第9話 特級呪物

 王国領土を走るレールを取り払いつつ、サンドロックは魔物や兵士を蹴散らして進む。

 三日三晩、兵士と傭兵、ゴーストとスケルトンによる物量戦があったものの、ライト達は疲弊が少ない。

 動ける時に動き、休める時に寝る。非常食を食べたり、水を飲んだりしつつ戦う。

 常在戦場であり、油断や気の緩みがケガの元なら、交代制よりも思い思いに動き、思い思いに休む方が、メリハリが出る。

 これでケンカや不和になるなら、戦場では常に誰かの責任まみれとなる。誰か一人が悪いなら、戦争なんてならないのだ。全員が等しく悪い。何故なら、戦場で人を殺すと英雄で、日常で殺すと殺人鬼となる為だ。

 依頼の履行として兵士や傭兵を殺す。魔物を殺す。その責任は依頼を請け負った者になるなら、殺戮も辞さない。

 斬って撃って射抜き、潰して埋める。


「いやはや、帝国の軍隊が王国の軍隊と、行動を共にしたり。武器や魔道具を貸し与えているなんて、一体感が凄いです」

「エリート部隊が失敗したからって、全力で物量戦や消耗戦を仕掛けるって、人一人を殺すのに、躍起に成りすぎだろう」

「僕、帰ったらルナギャルと寝る」

「私は抱き枕ではないのだが……」


 戦闘に一段落着くと、死亡フラグを建てては折る。


「わっち等はオーバーホールするんじゃ」

「ロリババアに長期戦は堪えるのう」

「ポイ、ヘビー達、ぎっくり腰っぽい?」

「ゴーストを倒した跡に残る、ねたそねみに怨みつらみが、魔女の一撃ってか?」

「ありそうで怖い攻撃ですね」


 サンドロックのコックピット内で、刀の研ぎや砲身の交換をする。便利な多機能満載なサンドロック様々であり、足蹴にしてコキ使えなくなりそうだ。


 そんな呪いの残滓ざんしたる、怨み辛みや妬み嫉み、喜怒哀楽と殺意等の負の感情が、戦域である環状線の、内側に溜まっていく。

 呪いの凝縮が始まり、それに伴う発狂と蟲毒が共振だか共鳴だかして、加速度的に変化が早まり、環状線の中央が一気に呪いの中心部へと変貌する。

 吸い寄せられるようにルナギャルの霊魂が、受肉部分から抜け出して、凝縮された呪いの核となってしまう。

 一瞬の出来事に、サンドロックは止められず、ライト達は感知すら出来ていない。


「ルナギャルの霊圧が、消えた」

「受肉してるのに?」

「もう、このロリは人形、抜け殻」

「サンドロック、愛って知ってるか?」

「恋の上位互換」

「恋は下心、愛は中心。というボケはともかく、愛とは何かの執着心だ」

「神への拘り?」

「憎しみや恨みが、一定を超えると愛憎になります。で、呪いが反転すると愛になるんです」

「訳が分からないよ」

「つまり、もう一度心を折って、契約するんだよ」

「魔法少女ならぬ、呪物少女に?」

「そこは陰陽少女とか、地獄聖女とかにしましょう」


 今までの扱いが、サイコパスな封印、武器として振り回す。それはもう怨み骨髄。残当致し方無し。


 結論、デミ・ゴッドの呪体顕現。


 様々な呪いによって意識や思い出が塗り潰され、神格を宿す呪物は現実に顕現する。

 赤と黒の斑模様の卵という形で、中心部に鎮座している。

 時折、脈動しては縦横無尽に回転し、僅かずつではあるが肥大化しているのが、サンドロックの目に映る。


「卵になった。近づいて誕生に立ち会う」

「刷り込みですかね?」

「パパな彼氏兼夫なんじゃね?」

「黙れ、僕がお兄ちゃんだぞ」

「えぇ……」

「これが父性……兄性?」


 中心部に近づくにつれ、精神崩壊レベルの高濃度な、障気にさらされているのだが、ライト達に変化は無い。

 全員が守り刀を持っており、破魔によって守護まもられているのだ。

 リルは首輪の周りに、小振りで半円形の小刀を着けてあり、サンドロックのコックピット内にも、予備が置いてある。

 ヘビーやジェネはサンドロックの肩にマウントした機関銃を、座り撃ちの姿勢で警戒している。その背部に太刀を背負っており、その破魔がオートマトンの人格やら、魔術的プログラムとかを障気から守っている。

 本来は抜いて数度振るう必要があるのだが、破魔の特性を引き出せる技量を持つのが、ライトだけであり、破魔を鞘ごと発現させている状態だ。


 ルナギャルは呪いに耐性があったものの、それは正常な神族の時の話であり、弱体化した精神と心、神格では難しく、受肉の理すら突破して、ルナギャルの諦めていた憎悪を刺激し、プライドと憤怒を糧に変質する。

