第5話 しがないカフェは混沌な客だらけ

「ふー、ここから侵入出来そうだな」


 とある犯罪組織を潰す為、見張りを掻い潜り、時に下端したっぱを始末しては死体を隠す。

 そうして殺し屋の男は、組織の頭が狙える場所まで迫った。


ちくしょうジーザス!」

「それが俺の名だ。地獄に落ちても忘れるな」


 最後の悪足掻きをする男の額へ、ジーザスはリボルヴァーを抜き放ち、弾丸を撃ち込む。

 男は銃を構える間もなく、その辺の兵隊と同じように殺されてしまった。


「ったく、今回も空振りか」


 男は組織が持つ情報を、手当たり次第に別の場所へと転送していく。

 男の目的は、自分のクローン体の始末を着ける事。無論、全ては難しいので、初期生産されたプロトタイプ三十五人を殺す。

 遺伝子情報を勝手に複製されたので、下手人の研究所は真っ先に葬ったが、プロトタイプ達が出荷された後だった。追跡する内にプロトタイプから正式量産される複製体が出来上がった為、ベースとなるプロトタイプのみに目標を絞る。不幸中の幸いなのか、魔法による契約も結ばれていたので、プロトタイプの生死が感知出来る状態だ。クローンそのものが試行錯誤して造られ、魔法も取り入れられた科学と錬金術の先行実験である。その被験者として拉致された経緯があるので、自分のクローンが戦争の道具になるのを防ぐ為なら、各地にある犯罪集団へ目を付け、怪しい試験行動を起こしそうなら、クローンごと潰す。

 魔法は不安定な場合もあるが、契約関係を結ぶ際は、オカルトも使わないと、何故か科学の普遍性が損なわれる事が多い。

 99.99シックス99パーセント・ナインは100パーセントではなく、絶対とは言えないから奇跡足り得る。

 これは未来予測の魔法も外れるし、異能の未来予知も外れる事があり、古武術は最短最速で生き残れる道筋を、ほぼ勘で叩き出している。ひとえに、シミュレーションの反復予想のお陰だ。

 科学もそう。クローン作成中に死ぬ事や変異や奇形となるのは普通にある。それではコストが掛かるし、時間も資源も幾らあっても足りない。

 生産性や安定性を重視すると魔法や錬金術師、死霊術を組み込む必要があるのだ。敢えて不確定要素を盛り込む事で、イレギュラーをチャンスに変え、ある程度の許容範囲が出来上がる。

 潰す組織の大半が、そうしたクローンを元に改良や改造として義手を付け、クローン・リユース・ユニットとして戦力や兵隊の如く使っていた。

 オリジナルである殺し屋相手に、レプリカでコーディネーター兼改造手術を受けたクローンは、経験不足で勝てない。

 本人より強くとも、技量が伴わない身体能力に振り回され、自滅するだけだ。


「マスター、外れだったぞ」

「そう言われてもな、情報屋の伝が足りん。お前さんが狙うと、匂わせた程度の噂を流して、他が漁夫の利を得ているからな」


 一仕事終えた後、移動式の車カフェで、組織の情報を話したマスターに絡む。


「早く始末しないと、俺が元凶にされてしまう」

「大惨事な戦争か。特需に乗っかるのも手だが、どの情報をどこに卸すかね」

「実害無いからって呑気だな」

「人の不幸は蜜の味と言うからな」


 カフェの主人である壮年の男性は、殺し屋の愚痴を聞きながら皿を洗うのだった。




 ある国の、貴族の屋敷に勤めるメイドがいた。

 周りのメイドに紛れて、貴族の些細な情報を集めたり、御用商人から市場の情報を聞いたり、メイド仲間からは、個人情報を聞いてもいないのに話されたり、護衛の兵士や冒険者から魔物の話や魔法について聞いたりもする。

