第8話 旅行?

 ヘッドギアを外したライトは、起き上がって伸びをする。

 ゲーム中は肉体は休んでいるが、脳は活動していたので少し倦怠感がするも、不眠症とは違う倦怠感なので、慣れれば日常生活に支障はない。

 アートはヘッドギアを外して、ライトを見上げており、目と目が合う。


「おはやう」

「おはやうございます。ゲームしてたんでしたね」

「これで後は、実戦で慣らしていくだけだ」

「うーん、ギャップが凄いです。若返ってる……」

「仮想現実内だと、現実ではあり得ない柔軟性を発揮出来るから、年老いても動けたんだよ」


 ゲームだと強く意識すれば、現実と違って身体の柔軟性が上がり、お手軽な軟体人間になれる。

 また、ポーンで構築されているので、どんなにステータス差があっても動作の起こりを潰されると、モンスターやキャラの動きが止まる。

 また、老化による衰えがPCには無いので、経験を詰めば詰む程動きや技が冴えわたった。


 朝食を食べ、アートは宣言通りライトの覚悟を、風呂場で確かめる。仮想現実から現実に移っても、アートの性欲なのかヤンデレのヤン部分なのかは分からないが、ライトから徹底的に搾精した。


「旦那様、あと隠してる事はありませんか?」

「……今後でいいかな、これ以上は赤玉出ちゃう」

「仕方ないですねぇ。まぁ、ゲームの事はこれくらいで、許してあげましょう」


 ショタ薬を飲まされ、尻にローションまみれの拳を入れられて、前立腺を鷲掴みにされたりと、散々な目に合うライト。

 更には、尿道も魔法版の念動力で動かしたエクステでほじくられ、髪の毛が精巣の中にまで入り、生殖細胞に細胞分裂を促す。等間隔にコブを作り、前後の穴から前立腺を刺激されて、髪の毛入りの玉を啄まれる。

 もう勘弁して下さい。息子が立ち直れなくなっちゃう。等と思っていると一気に引き抜かれ、玉が裏返る程の快楽が襲う。快感が強すぎて、もう痛いのか気持ちいいのかも分からない。


「変な扉が開きそう」

「旦那様、今度TSしてみます?」

「なんで夫婦なのに、百合百合しなくちゃいけないんだよ。化粧品や下着や衣服、今以上にお金が掛かるじゃん。それで娘とか生んだら、パパは何で居ないのとか聞かれたりするんだろ」

「魔法薬でストックした受精卵を植え付けて、旦那様も妊娠と出産を経験しましょうよ」

「それはどういう性癖になるんだ?」

「……TSを交互にする、何かです」


 アートは避妊していないが、魔法薬で受精卵を着床させずにストックしている。また、受精卵の細胞分裂を時間凍結させて、排卵だけは促しつつ月経は抑制してある。

 そのストックしてある受精卵をTSしたライトの子宮に移植し、二人揃って妊娠と出産、授乳に育児をするつもりなのだ。二人の内、片方が授乳とかの面倒を見て、片方はリラックスしてを交互に繰り返す。

 そして、アートがTSし、TSしたライトを孕ませるという、夫婦を逆転させて性癖と性欲を貪るのだ。どうでもいいが、夫婦ってトマトと同じように回文だよね。


 アートはゲーム内とはいえ、古武術の要点は分かった。武器術も体術も一通り扱える。

 仮想現実での戦闘経験を思いだしつつ、現実での肉体にイメージを同調させて動き、ライトが監修する。後方腕組みおじさんなライトは、元気溌剌なアートと対照的に頬が痩せこけていた。


「うんうん、だいぶサマになってきた」

「旦那様、そっちにはリルしか居ませんよ?」

「知ってる。気配でアートの動きは分かるから」

「ちゃんと見て下さいよ!」

「見てたら、段々と陰茎が苛立つ」

「……大丈夫ですか、前立腺揉みます?」

「そうだ、忘れる前にアートにも刀をやろう」


 ボケを無視されたが、アートは突っ込まない。

 ライトは家の押し入れから、アートに合いそうな脇差と、普通と比べてやや小振りな打刀を引っ張り出す。


「脇差は小太刀術に使える。柳生で言うと鬼の包丁とかだな。まぁ、カウンターが苦手なら、二刀流の小太刀術で、格闘の間合いと小太刀の間合いを行き来すれば、相手は戦いづらくなる」


