第4話 ゴブリン軍VS有志軍ー②

 クロノアは杖を構えると物見やぐらの鐘に片目を瞑り狙いを合わせる。


「この距離ならギリギリ鐘を鳴らすくらいの威力は保てるはず! バレットシュート!」


 狙いを定める為に全力疾走とはいかず、小走りでルナ達の後を追いながらクロノアはバレットシュートを次々に打ち出す。


 初弾は鐘を掠めただけで鳴らすまでには至らなかったが、続けて放った2発目、3発目と連続で鐘に命中したことでカーンという鐘の音が静かな村中に鳴り響く。


「なんだなんだ、火事か?」


「またエーターのとこのクソガキがイタズラで鳴らしてんじゃないのか」


 鐘の音を聞きつけた村人達が次々に家から出てくる。


 夕飯時の騒ぎに、皆面倒そうにしながらではあるがきっちり広場に向かうあたり、真面目で勤勉な人間がこの村には多いのだろう。


「皆急ぐんじゃ! 火事どころの騒ぎじゃないぞ!」


 広場に向かいながら叫ぶモーシュに異常事態を察した村人達は広場へ急ぎ、それを見た他の村人達も釣られて広場へと急ぐ。


 元々そう多くないことも手伝って村人達は直ぐに広場へと集まった。


「いいか皆、落ち着いて聞いてくれ」


 モーシュは村人全員が集まったのを確認すると、ゴブリン達が軍勢で責めてくる絶望の事実と有志軍結成による避難計画という僅かな希望を伝える。


 ルナの予想通り村人達は想定外の状況に、話を信じない者や有志軍結成に反対する者、我先にと逃げ出そうとする者が現れ広場は半ばパニック状態へと陥った。


「全員落ち着け! これでは助かるものも助からないぞ!」


 ルナから発せられたどこまで届きそうな怒声に村人達は雷鳴を聞いた幼子と同じように驚き硬直し、混乱していた広場は静まり返る。


「私の名はルナ。冒険者で今回のゴブリンの一件についてモーシュ村長から全権を預かった者だ。このままここで無駄な混乱で時間を浪費してどうする! 殺されたいのか! 愛する者を奪われたいのか!」


 凛とした態度で堂々と話すルナの言葉に、村人達は耳を傾け徐々にではあるが賛同の声を上げる者が出始めた。


「皆に心から納得して貰いたいとは思っていないし協力を強制する気も一切無い。それでも私に従って貰えれば最低限の被害で済むことは約束しよう」


 戦場に出る前にいつも部下達の戦意高揚の為にこうして演説していたルナには本人は気づいていなかったが、知らず知らずのうちに人を引きつけ焚きつける能力が身についていた。


 ルナの演説が終わる頃には広場は賛成の声で満たされ、村人達からは絶望の色が消え、戦意が沸いているのが見て取れた。


「グフフフフフフ、ルナさんめちゃくちゃカッコイイ!」


 自らの命を、愛する者を守る為に立ち上がろうと声を上げながら村人達が興奮する中、一人別の意味で興奮し、鼻血と涎を垂らす変人がいた。


 もちろんそれは我が物顔、というよりはせっかくの可愛らしい顔を台無しにした崩れた変顔でルナの隣にいるクロノアである。


「時間が惜しい。一度しか言わないから今から言うことをきちんと聞いて行動してもらいたい」


 再び広場中の隅々まで広がる声でルナは村人達に矢継ぎ早に指示を飛ばす。


 一つ目の指示は女子供、老人達に最低限の物だけを持たせての街までの避難の開始。


 少しでも避難する速度を上げる為に荷物は出来るだけ載せずに病気や高齢で歩けない者や幼い者たちを可能な限り荷馬車に乗せるようにも指示する。


 二つ目の指示では村で一番速い馬を走らせて街に駐屯している騎士団に救援を求めに行かせた。


 到底間に合う訳がないが、万が一有志軍が全滅して避難民達にゴブリン軍が追い付いき襲われてしまった場合、生き残ったり攫われた者を助ける役目を担う者が必要だからだ。


 それに運良く有志軍が長時間、正確には丸一日以上ゴブリン軍を村で足止めすることが出来れば、避難民達を街道で保護してもらえるかもしれない。


 そして最後にルナは最も重要な支持を出した。


 有志軍に参加する意思を持つ者は出来る限りの武装を整えて森に隣接する村外れに集合すること。


 いくら村人達が混乱から立ち直ったとはいえこちらはあまりルナは期待はしていなかった。


 今は興奮状態で戦うと声を上げている者も、準備を整えている途中に少しでも冷静になれば生死を賭けた戦いに恐怖を感じてしまう。


 そうなれば逃げることを選ぶのは当然の反応だからだ。


 全ての指示を出し終えたルナはクロノアと共に村外れへと向かう。


「まさかこんなに集まってくれるとは」


 しかし、ルナの予想に反して村外れには多くの村人達が集まっていた。


 少し錆びた鎧を身に着け槍を携えていたり、ルナと同じく革鎧を着こんで帯刀している者はモーシュが言っていた元騎士や冒険者なのだろう。


 戦う術と実戦の経験がある彼らがここにいるのは当然なのだろうが、武器の代わりに農具やフライパンを持つ喧嘩の一つもしたことが無さそうな者まで大勢集まっているのに、ルナは少し後ろめたさを感じてしまう。


 仕方がないこととはいえ、自分が煽ったから彼らはここに集まったのだ。


「……皆、本当に良いんだな。二度と家族とは会えないかも知れないんだぞ」


 ゴブリン軍が攻めてくるまでもう殆ど時間が無いだろう。


 寧ろ有志軍が集結するまでの時間の余裕があっただけでも御の字だ。


 つまりルナからの勧告がこの戦いに参加するかどうかの最後の分水嶺だ。


「最初からその覚悟で俺達は集まってるんだ。野暮なことは聞かんでくれ」


「そうだぞ。それにここで戦わんとどのみち死ぬことになるだろうしな」


 村人達の覚悟は固く、ルナからの勧告は余計なお世話だったらしい。


「……そうか、では作戦を伝えるから聞いてくれ」

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