 また、地形や地図にない家を、町民や猟師に教えてもらう。

 ある程度情報が集まると、その貴族が治める領地の全体像が見えてくる。

 地政学的な要所、貴族がどこにお金を掛けているか。兵士の練度に冒険者の質。

 纏めた情報を敵視している貴族や部署に送り、自分は名残惜しそうに辞める。

 そうして、次の貴族、または王城で働くメイドとなるのだ。


(どこも腐りやすい土台だわ)


 腐敗した貴族、賄賂が欲しい軍人、成果を誇張する研究所。一部は兵站の物資を売り、冒険者の手柄を横取りして闇討ちする。

 怪しげな実験をしては、辺鄙な村が消えていく。

 その穴埋めはかなり雑で、敵国の欺瞞情報や工作活動だとのたまうもの。

 領土を、国民を、軍事力を、権力に笠着た上層部が削る。国の中枢にいながら椅子を尻で磨きつつ、末端を殺すのだ。

 予想では、挙げ句の果てに宣戦布告し、前線は機能不全に陥っていいるのに、紙の上では勝てるだけの作戦が踊っている事だろう。


(……帝国も王国も変わらない)


 国は魔物の脅威を冒険者や傭兵任せで、他国への侵攻に自軍を宛てにしている。

 自国のスラム街にいた人間を、負傷した兵士を、死を待つだけの老人を用いて、魔物を組み込んだキメラ化、そのクローン兵に、死体を利用したスケルトン兵を生み出している。

 キメラが死んでも、クローンがいるし、オリジナルやクローンが死んでもスケルトンになるだけで、運用できるなら非常にコスパがいいのだ。

 しかもこれらのスケルトンに、聖属性や炎属性があまり効かないらしい。よしんば効いたとしても、万単位の軍勢を相手にすると、物量で押し潰される。

 故に聖属性を持つ教会や、教団の聖職者がすり減っていく。


(厄介な……。対応策が魔力を纏わせた剣や槍くらいとは)


 情報を情報屋や怪しい組織、変な研究所にたれ込む。後は勝手に試験や実験をしてブラッシュ・アップされるので、その情報を抜いて更に別口へ売る。

 メイドは、時に商人、ある時は学生、またある時は軍人へと変装し、バック・ボーンをきっちりさせて叩かれても埃が出ない様にしていく。

 その正体はくノ一であり、情報を抜いては改竄し、電脳や魔法の術式を書き換える、超能力忍者。

 対象の記憶を都合が良い様に変え、または生命活動を心臓のみ動くよう機能を消す。

 何処にでも潜り込めるが、基本はメイドになる。冥土の土産に情報を抜くのだ。つまり、教えたり聞いたりするのではなく、一方的に貰う側である。


「今回も舞い死の美ますか」


 たまに同業者と出会すが、素知らぬ振りで協力しあう。

 どこだって情報は欲しいし、足を引っ張って警戒されては、情報戦が長引き鮮度が落ちるだけである。




 ある国では、女の格闘家が道場破りの如く、軍隊を相手に一人で戦っていた。


「ヒャッハー!」


 駐屯所を訪れ、見張りを倒す。演習場で訓練している部隊に殴り込む。楽しんで気がすむと撤退するか、部隊を半壊させて逃げる。

 またこの際、負傷した兵士に流れ弾が飛んで来ると、同士討ちで死なれては寝覚めが悪いのか、態々銃撃から庇いつつ、下手な射撃をする兵士を倒す。


「私が盾になる。そんな牙でこれ以上、傷つかせはしない」


 まるでヒロイックな雰囲気を醸し出すが、全ての元凶は格闘家なので、庇われた兵士は呆然としていた。

 そんな事を色んな国と地方で積み重ね、未だに捕まらず、逃げはしても負けはしない。

 で、当然ながら秘密結社や変な組織に用心棒として雇われたり、軍隊を相手に暴れているのを利用されたりもする。

 彼女の拳を止められる者は少ない。戦車の砲弾を弾き、手甲をはめた指先で魔法をも掴む。機関銃の掃射を、空手の回し受けで防ぎ、槍を避けて穂先に乗る事も出来る。この時、穂先への荷重は無く、羽毛のような軽さで体重という質量を気功で分散させていた。


