第2話 冒険者ルナ誕生ー②

 街の名はワーロク、王国内でもそれなりに規模の大きな街だ。


 この街は周囲をぐるっと大きな石の壁で囲まれた難攻不落の城塞都市であり、戦争の際には近隣の村や小規模な街などからの避難民を受け入れ守る役目を担っている。


 似たような街は王国内にいくつかあり、いつか起きるであろう大戦に備えるという名目で多額の税金が注ぎ込まれ作られた。


 だが国民からは無駄遣いだ、必要ないだと散々な言われようであまり評判はよくなかったのだが、先日の大戦で初めて大きな戦争を経験したことで評価は逆転した。


 おかげでこの街に移住を希望する者や、商機を感じた商人などが次々と訪れ、閑散としていた街は一気に活気づいた。


 おかげで日に日に出入りする人間が増える城門では他国のスパイや犯罪者の侵入を防ぐ為に常駐の騎士による簡易の検問が常に行われており、そのことを聞いたルナは慌てる。


「クロノア、私は身分を証明出来る物が無いが大丈夫なのか?」


「問題無いかと思いますよ、検問と言ってもかなり緩いですから。それにいざとなればどうとでもなりますし」


 含みのある言い方をするクロノアに不安を覚えながらも先を行く彼女にルナはついていく。


 街に複数個所ある城門のうち、一番人の流れが多い中央門と呼ばれる門に向かった二人は、人の多さに紛れて街に入ろうする。


 それでも体格と顔の良いルナは混雑する人込みの中でも目立ってしまい、さらにその隣を珍しい魔法士丸出しの格好をした少女が歩いていたことが拍車をかけ、あと少しで街に入れるという所で検問中の騎士に呼び止められてしまう。


「君達、ワーロクには何をしに来たのかな?」


 柔和な笑みを浮かべる中年の騎士に、ルナがどう説明すればいいか分からず答えに詰まっていると横からルナを庇うようにクロノアが前に出る。


「お仕事お疲れ様です騎士様。私は御覧の通り魔法士で、幼い頃に才能を見出してくれたお師匠様に師事して村を出たのですが、今年は実家の畑の出来が悪く姉が出稼ぎをすることになったので、街に不慣れな姉を迎えに行っていたのです」


 スラスラと咄嗟に考えたとは思えない嘘を吐くクロノアに感嘆しつつもルナは、確認するような目で見てくる騎士にコクコクと頷くことしか出来なかった。


 下手に自分が喋ってクロノアの嘘に綻びを生んでしまってはいけないと思ったからだ。


「ほう、そいつは大変だな。でも君達あまり似てないねえ」


 流石に姉妹というにはあまりに似ていない、それどころか顔の造りが全く違う二人に騎士は違和感覚えたらしく、冗談臭い口調ではあるが疑いの眼差しを向けてくる。


「ああ、それは血が繋がってないからですね。お互い連れ子なんです」


 似ていない理由を聞いた騎士はそれでも疑っているようで、次々に質問を浴びせ二人を中々解放しようとしない。


「すみません。正午までには姉を仕事先に連れて行かないといけませんのでそろそろ失礼してもよろしいでしょうか」


 痺れを切らせたクロノアは騎士に近づくと何やら手に鈍く光る物を握らせた。


 すると先程までの態度は何処へやら、騎士は二人の前からどくと街へ入ることを許可してくれた。


 足早にその場を離れた二人は、直ぐに住人達の雑踏の中へと今度こそ目立たぬように紛れ込む。


 完全に騎士の目から自分達が映らない距離まで来たところでルナはクロノアを小声で問い詰め始める。


「クロノア、あの騎士に賄賂を握らせたのか」


 ルナの怒気を含んだ声にクロノアは委縮しつつも首を縦に振った。


「ルナさんがこういったことがお嫌いなのは分かっていましたが、ああでもしないとあの騎士は我々を通す気は無かったでしょうから」


 クソが付くほど真面目なルナには許せない行為なのだが、今この国では賄賂や横領といった汚職が横行している。


 大戦により優秀で盲目的に規則に従う模範的な騎士は皆国境沿いの最前線に駆り出されてしまい、国内の守護として残った騎士は言わば優秀な騎士と認められなかった落ちこぼれ、という考えが騎士や国民達の中で毒の様に広まっていった。


 そのせいか国内に残った騎士達は前線から一時帰って来た同僚には小馬鹿にされ、守っている民達からも陰口を叩かれてしまったことで段々と暗い感情をため込んでしまった。


 そうして少しずつ腐っていった彼らの中から騎士道精神は失われてしまい、汚職に手を染める者が多数現れしまったのだ。


「あの騎士も多分ああやっていつも通行人から金を巻き上げているのだと思います。上司や役人はその上前を跳ねて自らの懐を肥やしているので問題にしないし何も言わないんでしょう」