 脇差は太刀や打刀と比べて、かなり短い。それを扱う小太刀術は、ナイフでの接近戦より長いリーチとなる。

 十センチ前後の僅かなリーチ差だが、間合いを見誤ると死ぬ。刃物とは切れるならそれで良いし、切れないなら棍棒として叩くだけだ。


「薙刀とか、槍とかは……」

「薙刀を研ぎ直した刀とかならあったはず。そもそも俺が刀を多用するから、槍とか無いんだよなぁ」


 薙刀の刀身を刀にした刃物がある。元々が薙刀なので、刀と比べて切れ味は良くない。というか、薙刀は遠心力を利用する事が前提の長物。青竜刀やハルバートの親戚で、曲げや折れたりが少ない頑丈さを持つ。

 また、薙刀使いと武士が戦うと、薙刀のリーチが刀を寄せ付けないので勝てる。


「なら、薙刀を研ぎ直した刀も下さい」

「いいけど、柄を付け替えても薙刀にはならないぞ。切れ味も刀身も刀に寄せたから、本来の薙刀より脆い」

「それでも長柄の武器が欲しいです。硬くて長くて太く、黒光りしてるのが」

「太くはないと思うけど」


 長柄の武器を使うのが、アートの戦い方でもある為、ライトは再度押し入れから探してくる。

 古武術は合理的な攻撃方法より、合理的な人体の動かし方と、効率的な壊し方、柔軟な体重移動や重心移動による回避、受け流しが主体となる。

 ちなみに、刀を用いた剣術は攻撃やカウンターが多いが、刀本来の用途は防衛戦に向いている。弓矢に槍、投石が主な攻撃方法だった昔の戦争では、デカいサイドアームでしかなく、護身用、防御用の刃物だ。

 ライトは中距離戦の時は飛ぶ斬撃を繰り出せるが、これも立ち居合や抜刀術、構い太刀の複合技だ。

 刀身よりも遠くを斬れるし、光の屈折を利用して、相手の目線の角度を考えつつ刀身を少しずつ傾けていくと、磨かれた刀身と背後の風景が同一し、間合いが読めなくなる。敢えて短く持ち、振るう瞬間に長めに柄を持つ方法もある。

 良く切れるから、一太刀浴びるだけで殺せるし、鎧兜と盾ごと切れる。故に斬鉄も可能だ。


「刀が合わないようなら、磨り上げたりするから」

「わざわざ短くして、やっぱり長い方がいい時は?」

「新しく打つ、あるいは別の刀を合うように調整する」


 オーガの里に鍛冶場があるので、ライトが砂鉄を集めては、出向いて玉鋼を作っている。玉鋼の塊を使って、釘や鉈、鍬を作るのだ。

 古くなった釘や刃物を回収し、玉鋼に混ぜて塊にすると、古刀に近いがやや焼き入れが入り過ぎた刀となる。

 折れずに曲がるだけなら良い刀だが、折れてしまうと良くない刀とも言われ、その昔、兜を試し切りしようとして、風呂敷で包める程曲がりに曲がった刀があった。

 ちなみに古刀とは精練や鍛冶の設備が今よりもしっかりしてなかった時代の刀であり、現代では作れない。仮に作るとすれば、玉鋼の精練を中途半端にしたり、窯を脆く作ったりして、なるべく昔の材料比率や、作業と設備を再現する必要がある。

 そして、真打ちと影打ちを決め、真打ちをオーガならオーガの里に供える必要があり、これは予備の意味合いになるし、出来の良いモノを御先祖様に見せる事で、祟りを鎮める効果が出るとか。


