第5話 クロノアの秘密ー③

 それから数日、半ば諦め気味のクロノアに時々止められながらもルナは鍛え上げた肉体を活かし、戦場の後片付けや、住人の避難や戦いの準備で荒れてしまった村の復興を手伝っていた。


 モーシュ達にもこれ以上は依頼の範疇を超えていると言われて遠慮されたが、ルナは放っておけなかったのだ。


 理由はルナが困っている人を放ってはおけない生真面目な性格だからというのもあるが、待てど暮らせど一向に呼んだはずの騎士団がやってこないのも理由の一つだ。

 

「一体街の騎士達は何をやっているんだ。たるんでいるんじゃないのか」


 匂いの酷いゴブリンの死体を積み重ね終えたルナが本日何度目か分からない怒りの火山を噴火させた。


「賄賂を受け取る不良騎士でも今は猫の手も借りたい程忙しいみたいですからね。街近辺ならともかくとして、こんな片田舎の小さな村にまでは中々手が回らないんじゃないですか。フレイムシュート」


 強烈な匂いに顔を顰めつつ火の魔法でゴブリンを火葬しながらクロノアが答える。


「だが民の命が掛かっている事件を後回しなどいくら何でも酷すぎる」


 腹の虫が収まらないルナは騎士たるもの民を守るのが役目だ何だとぶつくさと呟くが、クロノアは適当に相槌を打ちながらゴブリンの死体の山々にフレイムシュートを打ち込んでいく。


 クロノアとてルナとならばどんな会話でも楽しく至福の一時なのだが、流石に日に何度も同じ内容を話されると少しうんざりしてしまうのも致し方ないことだ。


 それにゴブリンの死体の処理も急がねば村の方にまで悪臭が漂い始めており、油を早々に使い切ってしまったので大きな火を起こせるのがクロノアだけというのも重なり、会話をゆっくりと楽しんでいるゆとりがないのだ。


 折角自称従者から恋人へと二階級特進どころの騒ぎでは無い躍進を遂げたというのに、ここ数日は村の復興にゴブリンの死体の処理、そこにルナの騎士への不満と重なり、二人の時間など夜眠る前のほんのひと時しかない。


 それすらも疲れ切ったルナが一瞬で寝息を立ててしまうのでひと時どころか皆無と言ってもいいくらいだ。


 お陰でクロノアのストレスは日に日に溜まってきており、今も杖を握る手には相当の力が込められており、メキメキと杖が悲鳴を上げている。


「……ハア、早くこんな日々から抜け出してルナさんとイチャイチャしたいなあ」


 燃え盛る炎の音にかき消されたご都合主義の妄想で涎を垂らすクロノアの願いは、激しい鐘の音と共に叶い始めるのだった。


「皆が帰ってきたぞー! 騎士団も一緒だ」


 逃げ出したゴブリンが万が一戻って来た時に備えて物見やぐらから周囲を見張っていた村人の叫び声に、作業の手を止め村人達が家族を出迎える為に街道の方へと走っていく。


「ほう、ようやく騎士団がやって来たのか。色々と言わせてもらおうじゃないか」


 額に青筋を浮かべたルナも指を鳴らし、今にも殴り掛かりそうな雰囲気を醸し出しながら村人達に続こうとする。


「ちょっと待って下さいルナさん! 流石に色々と不味いですって」


 こうなるだろうとは予測していたクロノアは両手を広げてルナの前に立ちはだかり、通せんぼした。


 ルナは怒りのあまり忘れてしまっているようだが、ルナ、というよりヴァーリウスは戦争帰りに悲運にもベアドラゴンと遭遇し、相打ちとなり死んでしまった風に偽装したのだ。


 ここ数年は首都から離れた最前線の地に配備されていた騎士とはいえ、代々騎士団長を輩出する名門の貴族の跡取り息子の顔を知っている者がいないとは言い切れないのだから、ルナが不用意に顔を見せれば折角の偽装が破綻しかねない。


 自分を押しのけ進もうとするルナを電車道を作りながら必死に止めつつクロノアはルナが置かれている状況を捲し立て何とか騎士団への突撃を止めようとする。


 誰かに正体がバレてしまえば家に連れ戻されるどころか刺客を送られ暗殺されかねない立場なのを思い出し、ルナは少し冷静になったのか拳に力は入りつつも立ち止まった。


「すまなかったクロノア。遂怒りで我を忘れてしまっていた」


「謝らないで下さい。分かって頂ければそれでいいですから。でも僕達、騎士には合わないといけないんですよね」


 露骨に嫌そうな顔をしながらクロノアは大きく溜息を吐く。


 正体がばれてはいけないと騎士に会うなと自分を止めたのに、今度は会う必要があると言い出すクロノアにルナは頭が疑問符だらけになってしまう。


 首を捻って考えるルナに気づいたクロノアは説明しだした。


 通常ギルドの依頼で冒険者が何かしらの戦闘を行った場合、人間同士での戦い以外、魔獣や野生動物との戦闘では危険な相手を取り逃したなどの重要な場合を除いては特に国内の治安維持を司る騎士団への報告義務はなく、ギルドへの報告のみで問題はない。


 しかし今回の場合はそういう訳にはいかない。


 絶滅したと思われていたゴブリンを発見したどころかその軍勢及び上位種たるオーガと村人を巻き込んで戦い、おまけに一匹でも直ぐに繁殖して数を増やすゴブリンの一部が逃走したのだ。


 これ程の事態をギルドへの報告のみに留める訳にはいかず、騎士団への報告義務が発生するのは避けられないだろう。


「本音を言ってしまえばさっさととんずらしたいところですが、それでは報告義務を怠ったとギルドに判断されて冒険者としての地位をはく奪されかねませんからそういう訳にも行かないんです」


 折角手に入れた身分を手放してしまう訳にもいかず、二人に残された道は騎士達と顔を合わせる外ない。


「駄目だ、私には良い案が思いつかない。クロノアはどうだ?」


 思考の迷宮に迷い込み一頻り唸ったルナはクロノアに対策を丸投げしてしまう。


 ここ数日で改めて戦い以外の場面で策を弄したり搦手を使うのがとことん自分には向いていないと学習したルナは段々とクロノアに頼ることに慣れ始めてきた。


 当初はルナの性格を熟知しているクロノアはこうやってルナを自分に依存させようと考えていたのはクロノアだけの秘密である。


「もちろん対策は用意してますし、仕込みも完璧です。騎士団が村に入る前に一旦戻りましょう」


 村に戻った二人は用意を始める。


「これを身につけてください」


「……これで本当に誤魔化せるのか?」


 クロノアが宿代わりの空き家から持って来た包みを渡されたルナは本当にこれで大丈夫なのかと不安になりながらも言われた通りにするのだった。

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