「よーし、撹乱は成功ね」


 背後の斬りかかって来た兵士を裏手で、振り下ろされた剣を掴みつつ、後ろ蹴りして敵を浮かせながら正面に剣ごと投げ飛ばす。

 そして周りを見渡し、反撃する相手が居ない事を確認すると、猛然と走って立ち去る。




「最近の軍は弱くなったわね。国が違うからかしら?」

「唐突に何だ。俺は次の小テストを考えるのに忙しいんだが……」

「さっきから酒を片手に、マスターへ愚痴ってたじゃない」


 移動式カフェにて、カウンター席に座ると、隣に居る殺し屋へ話し掛けた。表向きの職業である、とある学園の教師の仕事をしていると切り返され、格闘家の女性が残業していないと更に返す。


「こんばんは。マスター」

「あんたか。ちょっと裏手に来な。お前さんはミルクでも飲んでろ」


 格闘家にミルクが入ったコップを、テーブルの上をスライドで走らせて渡す。

 その後、出入口から顔を覗かせたメイドっぽい女性を、バックヤードへと顎で示す様に案内し、水を注いだコップを持って自分も引っ込む。


「……扱いが雑よね」

「その内、コップだけ渡して水でも飲んでろって言うな」

「店を壊したの、私じゃないんだけど……」

「俺狙いの迫撃砲の連射だったのは、マスターも知っている。単純に水かミルクしか頼まない、お前の相手はしないってだけだ」


 カフェなんだから、コーヒーくらい頼めばいい。と、存外に態度で示す殺し屋兼教師。

 約五分後、メイドはマスターへコーヒーを頼み、格闘家の隣へと座る。


「軍隊が弱いって聞こえたけど、備品を裏で売ってるからよ。訓練用と見せ掛けた弾薬調達で、兵士達の転売による臨時ボーナス。上は知らない振り」

「……通りで、追っ手が剣や槍だけだったのね」

「次の、行動を起こそうとしている組織だ。見たら返せよ」

「これとこれか」

「あ、これ私が用心棒してる奴だ」

「見んじゃねーよ。一応俺のだから」

「では僭越ながら、私が教えてあげましょう。情報を持って来たのは私なので、その出所の一部は私にも所有権があります」

「一応、ワシが買ったからワシのなんだが……」


 マスターと知り合いの客同士で、侃々諤々と言い争う中、各自手元の飲み物で口を湿らせる。

 そんな中、オーバーホールを着た男性が来店した。


「こんばんはー。昼間に採った野菜と鶏です」

「鶏は表で絞めてくれ」

「かしこまりました。いつも通りにしておきますね」


 野菜を冷蔵庫に入れ、しばらくして外傷無しで、羽毛を全てむしり取られた、鶏の丸裸な死体を農家の男性から貰うマスター。

 カフェに野菜等を提供する男性は、農業を広く浅く、養鶏や牛、羊を牧場で育てている。要するに牧場で物語を描く青年だ。

 カフェのマスターは情報屋、メイドは諜報員、教師な殺し屋、囮や盾となって暴れる格闘家。そして、牧場経営で食糧を生産する青年は、魔法使いワーロックと並ぶ高位の魔術師であり、各国に牧場を持ち、魔術で分身して食糧関係を牛耳っている。

 今も昼と夜の地域で、別々に農作業や採掘と、マルチタスクをしていた。


「お、まだ空いてる?」


 そこへ、また来客がやって来る。

 スーツを着崩し、スーツケースを手にした、二十代の男性だ。


「マスター、コーヒー一つ。コレは後で確認してくれ」

「はいよ」


 スーツケースを受け取ったマスターは、コーヒーをカウンターに置いて奥へ向かう。


「帝国と帝国の販路は、あまり儲からないか?」

「隣接している帝国間なら、儲かるんだが、間に王国を挟むと足元を見られるんだよ」

「慎重にすれば足が付きにくい代わりに、信用と利益が減る。大胆にやると敵を作るか」

「武器商人も大変だね」


 マスターと武器商人が話していると、青年が苦笑して水を飲む。

 お互い武器や食糧と、需要に供給を考えて売買する以上、利益には一定の額を求め、なるべく赤字にはしたくない。

 殺し屋ジーザス情報屋オールドを頼り、武器商人デスサイズから弾薬や武器を買い、メイドカラーが情報を集めて売り、格闘家ナタクが表の戦力を足止めし、牧場の青年マグアナックが食糧を卸し、情報屋オールドのカフェで消費する。これが流通で、真っ黒な金が血で汚れた手を介して、マネーロンダリングされていく。