「……振ってみます」


 刀を改め、間合いを確認し、畳藁を巻いた標的目掛け、アートは抜刀術による居合切りを繰り出す。

 左下から右上へと斜めに一閃し、返す刀で、巌流の虎切により右下から左上へとまた斜めへ一閃する。


御美事おんみごと!」


 ライトは仮想現実で教えた技の、再現に成功したアートを称える。

 これなら、素早い切り返しの繰り返しである、燕返しも覚えられるだろう。

 その先にある、相手の鉄壁な防御を崩すであろう、真壁流派の時雨。あるいは攻防一体の交差法か、刃を潜らせる影打ち、視覚を狂わせる太刀筋での蛇太刀。

 いや、まずは据え物切りがいいか。如何なる状況、体勢でも斬る場合、対象の未来位置は把握しておくべきだ。

 実戦では速度差が顕著に出る。相手の動き、飛んでくる銃弾、魔法に槍等のリーチ差もある。


「サンドロック、石を投げろ。アートは常に正面に捉えて切れ」

「アイエエ!?」

「石、これくらい?」

「手のひらに収まるサイズだ。それは拳くらいあるから、岩とかに当たる」


 分裂してルナギャルを一時的に解放し、サンドロックはゲーム内と同じような組手をしつつ、アート達の会話を聞いていた。

 手のひらに土魔法で作り出した石を出す。形は歪で不揃い、当たったら場所によっては刺さるかもしれない刺がある。

 唐突に始まった防御の立ち回りに、アートは訓練、何で訓練。とまるでニンジャを見たリアクションをしつつ、サンドロックが動きつつ投げる殺意の塊を切る。

 対象の石を正面に捉え、切り裂いても身体へ当たらない角度、切り損ねてもかわせる立ち位置で、半歩足を出しては引く。


「いいぞ、切り損ねても焦るな。刃零れしても気にするな」


 刀は道具だ。使われてこそ意味がある。使われずに朽ちるのは、武器も職人も浮かばれない。


 鍛練を終え、昼食を食べて旅行の準備をする。ほとんどヘビー達が荷造りをしていたので、リルとサンドロック、ルナギャルの分をどうするか決めていく。

 ルナギャルはサンドロックと同じで、フルメタル・ボディだ。なので汗はかかない。衣服や肌着も、ヘビー達の予備を幾つか用意すればいい。サイズが合わないなら小さくなれるし、別に封印状態で過ごしても構わないが、折角サンドロックと仲良くなったのだ。

 それに、例え暴れてもこの世界とルナギャルが居た世界は違う為、簡単に制圧出来る。

 また、サンドロックと同時にアートと召喚契約をしているので、アートには逆らえない。


「……いるのは、こんなものくらいか?」

「そうですね。リルのオヤツもいりますか?」

「重要っぽい!」


 リルの首に首輪をつけ、沈黙とモフモフを付与した金属の装飾を付ける。沈黙は喋っても鳴き声になり、モフモフはごわつく毛並みがモフモフになり、手触りと櫛の通りが良くなるだけだ。


「軽量。ハーピーのウイングに、しばらく留守にすると伝えてくれ」

「了解でありんす、兄貴。して、何日ほどで?」

「最長で一週間、最短でも三泊四日は掛かるかな」

「ほう、そうなのかえ」


 ルナギャルとサンドロックは待機状態としてこの地へ留まり、マーカー代わりの短剣をアートが持つ。召喚時は短剣と鞘は消えるが、待機するとまた残る仕様だ。

 そうそう死ぬ事は無いが、召喚獣は瀕死になると勝手に消える。瀕死の召喚獣を呼び出すと嫌われ、契約も反故となり離反されるらしい。


 駅前に転移し、リルが周りを見渡しつつ歩く。そのリルのリードを持ったライトが続き、その三歩後ろをアートが歩く。最後尾にジェネとヘビーが荷物を持っていく。

 チケットを改札口の駅員に見せると、しばらくお待ち下さい。と言われ、調査専用車両である、機関車と貨物車両一台を手配するそうだ。


「貸し切りでの調査、線路上と線路周辺の安全確認、モンスターないしは敵性の兵士や工作の排除。車両には予備の燃料である魔石と魔力液を搭載、調査や戦闘中、やむを得ず車両の破棄、脱線した場合は徒歩で線路上を歩き、次の駅までの安全を確保する事。尚、弁償や修理費用は国と各ギルドが折半する。人員の死亡保証、及び保険の該当は免除するので注意されたし……」