 自分が国を離れている間に騎士が腐ってしまったことにショックを受けたルナは立ち止まると、門へと踵を返す。


「ルナさん! ダメです、今私達は目立つわけにはいかないのをお忘れですか」


 腕にしがみ付きながら小声でそう言うクロノアに止められたルナの体は強張り、服が千切れ飛ばんばかりに全身の筋肉が盛り上がる。


「だが見過ごす訳には……」


「ご自分でもう騎士ではないと言ったのをお忘れですか。もう貴女には関わり無いことなんです。さあ、行きましょう。また目立ってしまいます」


 クロノアに手を引かれながら不満そうにルナは再び歩き出した。


 街に来るまで同様に気まずい沈黙の中、人混みを掻き分けながら二人は進んでいく。


 どうやらクロノアには目的の場所があるらしく迷いのない足取りで進み、やがてとある看板を掲げた建物の前で足を止めた。


「着きましたよルナさん。ここなら身元を探られることなく貴女の腕を活かして稼ぐことが出来ます」


「これは、冒険者ギルドか」


 東西の対立によって各国は有事に備えて軍備拡張を何年も続けた結果、行政サービスに回される筈の予算が削られてしまい、野生の魔獣による被害や野盗の増加などの問題が多発するようになってしまった。


 その状況を嘆いた伝説の冒険者、モリドスによって夢や財宝を追い求める冒険者という名の荒くれ者どもが纏め上げられ一つの組織が立ち上げられた。


 それが冒険者ギルド。


 この組織でモリドスは依頼料と引き換えに官民問わず様々な依頼を引き受けることで、困っている人々を助けようとしたのだ。


 冒険者ギルドの理念とあり方は人々に瞬く間に受け入れられ支持された。


 ギルドが創設されて数年後には大陸中に評判が広まり次々に支部ができ、独自の情報網を持つまでに成長した。


 当初は大きく、人気になり過ぎたギルドの存在を疎ましく思い潰そうとする国もあったが、直ぐに考えを改めた。


 何故なら軍備費を削ってまで予算を捻出しなくてもギルドが勝手に国民の不満を解決してくれるからだ。


 多少国民からの信頼が失われようともそれ以上にギルドは国にとって利用価値があった。


 こうしてギルドは各国政府にすら受け入れられることになり、今日至る。


 ルナも存在は知ってはいたが利用したことは勿論、冒険者と関わったことも無い。


 騎士達には何でも屋と揶揄する者もいたが、ルナは特段関心を抱いたことは無く名前から絵物語にでも出てくるような冒険をしたりもするのだろうか、と思ったことが2、3度あったくらいだ。


「さあ、早く入りましょう。今日はまだまだやることがありますのでのんびりしていられませんから」


 クロノアに急かされルナが扉を潜ると、ギルドの中は人でごった返していた。


 依頼をする依頼人と依頼を受ける冒険者の両方が同じ建物に集まっているのだから当然ではあるのだが、それでもこれだけの人間がギルドに居るというのはそれだけ冒険者ギルドが必要とされている証なのだろう。


 物珍しさに子供のようにギルドの中を見ながら、受付に並ぼうとするクロノアにルナは逸れぬようついていく。


「ルナさん、これから冒険者としての登録をしますので先程と同じ様に話を合わせてください」


 少し並んだが直に順番が回って来た二人は、クロノアが主体で冒険者としての登録を始める。


 クロノアは既に登録を済ましていたらしくルナのみの登録だったのだが、軽い面談と書類記入だけで直ぐに冒険者としての身分を示すギルドカードが発行された。


 本来はもう少し面倒な試験や手続きがあるのだが、冒険者であるクロノアからの紹介ということでその辺りが省略されたらしい。


 ギルドとしても万年人手不足なので、ある程度は冒険者になる者の過去や素性には目を瞑るのだが、流石に最低限は篩にかける。


 ただ、身内からの紹介には甘いようだ。


 何はともあれ無事に新たな身分を得ることに成功したルナは感慨深げにギルドカードを見ていると、再びクロノアに手を引かれてギルドの外へと出た。


「クロノア、折角冒険者に成れたのだから早速依頼を受けないのか?」


「ルナさん、今鎧どころか剣も無いんですからまずは装備を揃えないと」


 そこでルナは常に腰にあった重みが無くなっていることを思い出した。

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