 巨体な卵は透過性があり、内部では機械仕掛けで伸縮自在の竜の顎を両肩に、魔法の刃を出すトライデントと盾を持ち、背中にはセントリーガン二基、手足は外骨格で包み、その外骨格には竜の鱗が使われているのが確認出来た。


 サンドロックは慎重に近づき、ある程度の距離で止まる。

 ここから先はルナギャルを取り込んだ呪いの間合いだ。

 プレートを盾に変え、コックピット・ハッチを開きつつ、簡易昇降機を展開する。


「サンドロック、まさか逃げろって言うつもりですか?」

「アレは古竜と同等と見る。どちらが上か、ケジメを着けたい」

「あれは三又の鉾か。気を付けろ、射程は見た目よりもあると思え。幅が広い上にリーチもあるんだからな」


 去り際のライトの助言を聞き、サンドロックはショーテルを二振り作り、盾を背中にマウントする。

 激励しつつ、アートやヘビーも降りて離れていく。


 卵が割れて、緑と青のワンピースと短パンを穿いた、サンドロックと同等の体高二十メートルを持つ、特級呪物の肉体があらわになった。


「馴染むな、このチカラ。我が名はアルトロン。ルナギャル改め、アルトロンだ。覚えておけ、岩トカゲ」

「サンドロックだ。真龍が末席の古竜也。新参者のサンドロック、推して参る」


 一足飛びに片方のショーテルを振るい、突こうとするトライデントの鋒を半ばで止める。

 肩のドラゴン・クローによる突きを、もう片方のショーテルで弾きつつ、トライデントを止めるショーテルを引きながら、大きく回避行動を取る。

 追撃のドラゴン・クローの掴みを転がって避け、ショーテルを投擲する。

 が、これは背面のセントリーガンで撃ち落とし、続けてサンドロックを狙うも、持ち替えた盾で防がれた。


 落とされたショーテルは地面をバウンドしてサンドロックの手元へ戻る。これはショーテルに人形達の経験をフィードバックさせてあり、手放した後は自動で戻ってくる仕組みだ。そのまま回転して攻撃が続けられるも、ただ回転しただけでは、アルトロンの外骨格は傷付かないので、手元へとブーメランの如く戻って収まる。

 相手に掴まれても、ショーテルはサンドロックの制御下にあるので、サンドロックに当たる前に砕ける。また、砕ける前にサンドロックが柄や刃を持つと、再びショーテルへと変形し振るわれる様になる。


 サンドロックが構える盾へ、トライデントが当たるも、表面を滑らせてまともなぶつかり合いはさけている。魔力をショーテルや盾に纏わせているので、トライデントの光刃やセントリーガンの光弾は弾けるし、真っ向からでも一応は防げる。

 しかし、リーチの差は簡単には埋められない。

 此方が槍を持っても、トライデントと拮抗させたら、近距離戦でのドラゴン・クローやセントリーガンの接射は盾で防げるが、その間合いの内側への攻撃手段が格闘のみとなり、かなり心許ない。

 同じくらいの体高の相手を、格闘だけで倒すには、リーチの差をどうにかする必要があり、技量も考慮すると、同等ならじり貧だろう。

 再び突かれるトライデントの鋒をショーテルで抑えつつ、片方を投擲し、アルトロンがセントリーガンで迎撃した瞬間に鋒の下の柄を掴む。更に抑えていたショーテルを投擲し、クローで叩き落とすと、アルトロンがトライデントを引く。

 その引く力に任せて接近すると、もう片方のクローとセントリーガンでサンドロックの上半身と下半身へ攻撃してくる。前へ跳躍しつつ盾を構え、身体の姿勢を体育座りの様に小さくし、被弾面積を最小にしながら上半身への光弾を弾き、下半身へのクローを爪先で踏みつけて受け流す。