 保険やら保証は無し、死んだら葬儀代、あるいは、ケガでの入院費は全額自己負担となる。

 これはもう、通過する線路を破壊していくしかない。


「敵性兵士って、ここの帝国と隣の帝国、隣接している王国。あと、冒険者や傭兵もか」

「所属は問答無用で、近づく者は排除せよ。人質や捕虜の身代金は無し。ですって」


 外交関係も無視で、宣戦布告上等の調査。テロリストよりヤバい大量殺戮となる。

 最終責任はどこか捜すも、記載は別々でハッキリしない。

 国やギルドは関与していないが、金は出す形となっている。

 異常な調査依頼だが、ここでライト達が引き下がると、低級の冒険者やスラムの人間を詰め込んでしまう事だろう。

 どう転んでも外交問題になるよう、綿密な策略が練られている。

 仮に無力化して駅で捕虜を引き渡しても、問答無用で殺されるだけ。遺憾の意を外交で述べ、開戦待った無し。


「……駅も破壊対象みたいです」

「なんで?」

「駅員や待っている客も、敵性存在になってます」


 仮に脱線したとして、次の駅で列車を調達したなら、用済みなので消せと書いてある。

 線路上の安全確保という意味において、駅や客は不要となっているのだ。控えめに言って狂っている。


「法律はどうした、道徳はどうした」

「超法規的措置とマリア教の免罪符を添付。……超法規的ってこれは違うのでは?」

「マリア教のみの免罪符だけだから、他の宗教団体は激怒するし、一般人の戦意を煽る材料にもなる」


 世界規模の宗教団体であるマリア教があるものの、新興宗教とか、土着の信仰があるので、免罪符は飾りだ。とりあえず入れました感が漂う。


「こんな新婚旅行、嫌すぐる」

「…………依頼の資料なんて見るんじゃなかったです」


 更に酷い事に、冒険者のアートが王国と帝国二つの血が入っているという、偽の情報とかが記載されており、この情報が漏れている可能性があるので、敵性存在が出現するらしい。