 故に全員が顔見知りで、協力関係だ。


「そう言えば、剣鬼ライトの所に嫁が来たらしいぞ」

「……いつ結婚したんだ?」

魔法使いワーロックが召喚返しに呼ばれた時に、組んでいたそうだ」

「はぁ? ……ちょっと待て。……あぁ、ヘビー・アームズからも伝達が来ていたな。……あいつ等も律儀なこった」


 ヘビー・アームズはジーザスのプロトタイプのクローンを、更に改造した第二期のセカンド・クローンをベースに、生体チップへ処理してオートマトンの一部に組み込まれている。

 オリジナルの元へと、暗号情報を魔法的な転送が可能だ。当然、契約魔法の仕様上、ヘビー・アームズが一体でも欠けると分かる。


「うっわー、ヤンデレ化してるじゃん。おー怖、とづまりしとこ」

「ツンデレじゃなく、ヤンデレかぁ。剣鬼は家から出れなくなっちゃう?」

「便利ですねぇ、ヘビー・アームズ」


 魔法による記録映像を壁に映すと、武器商人が眉をひそめた。


「……何処かで見たなぁ」

「知り合いかい?」

「えー、何処だったかな。あ、風竜を討伐した時に会ってる」


 臨時の討伐クエストだったが、そこそこ連携は取れていたのを思い出す。

 その時の彼女を知る武器商人としては、何をどうしたらヤンデレになったのかが分からない。


「お邪魔するわよー」

「邪魔するなら帰ってくれ。というか満席だからな、待つか、帰るかを選んでくれ」

「なら立っておくわ」


 青い髪の女性が出入口に立つ。魔法使いワーロックと呼ばれているエルフだ。


「おっと、僕はそろそろ帰ろうかな。あ、ディープ、妖精達の貸し出し延長を頼むよ」

「甘いモノとマグアナックの魔力をあげてね。あと、増えたらその分の子達にも」

「了解したよー」


 青年が精算して帰り、ディープが空いた席に座る。


「剣鬼が嫁貰ったってさ」

「知ってる。いや、そうなると思ってた、と言うのが正しいかな?」


 ディープは冒険者ギルドが出した、正式な報告書をマスター達に読ませ、客観的なアートの立場を鑑みると、ライトを捕まえるなりして、情をもってほださせるくらいはすると言う。

 どうにかして一晩共に過ごしたら、それを理由に関係の再構築を考えさせ、なし崩し的に横のポジションをキープするのだ。

 狙った獲物を逃がさない為なら、ヤンデレにも地雷系にもストーカーにもなる。それが女性の一面。

 哀れなライトだが、本人的にもヤバい女性を冷たくあしらい、野に解き放つのは、自分に情状酌量の余地はあると思うが、アートが世間や社会に叩かれる余地を生む。だったら自己犠牲の精神で向き合い、慕ってくるアートを無下に扱う訳にもなく。

