る。転輪が浮き、駆動輪を強制的に横方向へと回され、馬の竿立ちの如く縦に車体が浮かび上がる。

 バイクは進むが回転しており、その車体重量で押し潰すよりも早く身体の位置をズラして、進む方向へと回りながら後退する格闘家。

 そこへモトクロッサーのスライディングが迫り来るも、転がって回避された。殺し屋は体勢を立て直しつつギアと速度を落とす。

 アクセル・ターンしつつジャック・ナイフ・ターンによる後輪で格闘家を攻撃するも、回し受けで容易く捌かれた。

 いや、まぁ、回転する後輪を回し受けで更に回転させただけなので、捌く事は可能なのだが、重量というか速度と質量差を考えると、地面と垂直に立っている格闘家は、当たる際は地面や重力を味方に付けているので、当たり負けはしにくいとおもわれるが、それでも物理法則をちょっと無視した挙動は否めない。

 質量保存の法則とか仕事して下さい。いや、魔法があるから難しいのだろうか。

 若干、現実逃避しつつも、白黒の獣人がサブマシンガンを交互に撃って、格闘家を足止めしながら兵士を殺す。格闘家は金剛という筋肉の収縮を極限まで速めた防御により、強化された拳銃弾を撃ち出すサブマシンガンへ対処し、被弾はしても貫通はしない。

 やはりこの格闘家には物理が効かないのだろうか。或いは物理攻撃の専門家に、質量兵器や銃は通用しないとでも言うのか。

 兎も角、隙をついて殺し屋は跳ね橋を渡り、格闘家と白黒コンビが戦う中、城のあちこちが爆発していく。

 目標達成後、格闘家は離脱する殺し屋のバイクの後部に跳び移り、ちゃっかり追撃の意思を示しつつ、国外へと逃亡した。


 教団の信者と武装勢力が帝国一つと王国一つを相手し、更に突出した戦闘力を持つ枢機卿が、単騎で軍の重要施設を襲う。

 もう一つの帝国は、殺し屋が引っ掻き回し、教団の信者が軍隊の妨害をする。

 その信者として、とあるサーカス団や有名なアイドルがコンサート・ツアーをしていた。無論、客やファンも信者である。

 帝国二つと王国一つ、足止めするだけなら幾らでも出来る。軍や兵士にハラスメントな精神攻撃、わざと捕まっては脱獄するを繰り返す。些細な事でクレームを入れ、企業努力と信用を貶める。経済的に締め上げ、兵糧攻めや河川に掛かる橋を落としたり、堤防を壊して水害を誘発させての水略。交通網の寸断と流行り病への対応、その人員の輸送と確保も満足に出来ないようにしていく。

 そうして、不満を抱える国民へ炊き出しを行い、少しずつ懐柔する。

 マッチポンプだが、それが出来るのが宗教だ。世界規模の宗教を敵に回すとは、そう言う事だ。

 軍事力の強さを支える国民も敵になる。兵士にも家族がいるので、軍隊から離反する兵士もいるだろう。

 国家の屋台骨をへし折り、国境を曖昧にすれば、宗教戦争は内戦にも出来る。

 故に、宗教と敵対するのは非常によろしくないのだ。

 不平不満に不正、水害に物価高騰、宛にならない領主と軍隊、そうした負の念がのろいとなり、救済すべく動く、宗教の行動はまじないとなって、国民の安寧や安定化に繋がる。

 無神論者からすれば、やはり宗教とはクソとなるのだ。

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