「守秘義務違反してるな」

「私、別の国の生まれなんですけど」

「ここら辺に親戚とか居る?」

「居ないと思いますが、居る事にされてそうですね」


 逃げたら戦争、戦争終結後、裏社会の人間達がアートを狙う。しかも三ヵ国の一般人や冒険者も、アートにヘイトを向ける。


「え、冤罪で処刑コースじゃないですか!」

「死んでも貶められるから、世紀の大悪女にされるな」

「うぅ、胃が痛くなってきました……」


 精神崩壊してもおかしくない状況を、作り出されたアートだが、胃が痛い程度で済むのは、メンタルが強いとかではなく、ライトも巻き込んであるからだ。

 三ヵ国が敵になっても、ライトが味方で見捨てない限り、アートのストレスは少ない。

 ポジティブに考えれば、ライトと逃避行とか、駆け落ちみたいな感じとなる。これはこれでアートの性癖に合っているのだ。

 ライトに捨てられないよう立ち回るだけで、敵はライトが処理するとなると、姫と騎士の関係にも近いだろう。アートの伝説として、子供に伝記やら小説を書かせてもいい。


「……最低でも二つの国を落とす必要があるな」

「それで風評被害は治まるので?」

「少なくとも、ギルドは黙るだろう」


 ライトは国を相手に勝つ腹積もりのようだ。正気を保ちつつ狂った、イカれた狂剣士。

 アートもドン引き、ではなく、頼もしくて子宮が疼いている。


 しばらくして専用車両が到着すると、ライト達は気負う事なく乗り込む。

 機関車と貨物車両一台からなる、列車と呼べるかどうかの編成が、駅から遠ざかっていく。

 徐々に速度を上げる最中、遠くで爆発音が木霊する。


「えぇ……?」

「たぶん、友人達の仕業だな。ヘビーとジェネは機関車を守れ。燃料の確認や前方と上空も見ろよ」

「了解でありんす」

「兄貴は?」

「出発早々で襲うバカは来ない」

「いいえ、バカは来ます」


 アートの方を振り向くと、ライトは手で宥める。


「速度が乗り切る前なら兎も角、既に潜んでいるかの、心配はしなくていい」

「旦那様、狂った依頼にマトモな連中が食いつくとでも?」

「…………その考えだと、俺達がバカにされててもおかしくないんだが」

「召喚。来たれ、サンドロック」


 会話を打ち切り、窓から列車の上方へと移り、サンドロックを召喚するアート。

 竜人モードのサンドロックが現れ、魔力のゲートが消える。更にルナギャルが現れ、突風に煽られて引っくり返るも、サンドロックに掴まって落下は免れた。


「サンドロックは線路への妨害を対処、ルナギャルは車両全体の索敵をお願いしますね」

「了解」

「遠くを見渡すんだな、やってやる」


 再び窓を通り、車内へと移ると、リルが忙しなく動き、鼻で敵や罠を警戒している。

 魔法の罠は、目視での発見が難しく、発動も突然だったりする。

 乗る前に警戒しても早く、戦闘中に警戒すると遅いのだ。


「貨物室の中身を確認しよう」

「分かりました。……敵は居ませんね」


 貨物室の中にある木箱の中身は、塩と純度の高い鉄だった。


「積み込んだ物の、使用目的が書いてあります」


 魔法が効かない相手への封印方法。殺しても復活するモンスターへの対抗措置として、塩を円陣状に撒き、円陣内に鉄で出来た箱を組み立て、モンスターを入れる。


「……代表的なのは、呪いを振り撒く悪霊か」

「聖属性や聖水が効かないんですか。厄介なのが現れるようですね」

「妖怪や悪魔も出る可能性がある。昼間にか、珍しいな」


 更に貼ってある紙を読み進めると、ライトの友人達は国境付近で大量に人が死ぬので、ゴーストやスケルトンが昼間に現れる、と書いてあった。


「いや、刀で妖怪は切れるんだが……。悪霊も切れたし。悪魔は下級ならなんとかなる」

「スケルトンは?」

「バラバラにして、灯油とかぶっかけて燃やしたら、大抵のスケルトンは消えるぞ」


 刀は鬼や妖怪が相手でも斬った張ったが出来る。純度の高い鉄である、玉鋼を使って作られたので、霊的存在には特攻なのだ。

 悪魔も下級なら切れるのは、破魔の特性があり、目に見えない障気を断つ呪具として使われた経緯があるから。

 鉄を切り、妖怪を斬る。人を切り過ぎた刀は鬼すら恐れる妖刀と化す。

 悪鬼羅刹程度、ライトの敵たり得ないのだ。

 塩も聖属性もいらない。

 殺人剣と古武術でモンスターも妖怪も切り伏せるのみ。

 伊達や酔狂で刀は振るわない。


「ぽいっ!」

「ん、バカが現れたか」

「言ったでしょうに」


 リルが一吠えすると、ライト達は貨物室から出て、窓から外を見る。

 帝国二つの騎兵隊が列車の左右から見えた。左右でたなびく旗が違うので、偶然の挟撃のようだ。


「ヘビー、速度を落とせ。馬が追いつくギリギリの速度にしろ」

「兄貴も無茶を言うのう。今減速しても振り切るんじゃが」

「魔法とか火矢を射掛けられたら、列車が燃えますよ!?」


 魔法の火の玉、火の矢は遅い。弓矢より遅く、射程も短いが、衝撃波や耐性が無いモノを、焼きながらノックバックさせる事がある。

 恐らく、騎馬隊の兵士は魔法が使える弓騎兵。超エリートな騎兵隊だと思われる。

 そもそも馬に乗って操りながら、弓矢を飛ばすのが弓騎兵だ。それが魔法も使う才能も伸ばしたユニットで、下手すると銃も扱うし、馬は自軍の発砲音に驚かないよう、特別に訓練されたりょう軍馬ぐんばかもしれない。

 そんな、弓も魔法も銃も使う騎兵隊の、最大の特長は射掛けつつの突撃だ。銃撃や魔法、弓矢によって足が止まった、歩兵への衝突力は死そのものである。

 充分に距離が詰まったら騎兵突撃に移行し、突撃時は、銃に着けた銃剣や槍で蹂躙する。魔法付与された武器で戦車の履帯を切り裂いて、砲身を歪ませていく。

 軍馬による後ろ蹴りも、装甲を凹ませるが、馬の脚が折れると騎兵隊はただの魔導弓兵となる。

 戦場での弓兵や魔法使いは後方職だが、一騎当千の魔導騎兵は前衛も出来るので、お互いをカバーして弓や魔法、槍、銃を使い分けていける。

 だが、しかし、今回は不利だった。まず、列車に馬は勝てない。人間より速く、馬力がある馬は、より速く、より遠くを目指して進み、運搬と速度、モノによっては装甲や砲塔がある列車には勝てない。

 速度を敢えて落としたのは、こちらに向かって来させる為だ。追いつこうとすれば、真っ直ぐ走らせるか、斜行してでも近づく。

 走る方向に、指向性を持った騎兵隊は、雑魚である。森の中を追撃する次くらいに弱い。

 魔法が使える、走らせつつ弓を射てる。

 人間なら倒れるだろうし、絶望もするが、列車にはほとんど効かない。レールという縛りはあるが、速度を上げれば追いつけないし、速度を急に落とすと、半包囲網からは抜け出せる。

 レールに攻撃しても、魔導列車のレールは相応に硬いし、サンドロックが臨時補修する。

 エリートな騎兵隊二つは弓矢に魔法を放つも、ヘビーとジェネの機関銃で欠き消され、続けて薙ぎ払われて、人や馬が脱落していく。


「ワイバーンが来る」

「魔導竜騎兵!? またエリート部隊ですか!」


 空を飛ぶ竜騎兵隊達をサンドロックが見つめ、アートが驚く。

 竜の亜種であり、人と猿くらい違うが、一般的な冒険者がソロで倒せる魔物がワイバーン。

 魔法や火炎を空から投射するので、竜騎兵は強いのだが、本物の竜たるサンドロックの敵ではない。飛べるからといって、土と金属の属性を持つサンドロックを翻弄出来る訳もなく、メタルジェットによる散弾で翼膜を破られて墜落してしまう。