 アルトロンの両手はトライデントに、両肩のクローは泳ぎ、セントリーガンも次弾を撃つには、装填に僅かの間が要る。

 トライデントから手を離すサンドロックとアルトロンの動きは同時で、盾とスイッチで構えた盾がぶつかり合う。

 サンドロックはショーテルを振り、アルトロンの盾を迂回して左肩部分のクローを切りつつ突く。手元を入れ替えつつもう片方のショーテルで右肩部分を破損させた。

 アルトロンはセントリーガンを撃ち、サンドロックを下方向へ押さえつけながら、距離を取る。

 両肩が破損したものの、腕は動かせるので、トライデントを蹴り上げて掴む。

 確かに、その武器を取る一手は、リーチの差を取り戻すのに適してはいたが、サンドロックへの追撃を止めたも同義である。

 サンドロックは盾に内蔵させていた物を取り出しつつ、スイッチして構えたショートバレルのアサルト・ライフルを撃つ。

 アルトロンが慌てて撃ったセントリーガンの光弾と、サンドロックの実弾が正面衝突してかき消えていく。光弾一発につき、実弾三発のコスパだ。分がよろしくない。

 それでも踏み込み、サンドロックとアルトロンの間合いが詰まる。

 トライデントの突きや払いを盾で受け流し、アサルト・ライフルで光弾を弾き消しつつ、サンドロックは回転しながら肉薄する。

 接近するサンドロックに恐れをなしたのか、尚も距離を取ろうとアルトロンが下がろうと、後ろへ跳躍した瞬間、盾に二本のショーテルを取り付けて、間合いを広くした凪ぎ払いに足が当たり、着地に失敗するも受身はきちんと取った。

 体勢を整える間もなく、セントリーガンの導線が、ショーテルの投擲で切り裂かれ、二基とも沈黙する。

 足を修復しつつ、戦闘中に修復したドラゴン・クローで迎撃し、時間稼ぎに徹するアルトロン。

 だが、サンドロックはクローの挟む動作や突き、払いの悉くを盾と盾に付け足したショーテル、もう片方のショーテルと言う変則的二刀流で捌き、逃れようとするアルトロンに迫る。


「お前への最適解を示してやる」

「何を……」


 ショーテルを持ったまま組み付くと、反射的にセントリーガンの導線を首に巻き付けながらも、両腕で離れようともがくアルトロンへ、リーチの差がある格闘戦特化型の、降し方を告げる。

 直後、サンドロックの内側から膨大な魔力と火力が立ち上ぼり、アルトロンを巻き込んで盛大に自爆した。


「……やったか?」

「どうしてフラグを言うんですか」

「いや、フラグを立て過ぎたら、折れるって言うじゃん」

「そんな事より、サンドロックを心配しましょうよ……」


 しばらくして、元の身長に戻ったサンドロックが、地面から生えて現れる。


「呼んだ?」

「あぁ、仕留めたか」

「アルトロンはこの箱に詰めた。けど、止めはまだ」


 更に、採集コンテナ状へと折り畳まれた、小さくなったアルトロンを出す。背中側に折られ、首を挟む様に太ももが来て、後ろ手で足を持ち、セントリーガンが股間と首の隙間から出て、強調された胸の谷間を通り、縦にリボン結びされる。横は伸縮自在のクローにて、脇腹を回ってへそ辺りでリボン結びになっている。

 四方の角は合金の枠で出来た、箱状の特級呪物だ。


「あと、トライデントを縮めた棒を使って、尻から口までくの字に、串刺しにしてある」

「それで死なないのか。呼吸とかしてないから?」

「呪いを祓うか、鎮める必要があるのでは?」

「中心部に刀を刺して、要石っぽく封印するか」

「要石は地中に埋める。そのままだと、封印が解けるかも知れないし」


 そんなこんなで、刀を幾つか地面へ突き刺して、岩石を切り出した墓を置き、刀ごと要石である墓を埋めていく。

 これで呪いは鎮まり、アルトロンの封印が完了した。


「……で、それどうするんだ?」

「家にあるVRのヘッドギアを着けて、アルトロンと話し合う」

「ルナギャルは?」

「取り込まれたから、もう居ないんだよ」


 意識の乗っ取りや、憑依からの融合に近い為、ルナギャル固有の自我はアルトロンと成った際に、少しずつ上書きされている。

 分離も共存も不可能なので、死んでいるとも言えるし、生きているとも言える状態だ。

 状況は理解している筈なので、話し合いには応じてくれるだろう。


「……とりあえず、契約しておきますね」


 アートが恐る恐る刀の峰を押し当てつつ、契約魔法でアルトロンを召喚獣として登録する。

 契約は特段の変化も無く完了した。おそらく、自爆により心が折れて、物理的に箱へとされているし、目が死んでいるのでトラウマも再発していると思う為、かなり絶望しているのだろう。


「呪いの装備、格好良い」

「魔剣かな?」

「どちらかと言うと、棍棒なのでは?」


 特級呪物な太ももを持って、敵目掛けて振り回す。か弱そうな少女が巨大な武器を振り回すのと似ているが、サンドロックはドラゴン。いや魔法少年だ。

 箱状のアルトロンに、串刺しした柄を伸ばした、ハンマーみたいな武器を振り回す。まさに狂人の絵面。


 サンドロックは再び巨大化し、ライト達をコックピットへ、アルトロンは下腹部に収納する。

 MS同士の決戦後、ライト達は依頼の続行に勤しむ。















 ちなみに、小説版エンドレス・ワルツにて、ゼロ・カスタムとナタクの戦いでは、ゼロが勝てないから自爆を推奨していたりする。

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