第6話 後を追う者ー②
「ふむ、ベアドラゴンと相打ちになって全滅したと見えるが怪しいものじゃな。都合が良すぎる」
王都から遠く離れた森の中、生前はどんなに強くとも自然の掟には勝てないのか、朽ち始め異臭を放つベアドラゴンの死骸と周りに散らばる黒焦げの遺体を見ながら、クノイチは目的の遺体を探す。
「……この鎧と剣はディークランの家の物らしいが、亡骸は偽息子ではないな。骨が女の物ではない」
焼けた上に野ざらしになっていたせいで原型を留められていないボロボロの遺体をじっくりと観察しながら、クノイチは自分の予想が当たったことを確信した。
素人が見れば冬眠から少し早く目覚めたベアドラゴンと森を通って近道をしようとした小隊が不運にも遭遇して戦闘になり、全力で抵抗した騎士達と相打ちになったように思っただろう。
だが幾度も仕事でこういう偽装工作を得意とするクノイチには容易く見破った。
そもそもクロノアにこういった手法を教えたのクノイチなのだから見破れて当然のことだ。
「あの馬鹿弟子、相変わらず仕事が雑じゃな。やはりもう一度、一から鍛え直さなければならんのう、手取り足取りな」
嬉しそうに口角を吊り上げたクノイチは、地面に伏せると素人では気づけないクロノア達が残した痕跡を見つけ出し、追跡を始めた。
足跡を辿り、森から街道へと出たクノイチは左右をゆっくりと見ると考えを巡らせる。
ヴァーリウスの死を偽装したのならば、生活の為に新しい身分を必要としたはずだ。
箱入り息子として育てられ、戦う以外に能が無いヴァーリウスが身分を得る為に一番簡単な方法は間違いなく冒険者になることだ。
同じくスラム街の出身で身分が無かったクロノアに自分がしてやったように。
だとすれば冒険者ギルドがある街、それも目立たぬよう人に紛れられ、人の出入りが多く、一々誰も他人の顔など気にしないような大きな街へと向かったのだろう。
「この近くで大きく人の出入りが多い街となると、ワーロクか」
二人の行き先を容易く当てたクノイチは街道を歩き始める。
門での検問も持ち前の手練手管で難なく潜り抜けたクノイチは冒険者になる為に、武器と鎧を偽装に使ったヴァーリウスが色々と装備を揃えた筈だと見当を付けて鍛冶屋を探し始めるのだった。
ワーロクに店を構えてから三十年、鍛冶屋として鍛冶と店番をしてきたハイスは今まで様々な客を相手にしてきた。
先日もえらく剣に拘る大柄で筋肉質な女冒険者と小柄で可愛らしい魔法士という変わった組み合わせの客が来た。
苦労はさせられたが、実はハイスはそういう変わった客の相手をするのが密かな楽しみで店番もやっており、二人の相手をするも何だかんだ面白かったので記憶に強く残っている。
だが、今相手にしている客は過去一番に変わった客だった。
遥か東、海の向こうにあるという島国から伝わったとされている着物を着た妖艶な女だが、着崩しているせいでチラチラ見えるボディスーツがただ者ではないことを示している。
確か同じく東の島国から伝わった技術で裏稼業しているニンジャと呼ばれる者達がそんな恰好をしていると聞いた覚えがあったハイスは、思わず身構え体を強張らせてしまう。
「おい、聞いておるのか? ここ最近チビの魔法士と筋肉モリモリマッチョな鍛えすぎな女が来なかったのかと聞いておるのじゃ」
女の声に我に返ったハイスは慌てて答える。
本来は客の情報は簡単に喋るべきではないのだが、どうみてもカタギではない異様な雰囲気を放つ女に怯えてしまったハイスは全て吐いてしまう。
「た、確かに言われた特徴に合う方達は来られました」
「そうかえ。どこに行くかは行っておった?」
ハイスは分からず首を横に振ると女は答えが気に入らないのか、舌打ちをしながら店を出ていった。
「……一体何者なんだあの女」
嵐が過ぎ去った後に似た安心感に包まれたハイスは、今晩は大いに飲んでこの記憶を消しさろうと決意のするのだった。
「はてさて、この街に来たまでは当たりの様じゃがどうしたものか。人が多いと存外見つけやすくもあり追いにくくもあるのう」
だからこそ大きな街に行けと自分は教えた訳なのだが、ちゃんと実践してるのは師匠としては嬉しいものの、追う側としては面倒であり、少し複雑な気分になりながらクノイチは物陰で煙管をふかし始める。
「手っ取り早いのはあの手じゃが面倒じゃのう」
ため息と共に煙を吐き出しながらクノイチは影へと姿を消す。
再びクノイチが姿を現したのは真夜中の冒険者ギルドであった。
昼間に比べると数は少ないが警備を兼ねた緊急の依頼を待つ冒険者と職員達に一切気づかれることなく内部に侵入したクノイチは、誰の目に留まることなく記録保管庫へと入り込んだ。
人が到底入れない程小さな窓しかなく、明かりも無い暗い部屋をクノイチは静かに家探しし始める。
彼女には昼も夜も関係なく物が見えているらしい。
程なく目的の物を見つけたクノイチはほくそ笑む。
「なんと、幼き頃の名をそのまま名乗っているとはのう。正体を隠す気はあるのかこ奴は」
懐にルナの登録書とクロノアと二人で受けた以来の受理書を仕舞ったクノイチは再び誰に見つかることなくギルドを後にした。
誰もいない路地裏に姿を現したクノイチは受領書を読み溜息を吐く。
「村まで行くのは面倒じゃなあ。かと言って奴らが戻ってくるのを待つのもまどろっこしい」
煙管を吹かしながらクノイチが思案していると、大通りの方が何やら騒がしくなる。
耳を澄ますとギルドへ入った侵入者を捕まえろと叫ぶ声が聞こえて来た。
「ふむ、もう気づかれてしまったか。こんな夜中まで仕事とはギルドの連中はご苦労なことだのう。色々と面倒になってしもうたし、もう今日はしまいにして酒と遊び相手でも見つけて楽しむとするかのう」
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