「何だ、前に障害物!」

「装甲馬車ですね」

「一刀流、居合、色気紺紺!」

「それアリなんですか!?」


 ライトが機関車の先頭で居合斬りし、装甲馬車を真っ二つにして、その間を通り抜けていく。

 斬れた人肉と金属と木片が降り掛かってくるも、ライトは返す刀で振り払う。

 その数秒後、ほぼ真後ろからライフル弾による狙撃があるも、角度を付けつつ刀身の腹を傾けて、回転する方向へと弾く。

 銃弾はライフリングという線条に沿って回転し、左右のどちらかに回る事で弾道が安定する。

 マスケットやショットガン、ショットガンの銃身の半分程度に線条がある銃は、ほとんど回転しないので、弾道は不規則となり、射手ですら思わぬ方向へと銃弾が飛ぶ。

 しかし、銃を扱う銃士は訓練によって、人体の正中線に沿った場所を狙う。狙いが正確なら、弾はそのどこか一点に絞れる為、回避や防御は不可能ではないのだ。

 特に何かを斬った後は、剣士の隙となりやすく、刀を振るった直後が最も無防備になる。

 だから切り返しで連撃し、隙を少なくさせていく。


「竜騎兵、いや、落下傘か」

「竜騎兵と相乗りして、空中で離脱し、滑空と浮遊で上に陣取ると」

「なかなか上手いタイミングだったが、どうせなら全員で呼吸を合わせて、一人を狙うべきだったな」


 高度よりサンドロックを狙った流れ弾が、偶々ライトを襲った狙撃だった。

 今、サンドロックのカウンターで、落下傘部隊は墜落する。


「駅が見えてきたぞい」

「速度を上げろ」

「了解でありんす」

「攻撃できませんよ?」

「爆弾が仕掛けてあるはず。アイツ等ならそうする」


 友人達の保険を頼り、途中で乗り込まれるのを防ぐ為にも、列車の速度は上げておくのだ。

 駅のホームを突っ切り、列車が通り過ぎると、爆発音が轟く。

 その後、釣る為に速度を落とす。


「今度は普通に旅行して、駅弁とか食べたいです」

「しばらくは無理だろう。三十年後くらいなら、怪しまれないと思うが」

「家族旅行になりますね。子供も大きくなってる子や、五歳児とか、赤ちゃんもいそうです」

「五十代で出産するつもり!?」

「妊娠してる間、生理は止まりますから、十人産めば十年くらいは閉経が延びますからね。ギリギリ孕めます」

「しれっと十人以上産むなよ。養育費が足りなくなるだろ」

「敵のおかわりが来たぞ!」


 ルナギャルの報告に、窓から外を見ると、色んな魔物が列車を囲むように並走しており、中には別動隊なのか線路を塞ぐゴーレムも居る。

 アートとサンドロック、ジェネが駆逐していき、ゴーレムの部隊はライトが、再び列車の先頭で斬り倒す。

 どうやらテイマーか召喚士が、あらかじめ待ち伏せていたようだ。

 その戦力は軍としても、個人としても大きいが、帝国二つだと連携が出来ていないので、潰し合いが起きている場所もあった。

 情報提供の際、流す情報の取捨選択がされ、自国に都合が良い情報しか得られないように、相手の諜報員を騙しているのだ。

 入ってくる情報と裏が取れた情報、すり合わせても違和感が無いなら、戦略や戦術は似か寄る。

 後手に回っても、即興の包囲網は突破出来るので、脅威たり得ない。


「列車砲を確認」

「虎の子を出すか、帝国のどっちかは本気のようだ」

「む、クローン兵が来るぞい!」


 ヘビーの警告後、前方の列車から人間砲弾の如く、ゴーレムが射ち出され、貨物車両の上に居たルナギャルと衝突するも、サンドロック並みの堅さを持つので、ゴーレムが弾かれてしまう。

