元イケメン男装騎士の流浪伝 ~長男が生まれて家から命を狙われたので冒険者になって自由を謳歌することにした

武海 進

第1話 待ち望まれた長男と偽の長男-①

 二年間続いた大陸を二分した戦い、後に第三次東西大戦と呼ばれる戦争が東側と西側双方の痛み分けという形で停戦協定が結ばれ終戦した。


 数十万人もの死者が出たことで互いに戦線をこれ以上維持できなくなったのが停戦理由ではあるが、生き残った兵士にすれば家に帰れるのならば理由はどうでもいいらしく皆撤退命令が出ると同時に我先にと故郷への帰路へ着いた。


 それだけ今回の戦争はただ軍を並べての睨み合いか精々が小競り合い程度で終わっていた過去の戦いよりも酷かったのだ。


「やっと帰れるがお前達は帰ったらまず何をしたい?」


 東側陣営に属する小国、コクレア王国の騎士団に籍を置く小隊を預かる騎士ヴァーリウスは部下達に問い掛ける。


 王国首都へと帰る道すがら、この辺りの出身だと言う部下の案内で小隊は森を進んでいた。


 鬱蒼とした森の中では民達からの視線が無いので、少しくらいは無駄口を叩いて部下達をリラックスさせようとヴァーリウスは思ったのだ。


 ずっと緊張の糸を張り続ける生活だったのだから帰り道ぐらいはヴァーリウスも気を抜きたかった、というのが本音ではあるのだが、腹心の副隊長も同じことを考えていたのか話に乗ってくる。


「俺はまず酒を浴びる程飲みたいですね。戦場でベロベロになる訳にはいきませんでしたし」


 副隊長が口火を切ったお陰で発言しやすい空気となり、次々と部下達がやりたいことを言い始めた。


 やれ戦場の不味い飯ではなく上手い飯を腹いっぱい食べたいだの、やれ女を抱きたいだの、騎士らしくない発言にヴァーリウスは少し呆れながらもこの二年のことを思い返せばそれも致し方ないことだろうと一人納得する。


 ヴァーリウスの隊は一進一退の攻防が繰り返される最前線に配備され、生きているのが不思議なくらいの激戦を経験したのだ。


 街道から外れた森を通るのも本来は騎士らしく民の前を堂々と行くべきではあるのだが、早く帰りたそうにしている部下達のことを思うと騎士道を重んじるヴァーリウスと言えど、近道を通り一刻も早く騎士団本部へ向かい戦争についての報告を上げるべきだという部下の進言を却下出来なかったからだ。


 暫く雑談に花を咲かせながら森を進んでいると少し切り開かれた場所に出たので、馬と部下達を休ませる為にヴァーリウスは隊に休息を命じた。


 自身も馬を降り、所々凹みがある白銀に輝く兜を外し黄金に輝く短く刈られた髪と中世的な顔を鉄臭い蒸れた空気から解放する。


「ふう、この調子ならもう2,3日で到着出来そうだな」


 兜を小脇に抱えながら後ろを振り向くと、何故か部下達が自分の元へと集まって来ていた。


 まるでヴァーリウスを取り囲みこむように。


「お前達、どうしたんだ? 糧食ならちゃんと自分達の分があるんだから分けてやらんぞ」


 冗談のつもりで言ったのだが部下達が冗談を返してくることは無く、代わりに一斉に剣を抜き払った。


「……お前たち、何のつもりだ! 気でも狂ったか!」


 部下達の行動に戸惑いつつもヴァーリウスも剣を抜き構える。


「いえね、実は撤退命令と共に貴方以外には別の命令が出ていたんですよ。貴方を殺すようにとね。理由は察しが付くんじゃないですか」


 いつもの真面目な顔からは想像がつかない下卑た表情を浮かべる副隊長の言葉にヴァーリウスは全てを察した。


 自分を殺すように命じたのが、父であると言うことに。


 ヴァーリウスの実家、ディークラン家は代々騎士団長を輩出してきた名門の貴族であり、ヴァーリウスは長男に当たるのだが彼には秘密がある。


 それは正当な嫡男ではなく妾の子供というものだ。


 本妻との間に子宝に恵まれなかったディークラン家当主であるヴァーリウスの父は、認知していなかった妾の子供で幼くして母を亡くし頼れる身寄りの無かったヴァーリウスを引き取ると自らの嫡男とし、騎士とするべく厳しく育てた。