 愛が重いけど、信賞必罰で手綱を握って、昼は亭主関白、夜はかかあ天下で乗り切るのだ。


「……と、言う事」

「おお怖い怖い。怪談百物語並みに怖いな」

「人間の業の深さが分かるわね」

「酔いが醒めたぞ、コラッ!」


 口々に好き勝手な事を言う面々を見て、自分の時は上手く切り抜けると内心で思っているな、とディープは全員を半眼になりつつ見抜く。


「とりあえず、腎虚しない程度に、何か贈るか」

「御祝儀代わりに?」

「薬、金、水」

「それだとヤるだけヤったら、マンネリになるんじゃ……」

「帝国間弾道旅行」

「いったい何を言っている?」

「場所の提供よ。アブノーマルな趣味はなくても、場所が違えば燃えるらしいじゃない?」

「だからって帝国と帝国を突っ切るのか……。絶対にヤバいだろ」

「ライトに向かってくる奴がいるか、アートを弱みとして狙うか」


 所詮は他人事なので、旅行計画と資金を集め、狙う理由も付けておく。

 すると、旅行中に殺し屋達の厄介事が、ライト達の手によって片付くという算段。

 ライト達は旅行が出来る、ディープ達は面倒なモノが消える。客観的に見てまさにウィンウィン。

 問題はどうやって旅行に行かせるかだ。

 現在進行形でライト達は鍛練したり、乳繰り合っている。


「アートを唆そう」

「何か宛てでもあるのか?」

「冒険者ギルドに、帝国へ旅行に行けって、依頼でも出すとか」


 実質タダで旅行が出来るも、拒否される可能性が高い。

 塩漬け依頼並みに、信用されていないモノがあり、採集目的なのに魔物とのエンカウントが多い、採掘目的なのに目的地への地図が無い。そのほとんどが、魔物狩りや未踏破地域の調査と同義だ。


「その帝国といえば、俺の目標とも被るぞ」

「私も、私が用心棒してる組織」

「……だったら、ライトの住む周辺の王国になるかぁ」

「それだと、ただの旅行だな。タダだけに」

「寒くなって来たから帰るぜ。また注文があったら連絡してくれ」


 マスターのギャグに、武器商人のやる気が下がったのかは知らないが、そろそろ帰る腹積もりだった様子。精算して出ていく武器商人を見て、マスターはややショックを受けるも取り繕う。


「アートの鍛練の一環として、ライトに魔法を教える。その為に、まずは龍脈を目指して、帝国の山岳へ登山させる」

「それ、サンドロックの強化に変えた方が良いわよ」

「……ダイス振るね」


 ディープは瓶詰め妖精をダイスに変化させた。困った時のダイスの女神頼り、正気度なんて飾りである。


「うーん、ますます百物語」

「サンドロックを強化して、どうするんじゃろ」


 それを見た殺し屋とマスターは呆れ顔だ。

 数多くあるはずの選択肢をダイスで狭め、ライト達の今後の予定が、勝手に決められていくのだった。



 武器商人は路地裏にて、メイドの出している分身体と会話する。


「全身義体のプロトタイプ?」

「そう、オートマトンとは違い、より科学的な部分が多いモノよ。ロボットやアンドロイドに近いサイボーグね」

「人間のクローンの、脳髄を包む脳殻を、オートマトンに移植しつつ、オートマトンの核の中身を最小限に……適合者はゴーレムにも移植され、より強力な兵隊になると」

「まだプロトタイプだから、動きはほとんどしないけどね。殺し屋のクローンのプロトタイプが、もしかしたら居るかも」

「人間以上に動ける存在に、生殖機能まで付ける……?」


 理論上、脊椎があれば生殖能力を造り出せる。人造人間は短命だが、延命しつつ生殖活動をすればいい。次世代はデミ・クローン、クォーター・クローン、果てはただの人間でありながら、サイボーグにもスケルトンにもキメラにもなる。

 出来損ないは生体チップ、脳髄だけでも培養して生殖細胞を使い、チップとクローンを掛け合わせていく。

 チップに適合するオートマトンをチューニングしつつ、チップで制御可能なゴーレムやオートマトン、個別のクローンを量産し、そのゴーストも使うと、従順な幽霊系、憑依させるとリビング・アーマーになる。

 更に、そのゴーストが持つ負の感情や呪いを利用して、その周辺を霊的な汚染状態にし、ポルター・ガイストや地縛霊が湧き出る、オカルト分野でなければ攻略できない様にする。

 これは、言うなれば放射線の被曝地域となり、霊能力者でなければ呪い殺され、発狂して精神的に死ぬ。そんな環境汚染で領土を削り、敵国を立ち入り禁止な領土で囲み、物理的に締め上げていけるのだ。


