第4話 ゴブリン軍VS有志軍ー③

 作戦と言っても残り少ない時間の中で、訓練を受けていない村人達に複雑なことを伝えても作戦が成り立つ訳が無い。


 なのでルナが伝えたのは作戦というよりは少しでも生存確率を上げる方法だ。


 まず村人達に出来るだけ同数になるよういくつかのグループを作らせ、数名いた元騎士と冒険者を隊長とした小隊を組ませた。


 そして絶対に小隊単位で動き、出来る限り孤立しないようにと徹底した。


 一対一で戦うよりも互いにカバーしあえば多少は生存確率を上げられるとルナは考えたのだ。


 訓練をしていない素人集団にどこまで連携が取れるかは分からないが、日頃から共に農作業に従事する中なのだから多少は連携出来るだろう。


「時間に余裕があればトラップ、せめて拒馬くらい用意出来れば長物や投げ物で少しは有利に戦えるんだがな」


 無い物ねだりをしたところで欲しいものが降ってくるわけもないのは分かっていても、ルナの口からはつい望みが出てしまう。


「そうですね。あまり広範囲に影響を与える魔法は覚えていないんですが敵軍の姿が見え次第最大火力で攻撃してみます」


「村人達にも投石の用意をさせよう。防具を付けていない奴らにはそれなりに効果がある筈だ」


 投石はシンプルながら鎧や盾などの防御手段が無ければ素人の攻撃でも当たりどころに次第で致命傷になりうる。


 ルナの指示で村人達は急いでその辺に転がっている石をかき集め、ついでに出来るだけ多くの篝火を用意させた。


 本来なら日が沈んだ後に光源を用意するのは、敵にこちらの位置を知らせることになるのであまり好ましくはない。


 しかし、今回の場合は自分達が目立つ方がゴブリン軍の目を避難する村人達から逸らせるだろうから好都合なのだ。


 煌々と輝く篝火の元で各小隊が小さな子供が作った砂山程度の石が集め終わった時、タイミングを見計らったかの様に物見やぐらから鐘の音が聞こえた。


「ゴブリンだー! ゴブリンが来たぞ!」


 やぐらに上っていた村で一番目が良い猟師の青年の叫び声が鐘の音に混ざっている。


 平地にいるルナ達有志軍からは森にまで篝火の光が届かないせいで姿は見えないが、風に乗って鼻を覆いたくなる悪臭と聞くだけで不快感を覚える声が耳にこびり付いてくる。


「全員石を持て! クロノアの魔法を合図に一斉に投げるんだ!」


 村人達は皆緊張した面持ちで石を持ち構える。


 クロノアも杖を構えて自分が知る中で最も広範囲に効果が及ぶ魔法を放つ準備をする。


「……見えました。もう少し引き付けてから」


 夜目が効く者にはうっすらとだが、森から一匹、二匹とゴブリンが歩き出てくるのが見えた。


 ゴブリン達にも篝火のせいもあってこちらが見えているようだが、彼らはわざとらしく笑いながらゆっくりと歩いてくる。


 ゴブリンの習性、というよりは性格と言うべきなのだが、彼らは総じて残忍で獲物を出来るだけ苦しめることに愉悦を感じるらしい。


 まして自分達が大勢であることも手伝ってゴブリン達は大いにその性格が発揮されているようだ。


 だがそれは、ルナ達にとっては寧ろ狙いが着けやすく好都合であった。


「皆さん、用意は良いですね! サンダーチェイン!」


 ルナをベアドラゴンから救った時と同じく、クロノアの杖から稲妻が激しい雷鳴と共に迸る。


 サンダーラインとは違い、扇状に走った稲妻は次々にゴブリン達を貫き、貫かれたゴブリンから近くの別のゴブリンへと広がっていく。


 これで全滅させられるのではと魔法に明るくない者は思っただろうが、魔法はそこまで強力でなければ万能でもない。