 痛そうに頭を抱えたルナギャルを、サンドロックが少し心配するも、自分の防御力を思い出して軽く慰めるに留まる。


「ぽいっ。ポイポイ」

「え、地中から?」

「まぁ、確かに横転させるには、車両関係は真下や下方よりの横が弱いですけど。この速度で斜め下から突き上げるって、かなり無茶なのでは?」

「いや、線路の横に爆発物が仕掛けてあるんだろう。車軸や車輪狙いか。列車砲は囮だな」


 リルがかすかな火薬の匂いを嗅ぎとり、下を示すと、アート達はその意図に気付く。

 敵の列車は進みつつ、クローンの生体チップ入りゴーレムを浴びせては、ルナギャルが防ぐ。というか、ルナギャルを振り回したサンドロックが弾いている。シュールな絵面だ。

 アートとジェネが動くも、線路上、いや、敵の列車で隠されていた爆発物が起爆する方が早い。

 激しく揺れ、車外へ投げ出されそうになるも、ライトとヘビーがアートとジェネを捕まえ、リルは何とか踏ん張る。

 横転した際にサンドロックはルナギャルと一緒に飛び降り、土魔法で持ち上げてすぐに車両を起こす。追撃のゴーレムはルナギャルで防ぐ。


「大丈夫か?」

「えぇ、なんとか……」

「兄貴、機関銃が折れたんじゃが」

「砲身ならサンドロックに出して貰え」

「列車の機関部分は大丈夫のようじゃ。しかし、予備の燃料や魔石が無いのう」

「暴走させて下車するぞ。ここからは徒歩だ」

「サンドロックに頼んで、貨物車両を人型決戦兵器にしましょう」

「……巨大化は負けフラグだぞ」

「負ける前に……お前を殺す」


 徒歩の速度で会敵し続けるのは流石に嫌みたいで、アートはサンドロックを顎でこき使う事にした。

 まず、折れた機関銃の砲身を交換し、ライトとヘビー達で列車砲のゴーレム弾を防ぐ。

 次に貨物列車とその中身の鉄を使い、複座な人型決戦兵器、竜造竜人な黙示録の獣を造り出す。大層な事を言うも、要はサンドロックを巨大化させて、全員で乗り込むのだ。心の壁は無いが、ガンドニュウム製の装甲はある。また、ルナギャルの姿を、メタル・プレートにした鉄板が武器になる。

 トン単位の重量、ゴーレムや鉄甲弾を防ぐ装甲、サンドロックは巨大化したので古竜と同等のブレスも吐く。

 しばし防戦していると、巨大化したサンドロックがライト達を拾い、胸部に格納する。

 サンドロック本体が歩いたり、走ったりするも、魔力で繋がったアートやライトの動きを、モーション・チャプチャーなシステムを模倣すれば、巨大なサンドロックは古武術も扱えるようになる。

 デカくて、硬くて、タフなサンドロックが古武術まで使うと、移動要塞もかくやだ。

 しかも自爆機能が付いている。

 が、二つの帝国も列車砲を始め、戦車、戦闘ヘリ、戦闘機とまだまだ研究段階の試作機や少数生産されているだけの兵器を投入しており、アートの命を確実に散らすべく狙っていた。

 線路や砲弾を受け止め、ゴーレムや列車砲、戦車に使われている金属を容易く融かすサンドロック。

 魔法も魔物も効かないので、相性がとても悪い。

 現代戦闘において、金属を使わない兵器は少なく、魔法もドラゴンを超える規模となると、準備に時間が掛かるので、発見次第潰される始末。

 サンドロック自身の遠距離攻撃が少ないのが隙になるも、相手の遠距離攻撃はほとんど効かないし、土魔法で自己修復もする。

 サンドロックは襲い来る敵を歯牙にも掛けず、鎧袖一触しては線路上を進み、駅と列車、人間に魔物を駆逐していく。

 精強なはずの帝国軍は、サンドロックを止められず、援軍は次々と隣国の軍隊に標的を切り替えた。

 が、依頼は線路上の安全確保である以上、援軍も排除しなくてはならないので、サンドロックは後退して歩兵達を、虫けらの如く踏み潰す。

 王国の国境ではグリフォン部隊や騎兵隊が居た。サンドロックは跳躍してもいいし、翼を出してネオ・ドラゴン形態に変形し、ドッグ・ファイトしてもいい。

 だが、ヘビー・アームズの一斉射でグリフォン部隊と騎兵隊は沈黙した。

 夜間もサンドロックは走れるが、アートたってのお願いにより湖畔にて夜営する。


「グリフォン肉の焼き肉ですよ~」

「鶏肉に近い獅子肉。獅子肉と言っても猪じゃないからな?」

「何で私に言うのかね……」


 ルナギャルが金属配分の関係上、ロリになったので、ライト達は子供を相手にするような態度で接する。可愛いは正義である。ロリやショタはジャスティス。故に見た目で態度を変える人は多いし、見た目の印象が先入観を生む。