「呪いを濃縮させる、或いは、浄化させるしか、汚染除去は無いか」

「質の悪い事に、他の怨嗟まで混じるから、浄化も長引くのよ」

「クローンの霊まで使うのは、それがトリガーになるから。負の感情が連鎖的に、その土地にある怨嗟と共鳴して混じる。物量で押して、霊的に封印し、その領域の生物を狂気で染めて殺し合わせる」


 蟲の壺毒を参考にし、生き残った存在は霊的にも精神的にもヤバく、魔法が効かないし飢えない。フィールドに適した狂った存在となる事が予想される。

 推測に推測を重ねていくと、建物や武器が呪われながら、自我を持った憑喪神が大量発生し、壊し合って最後の一つと一体が争う過程で、呪い同士が更に濃縮されるだろう。


「それを討伐するプランは?」

「ある訳が無いでしょう」


 可能性の一つに、古竜クラスのドラゴンがどうにかすると言う、酷く曖昧な解決法があるも、消去方な選択肢であり、自然災害でなんとかしようと言うモノ。


「帝国では老化促進剤も使って、成長を加速させているし」

「放っておいても死ぬが、死ぬ数よりも増える方が多いか」


 大量のセカンド・クローンやサード・クローン。プロトタイプよりも短命だが、ガン治療に使うガン細胞並みに培養されている。

 クローンの出来損ないがチップになり、ゴーレムやオートマトンに組み込まれており、その部隊が既に小競り合いにてデータを収集していた。

 故に全身義体は現物が存在し、脳殻もある。精神がオートマトンの魔力で汚染されている為、デミ・クローンの雛型でもあった。

 何処かに居る全身義体を奪い、秘匿された脳殻の仕組みを知る必要がある。


「可能なら、怨霊や怨念も、ある程度指向性を持たせて、呪いの種類を狭めたいわね」

「ゴーストを拷問でもするつもりか。それで呪いが強くなったら目も当てられないぞ」


 火事で焼け死ぬ、刺されて死ぬ、餓死、魔物に喰われて死ぬ、死に方色々ならば、怨みつらみも様々なので、その怨嗟を一定の方向へと誘導して、火事が原因で死んだ悪霊の呪いは、大量の聖水を使えば払える確率が上がる。

 ただ、死んだ原因がそのまま怨みに繋がるという訳でもない。刺されて死んだとして、女関係を拗らせていたら、怨みが刃物でも相手でもなく、女性全員へと拡大解釈されてしまう。

 人間、またはクローンの怨みつらみは、広く薄くなりやすい。なので、百人が色々な死に方をしても、通常はポルター・ガイストが起きたりする程、呪いが溜まったりしない。

 そこで二つの帝国は、万単位のクローンを使って、小競り合いを繰り返し、その中でクローン達が死んでいく。しかも現在進行形だ。


「正直、間に合うのかは賭けね」

「呪いが熟成するか、全身義体、奪取が先となるか?」

「熟成よりも、指向性を持たせられるかどうかの方よ」

「いやー、キツいでしょ」


 その後、分身体が去ると、武器商人は新しいスーツケースを虚空から出して、路地裏の奥へと消える。




 ある地域にて、曇天の空模様の中、マグアナックは魔術の分身体を使い分けて、農作業や酪農、近くの鉱山で採掘し、海辺で釣りをしていた。


「分身体と瓶詰め妖精を、放置での作業は捗るね」


 ある地域は夜、ある国は小麦が不作等、情報を仕入れては、分身体や瓶詰め妖精へと大まかに指示を出す。

 分身体は疲れたら消えるも、すぐに別の分身体が作業するし、瓶詰め妖精は時々増えるので、交代で草むしりや花の受粉を行う。

 道具は魔法、収納は魔術、指揮は魔法、畑のトマトやナスの配置は魔術陣と魔法陣、家や小屋等の周辺の建物と木々の配置は魔術陣。

 魔術と魔法は似ている。違うのは長期間か短時間かの効果くらいなモノで、魔法によってはそれもマチマチとなる。一般的な区別として、魔術の中に魔法があり、魔法陣の大きさや使う魔力量によって魔術並みに至るのだ。

