第2話 冒険者ルナ誕生ー③

 再びクロノアの案内でしばらく通りを進んだ二人は、鍛冶屋へとやってきた。


 中に入ると白い髭を蓄え、高齢には見えるが全身の筋肉は年齢に見合わぬ程鍛え上げらえた立派なもので、日々鍛冶仕事に励んでいるのが容易に想像出来る店主が、カウンターで熱心に商品であろうナイフの手入れをしていた。


 店の中には店主が作ったらしい武器や鎧が所狭しと並べられており、少し見ただけでも良い品ばかりで店主の技量の高さをルナは感じた。


「すみません、この方の装備一式を揃えたいんですが」


「おや、いらっしゃい。どんな装備をお求めかね」


 クロノアに話しかけられた店主はナイフの手入れを止めると、人のよさそうな笑顔を浮かべる。


「そうだな、フルプレートの鎧一式と剣、後は短剣かナイフも欲しいな」


「すみません、ちょっとあれ見て良いですか!」


 以前使っていたのと似た同じ装備の構成を言ったルナだったが、慌てたクロノアに店の隅に置いてある鎧の前に連れて行くと店主に聞こえぬ様に小声で怒られる。


「ルナさん、普通新米冒険者はそんな高価な装備を持っていません。悪目立ちしますからもう少しグレードを落とした物にして下さい」


「す、すまない。つい使い慣れた物を言ってしまった。剣以外は君に任せる」


 打ち合わせが終わった二人は、不思議そうな顔をしている店主に向き直る。


「あの、フルプレートは無しで革鎧一式と武器はこの方が言う通りの物でお願いします」


 店主は、初めて装備を選びに来た若者が財布の中身を考えずにフルプレートと言ったのだろうと勝手に納得したらしく、目測でルナの体形を大よそ把握すると彼女に合う装備一式を直ぐに店の奥の倉庫から出してくる。


「お前さん中々良い体格しとるから表に出してるのじゃあサイズが合わんだろう。これならどうだ」


 進められるがままに革鎧を着たルナは、フルプレートよりも防御力が無いことに少々不安を覚えながらも、他の面では革鎧はフルプレートよりも優れている思った。


 鍛えているとはいえ、重いフルプレートは戦闘が続けば体力の消耗が激しく、夏は蒸し焼き冬は肌が触れている部分が凍り付きそうになるので、本音を言えば騎士らしい見た目と防御力が高い以外はあまりフルプレートに良い所はないことに革鎧を初めて身に着けたことで気づいたのだ。


「ああ、これなら問題ない。サイズもぴったりだ」


 鎧はあっさりと決まったのだがここからが長かった。


 次に選び始めたのは剣だったのだが、何年も使い慣れた愛剣の代わりを選ぶのだ。


 刃の長さ、重心のバランス、柄の握りやすさ。


 命を預ける武器にはどれか一つが欠けてもルナは納得いかないらしく、これでもない、あれでもないと店中の剣を片っ端から素振りして回る。


「お嬢ちゃん、これで駄目ならもう無いぞ」


 店主から渡された店に残る最後の剣を握ったルナの顔が変わる。


「うん、しっくりくるな。これに決めさせてもらおう」


 長い長い剣選びからようやく解放されたことで店主は安堵したのか大きなため息を吐く。


「やっと決めてくれたか。全く、一から作った方が早かったんじゃないか」


 冗談交じりにそう言う店主に謝りながらもルナは新しい剣と鎧がテンションが上がり、子供のようなに目が輝せている。


 だが、直ぐにルナは自分が無一文なことを思い出しテンションが下がってしまう。


 クロノアが連れてきたのだから、ギルドの時と同じように恐らく彼女に考えがあるのだろうがそれでもやはり自分の物くらい自分でどうにかしたいのだ。


 しかし、無い袖は振りようがないのだから仕方がない。


 ちゃんと冒険者として稼げるようになった時にきちんとクロノアに恩返しすれば良いとルナは自分を無理やり納得させる。


「それで支払いはどうするかね。うちは常連以外分割払いとツケは受け付けてないから一括で払って欲しいんだが」


 装備一式となればそれなりの値段となるのだから店主の言い分は仕方がない。


 どうするつもりなのかとクロノアの方を見ると何やら腰に付けているポーチから包みを取り出す。


「素材と交換じゃダメですかね?」


「素材ねえ。別に構わんがそこそこの物じゃないと困るぞ」


 苦笑いしながら包みを開けると、店主の顔つきが変わる。


「これはベアドラゴンの毛じゃないか!」


 ベアドラゴンの毛は固く真っすぐなので、分厚い革などの普通の針では曲がったり折れてしまうような素材を縫う為の針として重宝されている。


 だが、ベアドラゴンは倒すことが並みの人間には困難な強さを誇る為に中々市場には出回ることが無いので、一本単位でそれなりの値段が付く。


 それが数十本ともなれば装備代としては申し分ない額になる為、クロノアはルナの冒険者デビューの支度金にする為に倒したベアドラゴンの毛を誰かが死体を見つけても毛が抜かれているのをバレない程度に失敬してきていたのだ。


「それだけあれば足りますよね」


 店主に足らないとは言わせぬ様に念を押したクロノアだったが、人の良い店主は少し装備代には多いからとオマケと言って肩掛けの大きなカバンをルナに渡してきた。


 店主の好意をありがたく受け取った二人は、珍しい素材を手に入れられてホクホク顔の店主に礼を言いながら店を後にする。


「やはり腰にこの重みがあるのは良いな。何と言うか落ち着く」


 腰に吊るした新しい愛剣を撫でながらルナは満足気な顔をする。


 戦争中は片時も、それこそ寝る時でさえ剣を体から離したことが無かったせいで最早剣が無いと違和感を覚えてしまう体質にルナはなってしまっているようで、そんなルナにクロノアは彼女の過酷な体験に思いを馳せて目頭を押さえる。


「ル、ルナさん、何か他に必要な物、いえ、欲しいものはありますか?」


 何故か声が震えているクロノアを不思議に思いながら、ルナは考える。


 しかし装備が揃った今、これといって欲しい物は思い浮かばない。


 そもそもヴァーリウス時代は何かを欲することが許されておらず、父が必要と判断した物だけを与えられる生活だったので、いつからかルナには物欲というものが無くなってしまった。


 それでも折角クロノアがこう言っていくれているのだし、下手に断ってまた癇癪を起されても困るからとルナは必死に考える。


 その結果、ルナの体がお腹から可愛らしい音と共に必要な物を教えてくれた。


「……何か食べるものが欲しい」


「そ、そうですよね。考えれば私達昨日から水しか口にしてませんでしたね」


 クロノア自身はあまり食事に執着するタイプではなく、一日くらい何も食べなくても気にならないので失念していたが、騎士として鍛え上げられた素晴らしい肉体を持つルナには一食抜くだけでもそれなりに死活問題だった。


「いい時間になってきましたし、宿を取って夕食にしましょう」

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