 有名なのは地下大墳墓の骸骨だろう。ヤンキーが捨て猫に餌を与えるギャップとは少し違う。

 まぁ、サンドロックは魔力と土さえ食えればいいので、ロリっ子なルナギャルが甘やかされても気にしない。ただ、大人モードだと二人は途端に塩対応へとなるし、調子に乗って尊大な態度を取ると斬られる。

 ゴーストやスケルトンの襲撃が夜間に会ったが、刀を持たせたヘビーやルナギャルも戦うので、ライト達の出番は少ない。

 ゾンビは切って燃やし、スケルトンは砕いて燃やす。ゴースト系は斬ると霧散し、リッチの魔法も斬れるので、脅威にはならない。

 また、即死魔法はオートマトンとゴーレムには通用しない。ルナギャルはデミ・ゴッドなオートマトンに近いので、即死耐性が高い。

 サンドロックのような古竜にはもっと効かない。それに守られるアート達も、勿論通じない。


「スケルトンやゾンビの装備、王国と帝国のが混じってますね」

「ゴーストも多い。絶対にヤバい実験の被検体とかだろ」


 怨念や恨みが多いとゴーストが多く発生すると言われており、夜明けと共に消える。

 今回は抹消されたので、二度と蘇る事は無い。


「骨格が似ているっぽい。臭いも同じっぽい」

「……クローンですか」


 首輪を外したリルから情報を得て、アートはクローン兵の虐殺、その片棒を担がされたと知る。

 実際にはやや異なるものの、クローンの怨念やスケルトンを砕いては燃やしているので、スローター状態に近い。


「部分的に硬いスケルトンが居たな。斬った感触が金属のそれだし、骨格から金属製に、置き換えてあるのかも知れない」


 金属製のスケルトンが多くなれば、砕くのは困難だ。しかも燃えない。

 が、ライトには切り裂きにくいだけで、スケルトンもゾンビもゴーストも倒せる相手だ。

 アート達は聖属性、いや、塩と鉄で作ったパニック・ルームにゴーストやスケルトンを誘い込む必要がある。

 やがて夜明けの時間だ。中盤まではヘビー達で処理出来たが、終盤から夜明けまではアート達も参戦した。

 このゴースト達が昼間も現れる。引き返す選択肢は無い。線路上で続くとなると、線路の内側はもっと酷い有り様だろう。外側は倒せばスケルトン達が徘徊する事も無いが、内側は洩れがあれば集結していくかもしれない。

 で、あるならば、線路を破壊したのは間違いかと言うと、魔導列車のレールは純粋な鉄ではないので、そのままの利用は出来ない。兵士のおかわりも来るだろうから、やはり破壊しておく必要があるのだ。


「霊能力者や錬金術師が居れば、楽なんだけどなぁ」

「魔法使いが霊能力者、というか、霊が視えるみたいな話がありますけど」

「別の場所で、妖精や精霊の物量戦とか、やってそうなんだよ」

「倒せるんですか?」

「瓶に鉄や盛り塩を乗せて囲む、すると、ゴーストとかの相手は発狂して自滅する」

「わー、かなりのゴリ押しですね」


 サンドロックに乗り込み線路上を進むと、ウサギや蜘蛛、野盗、パトロール中だった兵士、通りすがりと思われる商人や村人が、ゴーストに襲われたのか、発狂して死んでいた。

 これが次のゾンビやゴーストの材料となるので、浄化の札を貼って地中に埋める。

 浄化の札はゴーストやゾンビになるのを防ぐ効果があるものの、ゴーストやスケルトンに貼っても効果はない。倒した魔物や死んだ人間や亜人にしか意味が無いのだ。

 サンドロックの霊体にも効果は無いが、死体に貼ると憑依出来ない。

 線路を取り込みつつ、魔物を倒し、通りすがりの商人を殺す。そして埋める。

 王国の軍隊が近づいて来たら、問答無用で泥濘を作って亀裂を入れ、地面の中へ埋めてしまう。まともに相手しても殺す事に代わりは無い。ならば、訳も分からずに死ぬ方が自然災害に巻き込まれたものと同じであり、事実上、古竜は自然災害も同義だ。

 まぁ、軍隊は自然災害をどうこうする組織ではなく、救助や復興目的で派遣するもの。中には火事場泥棒も同然な兵隊も居るので、軍隊や兵隊が常に清く正しい存在ではない。教会やギルドもそう。

 更に言うと、国そのものがヤクザ以上のヤバい存在だ。

 そんなヤバい存在を三つと、ギルドを相手に出来る戦力が、ライトの友人達である。

 ちなみにいつの間にか、アートもサンドロックという古竜を、使役出来るので入っている。

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