 従って、マグアナックとディープが魔法戦を行うと、ほぼ互角となる。魔力が幾ら膨大でも、魔法に込める魔力の上限は変わらないし、威力にも効果にも現れないので、連発しても障壁や防壁で防げる。

 魔力の質やら特性こそ個人差があるものの、マグアナックとて魔法は使えるし、ディープも魔術を扱える。


「霊的なモノか。妖精や精霊とは違う次元の存在だし、妖怪や怨霊は教会や教団の専売だね」

「魔法使いと悪霊は、相性が良くないと?」

「忍術で悪魔が倒せるならいいんだけど、聖属性の忍術は無いんでしょう。陰属性や陽属性の魔術に魔法も無い。聖属性と光属性、邪属性と闇属性ならあるけどね」


 近くのテーブルでトマトを食べるメイドの本体カラーに向け、マグアナックの本体は、暗に属性の追加か、新しい魔術や魔法の開発が要ると告げる。

 火遁や風遁といった具合に、魔法と同じくらい属性があるものの、魔法と忍術は相性が良くない。

 正確にはチャクラと魔力の練り方が違う。体内で精神力や体力を混ぜた不思議パワーを使うのがチャクラで、体外にある魔力の元と体内の精神力を混ぜた不思議パワーが魔力である。

 ちなみに、魔力量は無意識下でも扱える魔力の総量で、意識して増やしたとしても、無意識の内に減る為、ドーピングも難しい。ディープは特性が創造なので、妖精が取り込んでも妖精の魔力と混ざって増やせるし、擬装の特性を作って誤魔化せる。

 相反するとまでは言わないが、余程精神力が強靭か、出力が増加しても壊れないメンタルでないと、一人での両立は厳しい。

 なので、忍者がデーモンを倒すのは難しいし、魔法使いが妖怪を倒すのも厳しいモノがある。デーモンの魔力がチャクラを弾き、妖怪の妖気が魔法を弾く。

 どうしても逃がしたくないなら、拳や蹴りで外傷を作り、純粋な鉄と浄めた塩で円陣を描き、囲んで封印する必要がある。もしくは、自分が円陣の内側で篭る事で、相手が諦めるのを待つ。

 悪霊相手に塩が効くのは一般的だが、何故か妖怪にも悪魔にも効く。悪霊の大元に骨があったら骨を灰なるまで焼くと、地獄でも天国でも無い場所へ払われる。

 しかし、塩はかさ張りやすくて重い。一方で聖水は飲めるので消費も早められる。

 でも聖水は悪魔に効きが悪い。妖怪にはほぼ効かない。宗教やら神話の関係上、こればかりは仕方がない。

 また、スケルトンやゾンビは聖水が効く。ジーザスのクローンが元である、スケルトンには塩も聖水も効かず、製作ロットによっては骨格に合金が使われている場合もあるので、打撃にも強い耐性がある。


「……ナタクに任せるのも手だね」

「そのナタクが途中で発狂したら、誰が止めるんですかね」

「ジーザスが頑張ってくれるさ」

「遠距離から近づくナタクを相手に、後退しながらの狙撃で暗殺。実現出来ると?」

「精神異常の耐性がつく魔導具の、効果が発揮されないフィールドで接近戦。いや、それこそ勝てないでしょ。相手の土俵で勝てる見込みも低いのに」


 呪いの圧縮やら濃縮された憑喪神が操る、発狂した存在。無論、憑喪神の大元である武器を持っている。聖属性による魔法や属性武器で浄化は難しく、フィールドのみならず領域そのものが不利に働く戦闘環境。

 それにナタクが加わるだけで、遠距離攻撃が弾かれ、近距離攻撃はほとんど効かなくなる。

 最悪で悪夢染みた存在の出来上がりだ。


「こうして、人類は自らの手で生存圏を狭めたのだった……」

「まだ希望はありますよ、たぶん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る