第6話 後を追う者-①
「失礼します総団長、先程前線から最後の部隊が戻りましたが、やはりご子息が率いられる小隊の行方は知らないようです。やはり捜索隊を編成すべきなのでは?」
「そうか、報告ご苦労。進言は有難いが今我が国は戦後処理で上も下への大騒ぎだと言うのに、騎士団を纏る立場の私が私的なことに貴重な人員を使う訳にはいかないさ。大方どこかの酒場か娼館にでもいるのだろう。君も今日はもう休みたまえ、と言ってももう日付は変わっているか」
鎧ではなく騎士の正装に身を包んだ部下から書類を受けとった総団長と呼ばれた男は苦い顔をしつつも部下を下がらせる。
王都ワガンドロスのコクレア騎士団総本部では終戦により国境の最前線から警備の為に残った一部の騎士団を除いて引き揚げてきた騎士達の対応に追われ、本部勤めの騎士達は戦時中よりも忙しい日々を送っていた。
全ての騎士達の頂点に立つ騎士の中の騎士とうたわれる男、ベリルス・ディークランも例外ではなく、ここ数日は家に帰れてすらいない。
オールバックの髪も綺麗に整えられた髭にも白が混じっており、年齢を感じさせるが、鍛え上げられた肉体はデスクワークとは縁遠そうに見える。
「さて、どうしたものか。予定通りに死んでくれていればいいが、小隊の連中がいつまで経っても帰って来ないのでは成功なのか失敗なのか判断に困るな」
部屋に自分以外、誰もいないのを良いことにベリルスは溜息と共にうっかりと本音を漏らしてしまう。
そう、彼こそがヴァーリウスの父であり、暗殺を企てた張本人である。
正直なところ並みの騎士が束になってもヴァーリウスには敵わないのは鍛えた本人であるベリルスが一番理解している。
とは言え馬鹿が付くほど真っすぐでお人好しに育ったヴァーリウスが戦場で背中を預けた部下達から裏切られ、ましてや命を狙われるとは考えないだろうから少し搦手を使えば問題ないと思い、ベリルスは小隊の騎士達に暗殺を命じたのだ。
だが、いつまで経っても結果が分からないのでは些か自分の見通しが甘かったと言わざるを得ないと考えたベリルスは既に次の手を打っていた。
「クックックックック、息子一人始末するのに難儀するとは、そのザマでよくもまあその椅子に座れたものだ」
誰もいないはずのベリルスの執務室に妖艶な声が響き、大きな古時計の陰からぬるりと女が姿を現す。
「役人連中と違って腹芸が下手でも我々騎士は家柄と剣の腕さえあれば出世するのは存外簡単なものなのさ。……来てくれて感謝するぞクノイチ」
束ねた闇に溶け込みそうな黒髪とは対照的な鮮血を連想させる着物を着た彼女は不法侵入者ではなく、ベリルスが招いた客人のようで彼は驚いた素振りを見せない。
彼女こそがベリルスが次に打った手である。
「終戦のせいで丁度暇だったのでな。それにお主は金払いが良いお得意様じゃしのう」
そう言いながらクノイチと呼ばれた女はベリルスが引き出しにしまってあった酒を勝手に取り出すと勧められてもいないのにソファーに座り一杯ひっかけ始める。
暴虐武人な振る舞いにベリルスは眉一つ動かさない。
彼女はいつもそうであり、咎めたところであまり意味はないからだ。
「何かツマミは無いのかえ? 可愛い小僧か美人な女の酌でも良いぞ」
「君を呼んでいるのだから他の誰かを呼べるわけないだろう。酒だけで我慢してくれ」
クノイチは不満そうにしながら酒精の高い酒を瓶に口を付けて一気に飲み干す。
「そろそろ本題に入りたいのだが、構わんかね」
酒に強い人間でもへべれけになる量を飲みながらもクノイチは顔色一つ変えずに頷く。
「知っての通り正式な嫡男が生まれたので偽の息子が不要になってな。率いていた小隊の騎士に処理を命じたのだが、彼らがいつまで経っても戻って来ないので恐らく失敗したのだろう」
「つまりそやつらの尻拭いをしろと言う訳か。わしもお主の息子とやらには興味があったしええぞ、受けてやろう。……首はいるかえ?」
「結構だ。身元が割れないようにしてくれれば後は適当に処分してくれて構わない」
実の子の暗殺という悍ましい依頼にも関わらずクノイチはずっと微笑を浮かべており、慣れているとはいえベリルスは少し気味が悪くなる。
「あまり時間が経つと追うのが面倒じゃしそろそろお暇させて貰おうかの。前金はこの酒で勘弁してやる」
クノイチの手に先程クノイチがラッパ飲みしたものよりも数倍の価値がある酒瓶が握られているの気づいたベリルスが、隠してあった筈の戸棚に視線を一瞬動かした隙にクノイチは姿を消した。
「……ふん、趣味の良い奴だ」
用意していた前金が入った袋を仕舞い、ベリルスは山積みの書類仕事に戻るのであった。
「さてと、あやつの偽息子が生きとるということは十中八九あの馬鹿弟子が関わっておるな。これも修行の一環と自由にさせておったがそろそろ恋しゅうなってきたし、仕事ついでに連れ戻すとするかの」
王都で一番高い場所、王城の屋根の上でクノイチは笑みを浮かべながら王都の片隅にあるスラム街を見つめる。
自分に技術の全てを教え鍛え上げて貰いながらも、恩を仇で返すように自分の元から出奔した最愛の馬鹿弟子を拾った場所であるスラム街を。
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