第5話 クロノアの秘密ー⑦
二人は朝早くの出発と、借りた馬の脚が軍馬としてよく鍛え上げられ早かったお陰で日が沈むギリギリではあったが予定よりも早く街へと辿り着くことが出来た。
昨晩のうちネルドが街へと伝令の為に部下を走らせていたらしく、冒険者ギルドへ赴くとルナとクロノアは冒険者や職員達からの拍手と歓声に包まれた。
ゴブリンの大軍を追い払ったどころか、上位種であるオーガまで倒した新米冒険者など冒険者界の英雄、黒級の冒険者達が残した逸話でしか聞いたことのないような活躍なのだから皆が盛り上がるのも仕方がない。
詳しい話を聞きたい、一杯奢りたいと口々に言いながら集まり群がってくる冒険者達をかき分けながら受付に進むと、気を利かせた受付嬢がギルドの二階にある別室を用意してくれた。
慣れないお祭り騒ぎから解放された二人は受付嬢が出してくれたお茶を飲みながら一息つく。
「なにやらとんでもない騒ぎになってしまったな」
「私達、あんまり目立つべきではないんですけどね」
しばらくはこの街を中心に活動しようと思っていたクロノアは思案する。
ある程度依頼をこなして財布を太らせつつ、ゆっくりとこの先どこへ行くかをルナと共に考えたかったのだが、この状態ではそうもいかなそうだ。
冒険者の間で有名になるくらいならばまだあまり問題はないが、これだけの大事件に関わってしまえば流石に目立ち過ぎている。
今回の一件で騎士達にも名も広がったしまうであろうしこのまま街に残り続けてしまえばルナの正体がバレる可能性が非常に高い。
食べなれないお茶菓子の甘味に感動しているルナの顔を楽しみつつクロノアが頭を捻っていると、扉が開きギルドマスターが入ってきた。
「今回は二人共大活躍だったようだね。まあそれはともかくとして今回はすまなかった。我々の認識が甘かったとしか言いようがない」
ギルドとてこんなことになると分かっていたのならば、街に来たばかりで実力が定かではない新顔コンビに依頼を受けさせることはしなかった。
依頼を階級ごとに振り分ける部署の担当者が、ゴブリンが出たなどいつもの勘違いが何かだと思い込み、依頼の査定を甘く見積もってしまったのが原因のようだが、かと言って流石にここまでの事態を予測しろと言うのは酷な話でもある。
「いえ、謝罪は結構です。今回の件は誰にも予測できなかったことですから。とは言え私達が死にかけたのも事実ですから些か誠意を見せて頂けると嬉しいのですが」
「ああ、もちろんだとも。騎士団の方からも報奨金として君達に渡すようにと預かっているし、我々からも危険手当として報酬額にいくらか上乗せさせて貰っている」
少し直球過ぎるかと思いながらも背に腹は代えられないと、今回の報酬の増額を求めたクロノアはあっさりと認められたことに少し拍子抜けしてしまう。
ギルドマスターが手を叩くとギルドの職員がパンパンに膨らんだ重そうな革袋を運んできた。
思った以上の報酬に、クロノアと金銭感覚がまだ身についていないルナでもとんでもない金額だと一目で理解し、目を丸くする。
「それと二人共、ギルドカードを出して欲しい」
言われるがままにギルドカードをマスターに渡すと、マスターは懐から二人の新たなギルドカードを取り出した。
「二人の活躍に報酬だけでは申し訳ないのでね、クロノア君は青、ルナ君は黄に昇格させて貰ったよ」
普通はいくつもの依頼をこなし、実力を認められることでようやく冒険者は昇格することが出来る。
クロノアはともかくとして、ルナのような新米が依頼一つで昇格など破格の待遇だ。
それだけ今回の二人の活躍は冒険者ギルドにとって大きいらしい。
「ありがとうございます。ここまでして頂けるとは思いませんでした」
「君達はそれだけの活躍をしたのだから当然さ。それにこれは私からのお礼の意味もあるからね」
「それはどういうことですか」
破格の待遇に浮かれていたクロノアが不思議そうにする。
