第1話 待ち望まれた長男と偽の長男-②

 ベアドラゴン、それは体のベースは熊なのだが、普通の熊には無い特徴的な爬虫類を思わせる大きな牙が生えた口と太く長い尾を持つ二種類の生物の特徴が混ざり合った異質な見た目をしているドラゴンの一種であり、立てば身の丈5メートルはありそうな魔獣だ。


 この世界の生態系でトップに立つ存在であるドラゴンという分類では最弱とも言える種類ではあるが、人間からすれば単独で出会ってしまえば死を覚悟するしかない相手である。


 熊と同じく冬眠するらしく秋の頃は冬眠に備えて活発に動き回る為目撃例が多いのだが、少し暖かくなってきたとはいえ未だ冬が明けきっていない今の時期はもっと森の奥にある巣で冬眠しているのでまず見かけることはない。


 だが、原因は分からないが今年は例年よりも少し早く目を覚ましたらしい。


 長い冬の間一切何も口にしていない目覚めたてのベアドラゴンは相当腹を空かしているらしく、一般人なら聞くだけで腰を抜かす森中に響く咆哮を上げながら大口を空け次々に部下達を食い散らかし始めた。


 ベアドラゴンからすれば人間は楽に仕留められる獲物であり、それが群れでいるのだから空腹にはありがたいバイキングのようにでも見えたのだろう。


 鎧をものともせずにバリバリと次々に食べられていく戦友達に恐怖しながらも部下達は食われてなるものかと、数の力を頼りにヴァーリウスそっちのけで陣形を組みベアドラゴンに立ち向かうが、どの武器も鉄の鎧の何倍も堅い体毛が折り重なった天然の鎧に弾かれてしまい効果が全くない。


 あっという間に壊滅状態になった部下達は最早ヴァーリウス暗殺どころではなくなってしまい、命あっての物種とばかりにベアドラゴンに背を向け散り散りに逃げ出し始める。


 しかし最弱とはいえベアドラゴンもドラゴンの端くれ、ドラゴン特有の攻撃方法であるブレスを自分に背を向け逃げる人間に浴びせてゆく。


 ドラゴンによって吐くブレスの性質は異なるのだが、ベアドラゴンが吐くブレスはベーシックな炎だ。


 悲鳴と共に辺りに充満していく肉が焦げる嫌な匂いに顔を顰めながらも、ヴァーリウスは部下達に向けていた剣先をベアドラゴンへと向け直す。


 この混乱を利用すればベアドラゴンにさえ目を付けられなければ、それこそ部下達を囮にすれば上手く逃げ出すことも出来ただろう。


 だが、ヴァーリウスはそれをしなかった。


 別に自分を殺そうとした部下達の敵を取りたい訳でも僅かな生き残りを守りたい訳でも、ましてや、ただやけっぱちになった訳でもない。


 騎士の役目である、民を守る為だ。


 森の比較的浅いこの場所で人の味を覚えたベアドラゴンを野放しにしてしまえば森に入った人間を、それどころか人里に降りてまで人々を襲う可能性がある。


 誰よりも騎士道を重んじる騎士の中の騎士であるヴァーリウスがそれを見過ごせる訳が無かった。


「つまらない騒ぎで貴殿の眠りを妨げたのならば謝罪する。だが騎士としての責務、果たさせてもらおう!」


 果敢に剣を振りかぶりながらベアドラゴンにヴァーリウスは突撃する。


 力一杯に振り抜いた剣は避けようともしないベアドラゴンに見事に命中するが案の定、剣は固い体毛に弾かれてしまう。


「やはり堅い! だが切れない程では無い!」


 もう一度剣を振り上げたヴァーリウスは己の体力を剣に注ぎ込むイメージをする。


「ヘヴィースラッシュ!」


 コマンドアーツと呼ばれる近接攻撃を得意とする者達が使う数多の技の一つを発動したヴァーリウスの剣はベアドラゴンの堅い体毛ごと肉を切り裂いた。


 初めて真面なダメージを受けたベアドラゴンは痛みと驚きから呻きながらよろけるが、直ぐに体勢を立て直すと鞭のようにしならせた太い尻尾でヴァーリウスを弾き飛ばす。


 勢いよく宙を舞ったヴァーリウスは近くの太い木に叩きつけられ、頭を強く打ってしまい次第に意識に靄が掛かり始める。


 なんとか頭を振って意識を保とうとするが靄が晴れることは無く、おまけに部下達を全滅させ終えたベアドラゴンが舌なめずりしながら最後の獲物を生で食べようと近づいて来た。


 体に力も入らずいよいよここまでか、薄れゆく意識でそう思ったヴァーリウスが全てを諦め目を閉じようとした時、ベアドラゴンが爆炎と共に苦悶の声を上げた。


 突然の爆音のお陰で薄れかけていた意識が覚醒したヴァーリウスが何事かと目を丸くしていると自分を守る様に人影が茂みから飛び出してきた。


「ご無事ですかヴァーリウス様! 後は私にお任せ下さい!」


 人影の正体は黒い絹糸の様な艶やかな髪を両サイドに縛り、髪の色と同じとんがり帽子とローブを纏った少女だった。


「最弱種とはいえドラゴン、流石に一発じゃ倒れてくれませんか。でもこれなら! サンダーライン!」


 体から煙を燻ぶらせながらも、新たな獲物に向かって突進するベアドラゴンに少女は手にした魔法士が使うにしてはやけに短い杖を向け、直線状に雷が走るマジックアーツを発動させる。


 バチバチと甲高い音を上げなら一直線に走った雷はベアドラゴンの頭部から臀部を一瞬で貫いた。


 火を吐くだけあって自身は火に耐性を持っていたらしいベアドラゴンも流石に雷には耐えきれなかったらしく、大きく開いた口から入った雷によって外側からではなく内部から一瞬で焼かれたベアドラゴンは全身の穴という穴から黒煙を吐き出し、突進の勢いそのままに地面を抉りながら絶命した。


「き、君は一体、誰なんだ……」


 目の前で起こったことが理解しきれずに混乱する中でヴァーリウスは少女の背に問いかける。


 少女は自分のことを知っているようだが、ヴァーリウスはマジックアーツを扱う専門職である魔法士らしき少女に見覚えが無かった。


 自分の問いかけに反応した彼女が振り向いたので、ヴァーリウスは起き上がろうとするが体が言うことを聞かず、それどころか再び意識が遠のき始めてしまい、そのままヴァーリウスは気を失ってしまう。

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