第4話 ゴブリン軍VS有志軍-④
「一先ずは耐え切れたか」
ルナは剣を収めながら大きく息を吐く。
肉体に疲労感は無いが、限界まで集中して剣を振るっていたのだからどうしても気疲れはしてしまう。
有志軍の状況が気になり、逃げずに隙を伺っているゴブリンがいないか周囲を警戒しながらルナは急ぎ村へと戻る。
「ルナさん、お水をどうぞ。お怪我はありませんか?」
「ありがとう。君の援護のお陰でかすり傷一つないしあの程度では疲れも無いさ」
褒められたのが嬉しかったのか小躍りするクロノアを余所にルナは有志軍の様子を確認する。
殆どはルナの剣とクロノアの魔法の餌食になったようだが、やはり数が多かったせいか有志軍の元にまでたどり着いてしまったゴブリンがいたらしく、死体が辺りに転がっている。
「各小隊長は集まって被害を報告してくれ」
ルナの元に即座に集まった小隊長達からの報告はルナの予想よりも遥かに良いものだった。
被害らしい被害は軽傷を負ったものが数名出た程度であり、死者はおろか重傷者すら出なかったらしい。
報告を聞いたルナは、戦闘経験の無い村人の寄せ集めである有志軍がここまで被害を出さずに戦えるとは思っていなかったので少し驚きつつも胸をなでおろす。
仕方がないとはいえ、自分の発案で死者が出てしまっては戦場で死に慣れ親しんだルナとて罪悪感で押し潰されそうになってしまうだろうからだ。
ただ、有志軍の被害が軽いのは彼らがルナの予想以上に戦闘力が高かったからではなく、ルナとクロノアの攻撃から命からがら逃れて何とか村近くまで辿り着いた運の良い僅かなゴブリンを集団で囲み倒したからに過ぎない。
「なあ、ゴブリンは皆森に逃げちまったんだし俺達も今のうちに逃げた方が良いんじゃないか」
村人の一人がルナに近寄ってそう言うと、他の者達も集まり口々に同じようなことを言う。
「そうしたいのは私も山々なんだが……。少な過ぎるんだ、数が」
ルナの発言に村人達が子首を傾げる中、クロノアだけがルナの意図を理解していた。
二人が巣から溢れ出てきたゴブリンの数は襲ってきた何倍もいた筈なのだ。
何よりも軍を率いている対象であるオーガが姿を現していない。
「今ここから逃げ出し、隙を見せれば再びゴブリンは襲ってくるだろう。そうなれば私達は背中から襲われ全滅する可能性すらあるぞ」
自分達が全滅してしまえば、次に襲われるのが避難中の村の仲間や最愛の家族なのは言わずもがな。
それを理解した村人達は悲痛な面持ちで武器を握りしめる。
「みんな理解してくれたようだな。今は出来ることをやるのみだ。軍を半分に分けるぞ。片方はこのままここで警戒を、もう片方は投石の用意と荷馬車でも丸太でもなんでもいい、かき集めてバリケードを作るんだ」
ルナの指示を受けた有志軍は慌ただしく動き出す。
一方のゴブリン軍は森へと逃げ込みはしたが、森深くにある巣まで撤退した訳では無かった。
「オカシラ、バカミテエニツヨイオンナガ!」
這う這うの体で軍の後方でふんぞり返るオーガの元に辿り着いた一匹のゴブリンが、半狂乱になりながらオーガに先陣がどうなったかを伝える。
「なるほど、それでお前はおめおめと逃げ帰って来た訳か。ただの村人の集まりと少しばかり強いだけの女にビビるとはな。そんな役立たずは俺の手下にはいらねえ」
報告を聞いたオーガは冷静に、そして冷酷に逃げてきたゴブリンを手にした太い丸太を削って作ったのであろう棍棒で叩き潰した。
「ふん、何故村の奴らが備えていたのかは分からないが……」
襲撃を予期されていたのは予想外だった。
それでも多少抵抗されたとて問題ないように少なくない数を送ったはずなのだが、戻ってきた役立たず共は半数にも満たない。
一匹一匹が弱くても数で補えば村の一つや二つ簡単に蹂躙出来たはずだ。
自分の計画が甘かったのか、それとも手下達があまりにも弱すぎるのかはよく分からないが、今さら軍をまたあの狭苦しい洞窟に戻す訳にもいかない。
何よりも自分がこれ以上洞窟で縮こまった生活を送りたくないのだ。
「お前ら全員着いてこい! 総攻撃だ!」
オーガの言葉に、先陣に加われずに燻ぶっていたゴブリン達は喜びの声を上げながら村へと向かって進軍を始めた。
先陣から逃げ帰って来たゴブリン達はこれ以上あの村には関わらず、逃げ出したいところなのだが、オーガにぺしゃんこに潰された仲間の姿を思い出し、自分もそうならないように渋々着いていく。
ゴブリン達の声が森から響き、再び村へと襲撃を仕掛けてくることを否が応でも有志軍に悟らせた。
「もう少しゆっくりすればいいものを。案外ゴブリンって働き者らしいですね」
「やはり統率する者がいると軍の立て直しも早いな……」
ゴブリンに嫌味を言うクロノアに苦笑いしつつも、ルナは有志軍の状態を確認する。
投石の準備は万全ではあるが、バリケードの方はあまり芳しくない。
村に残っていた荷馬車や木材などを組み合わせてみたのだが、とても進行を押し留められる程の強度は無さそうだ。
時間さえあればもう少しマシにはなるだろうが、贅沢を言っても仕方がない。
矢や投石から身を隠す場所が出来ただけでも御の字というものだろう。
いつの間にか太陽が昇り始めたことで、篝火の明かりが届かず見えなかった森の様子も見えるようになった。
戦場では奇襲作戦でも行わない限りは視界が明るい方が良いに決まっているのだが、今回は違った。
森の中から次々と際限なく湧いてくるゴブリンの姿がはっきりと見えてしまったからだ。
先陣を退けたことで、騎士団がおらずとも自分達だけでも十分に対抗できるのではと思っていた有志軍の鼻っ面が見事にへし折られてしまい、有志軍の顔に絶望の色が浮かぶ。
「全員しっかりしろ! ここで諦めてしまってはどうなるかは言わなくても分かるだろう! 投石開始!」
ルナの飛ばした激で多少は士気が上がったとはいえ、最早集結した時程のものではなく、ルナは嫌な予感を覚えながらも指示を出す。
「ルナさん、この戦い、負けるんじゃないですか」
魔法を撃ちながらもそう言うクロノアの意見は正しいだろう。
まだゴブリン軍が近くにまで来ていないので辛うじて戦線を保ててはいるが、接近されて混戦になってしまえば恐らく有志軍は総崩れになるかもしれない。
「例えそうだとしても、人々を守るのが騎士の役目だ。援護を頼むぞ」
戦場での興奮からかルナは自分のことを騎士と言った。
「……ルナさん、貴女はもうヴァーリウス様でも騎士でもないんだから他人の為に命を賭ける必要は無いのに。例え貴女に恨まれたとしても、この村がどうなったとしても私は絶対にルナさんを死なせません」
苦虫を嚙み潰したような顔でぽつりと呟いたクロノアの言葉は、ゴブリン軍に向けて全速力で駆け出したルナの耳には届かなかった。
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