 ゴブリンからゴブリンへと伝わるうちに稲妻は次第に衰えていき、最後に伝わったゴブリンは冬場の静電気程の痛みを感じただけで済んでしまう。


 威力があり、広範囲に広がる魔法は魔力の消費が大きいようでクロノアは眩暈を覚えふらつく。


 ルナはクロノアを受け止めながら叫んだ。


「今だ! 一斉投石開始!」


 ルナの合図で一斉に村人達は構えた石を投げた。


 なるべく遠くのゴブリンにも当たるようにと放物線を描きながら飛んだ石の殆どが大した威力では無かったが、腕に当たった者は武器を落とし、頭に当たった者は血を流しながらその場で座り込む。


「効いているぞ! そのまま投げ続けろ! 足を止めた奴には矢を打ち込んで止めを刺すんだ!」


 猟師や元冒険者がいるお陰で少しばかりだが用意できた弓矢による攻撃で動きを止めたゴブリンは次々に貫かれ倒れていく。


 ゴブリン軍はロクな守りも無い村を襲うだけのつもりであったのか、予想外の攻撃にたじろぎ進軍を止めた。


 しかしそれはほんの束の間の話で、ゴブリン達は叫びながら走り出した。


 森から姿を現した時に浮かべていた下卑た笑いは消え去り、代わりに薄汚れた歯をむきだしにし、怒りをあらわにしながら。


 何も仲間を失ったことへの怒りではない。


 ゴブリンがそんな殊勝な感情を持ち合わせている訳が無く、自分達に歯向かってきたことへの怒り。


 ようはただの逆切れである。


「総員投石を止めて武器に持ち替えろ! クロノア、行けるか」


「お任せ下さい、たっぷりとチャージさせて頂きましたので元気百倍です!」


 受け止められたついでにたっぷりと深呼吸したことで気力と体力を充実させたクロノアは、ルナから離れると杖を構えて即座にバレットシュートを連射し始める。


「私は突っ込むから後の指揮は各隊長に任せる!」


 剣を抜いたルナは一人ゴブリン軍たちに向けて走り出す。


 最初の遭遇時とは違い、有志軍同様に弓矢を持っている個体がいるらしく一人突出しているルナに目掛けて矢が飛んでくる。


 しかしルナは慌てた様子も無く避ける素振りすら見せない。


 扱えるのと上手いかは別の話であり、大半の矢はルナに掠りすらせず、地面に刺さる。


 それでも数本は命中しかけるが、全てルナは簡単に剣で弾く。


「狙いも威力も甘い。こんなもの何本射かけられたところで私には当たらんぞ!」


 遂にゴブリン軍の先陣の元までたどり着いたルナは自分の間合いに入ったゴブリンを次々に切っていく。


 軍と言っても戦略的な動きをしている訳でもなく、欲望を満たす為だけに集まり好き勝手に動き襲ってくるゴブリンなどルナの相手になる訳が無いのだ。


 それでも中には少しは頭が回る者もいたらしく、味方に声を掛けてルナを取り囲み一斉に飛び掛かろうとした。


「ルナさんに何する気だこのゴミくず共がーーーーーーー!」


 そんなことを勿論クロノアが許す訳も無く、バレットシュートで包囲に穴を空け、それに合わせてルナもコマンドアーツを放つ。


「ワイドスラッシュ!」


 ルナの掛け声とともに光のオーラが剣を包み込み、刀身を延長させる。


 三倍にも伸びた剣の横薙ぎの一閃で数体のゴブリンの頭が胴体に永遠の別れを告げた。


 崩れかけたゴブリンの包囲網は完全に崩壊し、辛うじて剣が届かなかったゴブリンは恐れをなして逃げ出した。


「ニ、ニゲロ! コンナヤツニカテルワケナイ」


 ルナの圧倒的な強さに恐れをなしたゴブリンが一匹森へと向けて走り出した。


 それを皮切りに他のゴブリン達も勝ち目が無いと悟ったのか蜘蛛の巣を散らしたように森へと引いて行く。

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