 今回の戦争への参加も騎士団長への第一歩として武勲を立てて箔付をする為だったのだが、その最中に届いた父からの手紙でヴァーリウスの立場は大きく揺らぎ面倒なことになった。


 彼が戦争へと出征して直ぐに本妻が身ごもったのだ。


 その後一年程のちに届いた手紙には本妻が無事に出産し、男児が誕生したことが書かれており、戦争が終わり帰還した際にこれからのことを話し合いたいという旨も書かれていた。


 薄々自分は家を追い出される、そんな予感はしてはいたのだがまさか部下達を嗾けて殺そうとしてくるとは思わなかった。


「本来なら戦争のごたごたに紛れて殺す予定だったんですがね、案外周りの味方の目が厄介だったんで、こうやって帰り道に人気の無い場所へと誘導させてもらったんです。抵抗しないのならば楽にあの世へお送りしますよ」


 全てが仕込まれていたことにショックを受けつつも、ヴァーリウスはこの窮地を脱しようと頭を懸命に動かすがいつの間にか背後にまで部下が回り込んでおり、完全に囲い込まれていた。


 皆一様に瞳を欲望に輝かせ、ただの命令ではなくそれなりの代価が支払われるだろうことが容易に想像出来た。


 彼らを説得しようにも戦場帰りで僅かな金銭しか持っていないヴァーリウスには無理な話であり、状況は絶望的だ。


 それでもヴァーリウスは諦め剣を捨てようとはせず、抵抗の意志を示す。


「おや隊長、この人数相手にやる気ですか? そもそもお優しい隊長に我々が切れるんですか?」


 副隊長の言う通り、いくら敵になったとはいえ長い間戦場を共に駆けた戦友でもある部下達をヴァーリウスにはとてもではないが切ることなど出来ない。


 だが薄情な部下達はそうではないようで、じりじりと包囲の輪を狭め始める。


 ヴァーリウスは気づいていはいなかったが、彼の眉目秀麗な見た目と強さ、そして理想的な騎士の立ち振る舞いに部下達は皆あまり良い感情を抱いておらず、命令に大人しく従っていたのはあくまで彼が上官であり、ついて行けば苛烈な戦場で生き残れたからだ。


 しかし今は命懸けの戦場でいる訳では無く、ヴァーリウスより上の立場の者の命令で動いている。


 お陰で彼らの積もりに積もった歪んだ感情は一気に解き放たれてしまっており、ヴァーリウスを殺すことに何の躊躇いも無く、一部の者はどちらかと言えば女性寄りの顔立ちのヴァーリウスを殺す前に慰み者にしてやろうと画策している始末だ。


「お前達、これが最後の警告だ。もし今大人しく剣を捨てるのならば私は君達に何の処罰も与えないことを約束する。だが、この警告を受け入れてくれないと言うのならば私は君達を切る!」


 成人男性にしては少し高い、よく通る声でヴァーリウスは最後の希望を込めて言い放つが、部下達は剣を捨てることは無かった。


 最早切り合うことも致し方なし、と覚悟決めたヴァーリウスに部下達が切りかかろうとした瞬間、部下の一人がおかしな声を上げながら下半身を残して消えた。


 正確に言えば、消えたのでは無く大きな怪物に一口で頭から食われたのだ。


「な、何でこんなとこにベアドラゴンがいるんだ! 今の時期ならもっと森の奥にいる筈だろ!」

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