ゴブリンの一件については予想以上の報酬をギルドからの誠意として貰ったのだからこの上ギルドマスター個人から礼を言われる筋合いが分からないからだ。
「ネルド団長に聞いたとは思うが君達がゴブリン達に襲撃を受けた日、ギルドも賊に襲われたんだ。幸い人的被害は無かったのだが記録保管庫を荒らされてね。その一件のせいでギルドの評判はがた落ちするところだったんだが君達のお陰で何とかなりそうなんだ」
ギルドに賊が入ったという話は騎士と冒険者が街中で犯人を探し回ったせいであっとい間に市民に広がった。
冒険者ギルドに賊が入ったというだけでも冒険者達の実力が疑われる大事件だと言うのに、外部に漏らしてはいけない依頼人の詳細な情報や依頼内容が保管されている場所が狙われたあれば信用問題に発展する為、より大事だ。
しかし、そんなピンチを救ったのがルナとクロノアの大活躍だったのだ。
ただゴブリン達を撃退しただけなら依頼なのだから当然だろう、くらいにしか市民からは思われなかったかもしれないが、戦いが終わった後も村に残り、後始末や復興を手伝ったのが市民の間で美談として広がっているらしい。
どうやら、冒険者はあくまで金の為に依頼をこなしていると思われがちなので、報酬を度外視して、困っている村人達に手を差し伸べたというのが市民達の心に響いたらしい。
「だから本当に感謝しているんだ私は。君達がいなければワーロクの街から冒険者ギルドは無くなっていたかも知れない。そこでだ、一つ君達に頼みたいことがあるんだが……」
「すみません、実は私達今回の戦いで負った傷を癒すために湯治に行こうと思っていまして、準備もありますしそろそろ失礼させて頂いてもよろしいでしょうか」
このままでは街に釘付けにされてギルドのイメージアップの為に働かされるのではと感じたクロノアはギルドマスターの言葉を遮り、急いでこの場から逃げ出そうとする。
「それは残念だが、そういう訳なら引き留められないね」
案外あっさりと解放された二人は再び冒険者達にもみくちゃにされながらギルドを出ると、二人はそのまま金の竃亭に逃げるように駆け込んだ。
実はギルドの規約でギルド側から違反行為をしてる等の場合を除いて冒険者に何かを強要することは出来ないのだが、違反事項以外気にしていないクロノアと、新米であるルナはそんなこと知る由も無かった。
幸いにも部屋が空いていたのでさっと夕食を取った二人は部屋で今後の方針を相談し始める。
「慌ただしいですがとりあえず明日にはこの街をでましょう。この近辺からなるべく早く離れるべきです」
「分かった。それじゃあ温泉に向かうんだな?」
ルナの問いにクロノアはキョトンとする。
湯治はあの場から離れる為の適当な言い訳であって本当に行くつもりではなかったからだ。
クロノアの顔を見て、湯治に行く気は無いことを悟ったルナはシュンとしてしまう。
今まで温泉など一度も行ったことの無いルナは、クロノアが湯治に行くと言って以来内心少し楽しみにしていたのだ。
「ル、ルナさん、行きましょう温泉! ここからだと乗合馬車を乗り継げば二日程で着くはずですから」
温泉に行けると分かった途端に顔が無邪気な子供のように明るくなったルナにクロノアは安堵しつつ、ムクムクと下心が沸き上がってくるのを感じた。
湯上りの火照ったルナを想像しただけで堪らない。
財布も大いに太ったことだし贅沢をして風呂付の部屋に泊まるのもいいかもしれない。
そうすればルナとの混浴も夢ではないだろう。
今までなら秘密がバレない様にと混浴など以ての外であったが、秘密を受けいれて貰ったどころかカップルに慣れたのだ。
もう何も遠慮する必要は無い筈だと勝手に考えたクロノアは一人有頂天になる。
ルナはそんな下心の塊と化したクロノアに気づくことなく、初めての温泉に思いを馳せるのであった。
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