第4話 ゴブリン軍VS有志軍-⑤

 ゴブリン軍に突っ込んだルナはわき目も降らずに、ただ一心に剣を振るいゴブリンを次から次へと剣の錆へと変えてゆく。


 本人は気づいていなかったが、これまで身に着けていた重いフルプレートの鎧から軽い革鎧に装備が変わったことで身軽になり、身のこなしと剣を振る速度が格段に上がっていた。


 ただでさえ同年代の中では最速と呼ばれた剣の速さに磨きがかかったことでゴブリン達からすれば自分が切られたことを理解する頃には地面に横たわっていた。


 その様子を見ていた有志軍の面々は後に剣と血渋きが舞う大嵐と例えたのだった。


「駄目だ、流石に私一人では抑えきれなか!」


 ルナが大嵐だとすれば、次から次へと森から湧いて出てくるゴブリンはさながら土石流だろう。


 クロノアや有志軍からの援護があるとはいえ、ルナ一人で総攻撃を仕掛けてきた軍勢を抑えきれる訳がなく、取りこぼしたゴブリン達は村へと走り有志軍に襲い掛かる。


「うわぁ! 来るな、来るなよーー!」


「皆落ち着け! 隊列を崩すんじゃない!」


 元騎士や冒険者は流石と言うべきか、冷静にゴブリンに対処出来ているものの、村人達はそうはいかない。


 殆どをルナとクロノアが倒したお陰で自分達は大した数を相手せずに済んだ先の戦いとは違い、次から次に襲ってくるゴブリンの姿に恐怖を抱き完全に村人達はパニックに陥ってしまっている。


「不味い、このままでは総崩れだ!」


 背後の有志軍から聞こえる阿鼻叫喚の声にルナは思わず振り返ってしまう。


 だが、その一瞬の振り返りのせいでルナは気づかなかった。


 背後から飛び掛かって来たゴブリンの存在に。


「シネーーーーーー!」


 合わせた訳でもないのに、目ざとくルナの油断を見逃さなかった三匹のゴブリンが同時に飛び掛かる。


 気配で気づいたルナは急ぎ振り返って切り捨てようとするが間に合わない。


「させるかこのゴミくず汚物の下種野郎共がーーーーーー!」


 しかし、クロノアの放った三発のバレットシュートがルナを掠めそうになりながらもゴブリンの顔面を見事に捉えたお陰でルナは窮地を脱した。


「助かったぞクロノア」


 今、もし自分が少しでも余計な動きをしていたら確実にバレットシュートはゴブリンではなく自分に当たったのだろうと思うと、冷や汗が止まらなくなりながらも礼を言ったルナは、気を取り直して近くにいたゴブリンの首を刎ね飛ばす。


 切っても切ってもキリが無いと最初はい思っていたルナも、少しずつだが森から出てくるゴブリンの数が減っていることに気づく。


 いくら大量に繁殖していたとはいえ、無限にいる訳が無いのだから数が減るのは当然の話だ。


 有志軍も奮戦しているらしく、ルナは背中から怒声や悲鳴が入り混じりながらも戦いの音が聞こえてくる。


 どうやら誰も逃げ出さずに、何とか踏み止まっているようだ。


 クロノアは負け戦になると言い、自分も言葉にしなくとも同意したが、もしかするとこのままいけば勝てるのではとルナの心に希望が湧いてくる。


 だが、希望とはいつの時代、どんな場所でも生まれはするが必ず打ち砕こうという力が働くものだ。


 森の中から、ズシン、ズシンと奮戦するルナの耳に絶望が歩んでくる音が聞こえる。


 足音の主は、その辺のゴブリンな訳もなく、遂にゴブリン軍の主であるオーガが姿を現したのだ。


 姿が見えないことをルナはずっと疑問に思ってはいた。


 そもそもオーガはゴブリン程の単細胞ではないがあまり複雑にものは考えず、戦いと三大欲求をこの上なく愛する生物であり、戦いや略奪をする時はいの一番に突撃してくる場合がほとんどだ。


 だからルナは戦いが始まっても一向に出てこないオーガに不信感を覚えながらも、激しい戦闘のせいで気にする余裕が無かった。


 それが僅かでも勝てるのではと希望が出てきた途端に現れたのだ。


 まるで最悪のタイミングを狙っていたかのように。


 オーガは森のまだ年若そうな木を片手で引き抜くと咆哮と共に豪快に振りかぶって投げた。


 木は大きな放物線を描きながら有志軍が築いた簡素なバリケードに命中し、バリケードを吹き飛ばした。


 吹き飛ばされた破片は有志軍、ゴブリン軍関係なく襲い双方に被害を及ぼす。


 混戦状態だった村近くは土煙と阿鼻叫喚に包まれる。


「怯むな! 飯と女が欲しければ自らの手で勝ち取れ!」


 予想だにしていなかった抵抗で攻めあぐねていたゴブリン軍はオーガの咆哮一発で立ち直ると攻める勢いがより苛烈なり、辛うじて持ちこたえていた有志軍の隊列が崩れ始めてしまう。


 ゴブリン達とて必死なのだ。


 狭い穴倉の中で、ゴブリン達は逆らうことの出来ない恐ろしいオーガに生活の全てを支配されてきた。


 ゴブリンらしく欲望のままに生きることを制限され、欲望を抑え込まれ続けていたのだからそのストレスは相当なものだった。


 今回、ようやく欲望を解放できる機会を得たのだからオーガに言われなくて引ける訳がない。


 オーガの両軍巻き込んだ攻撃で起こった混乱から有志軍よりも早く立ち直ったゴブリン達は、隊列が崩れたことで一対多を保てなくなった有志軍に今度は逆の立場で襲い掛かる。


「落ち着いて互いにカバーし合うんだ! 相手はたかがゴブリンだぞ!」


 各小隊の隊長達が部隊を立て直そうとするが、騎士や軍人達で構成された部隊でも崩れてしまえば立て直すのは難しい。


 ましてや戦闘のド素人の寄せ集めて作った有志軍なのだ。


 当然立て直せる訳も無く、村付近は阿鼻叫喚に包まれる。


「不味い、このままでは撤退戦どころではない!」


 勢いを増して襲い掛かってくるゴブリンを切り捨てながらルナは有志軍を援護する為に戻ろうとする。


 しかしその瞬間、ルナの前に飛んできた木が地面に刺さり、行く手を遮った。

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