第3話 ルナの初仕事ー①
道中、いよいよ本格的にヴァーリウスではなくルナとしての人生が再スタートしたと感じたルナはテンションが上がり、冒険者としての初仕事に思いを馳せる。
古の秘宝を求めて危険極まりない迷宮を探索するのか、はたまた人々を襲う
凶暴な魔獣の討伐か。
どちらにせよ絵物語の主人公にでもなった体験が出来そうだとルナはワクワクが止まらなくなる。
期待に胸膨らませ、妄想に浸っているうちに着いた冒険者ギルドは早朝にも関わらず既に冒険者と依頼人でごった返していた。
早速どんな仕事が待っているのかと依頼書が張り出された掲示板の前に行くと、掲示板にはもう張る所が無い程、依頼書が張られてた。
パッと見ただけでもルナの想像通りの依頼がもいくつか張り出されているのが見受けられ、小躍りしそうになりながらルナは気になった依頼書を取ろうするとクロノアに止められた。
「ルナさん、その依頼は青以上ですので私達だと受けられませんよ。ご自分の冒険者カードを見てみてください」
冒険者は自由な職業で、上下関係や階級のようなものが無いと思われがちだが実際の所はそうではない。
創設当初はイメージ通りの自由な組織であったのだが、自由が故に自信過剰な冒険者が身の丈に合わない依頼を受けて失敗したり、酷い時には死者を出す事態にまで発展してしまうケースが多発してしまった。
そこで冒険者ギルドは冒険者達を実力に応じて階級分けする制度を制定した。
階級は色毎に分けられており、冒険者達には実力に応じた階級の色の冒険者カードがギルドから支給される。
今のルナのように駆け出しでなんの実績も無い新米冒険者は、余所からの引き抜きや実力者として有名等の特別な場合を除いては白と呼ばれる階級に割り当てられる。
こなした依頼の数などで階級は上がり、白の上は黄、更に上は青、赤と続き最上位の冒険者は黒のカードが与えられる。
こうした階級制度に加え、更に独自の基準で受けた依頼の難易度を算出し、階級毎に依頼を振り分けるようにしたことで依頼の成功率や冒険者の死亡率は劇的に改善された。
それでも冒険者の仕事から危険が無くなる訳ではないので依頼によっては命懸けの危険な職業には変わりはない。
「よければ今回は私に選ばせて頂けませんか? 一応私は黄のカードを貰えるくらいには冒険者としての経験がありますので」
自分より年下のクロノアに諭され、少々興奮しすぎていたことを自覚したルナは恥ずかしくなり、食い入るように見ていた掲示板の前から一歩下がりながら頷いた。
それからしばらく掲示板とにらめっこしていたクロノアが選んだ依頼は、ワーロクから少し離れた場所にある村の村長からの調査依頼だった。
依頼内容は、村周辺や近くの森でゴブリンらしき存在の目撃情報が多発した為に、調査及び場合によっては討伐して欲しいというものだ。
受付に依頼受注の申請を済ませた二人は早速その村へと向かう準備を始める。
森での調査ということで、保存食やあまり大荷物にならない程度の野営に必要な物を買い揃えた頃には太陽が真上に来ていた。
「目的の村までは徒歩で一日と言ったところです。他の街までなら乗り合い馬車もあるのですが、村となると余程大きな村でないとなかなか無いので歩くしかないですね。すみません」
クロノアはルナに移動の負担を掛けるのを申し訳なさそうにしてるが、当の本人は昼夜問わず歩いても平気な体力を持っている為、問題無いどころか早く冒険者としての初仕事に向かいたくてウズウズしており、クロノアに謝られる理由が分からなかった。
こうして若干の価値観違いが露呈しながらも、二人は目的の村へと出発した。
「しかしゴブリンとは本当なのだろうか? もう王国には居ないはずだが……」
道中、改めて依頼内容について頭の中で反芻していたルナは疑問を口にする。
そもそもゴブリンとは、緑の肌に尖った耳とギザギザした歯に爬虫類のような目を持つ人型の魔獣であり、体長は成体でも人間の子供程度しかない。
特別力が強い訳でもなく、火も吐けず、人語や武器を多少操れるくらいの知能はあるが、ベアドラゴンとは違い腕っぷしに自信がある程度の一般人でも一対一なら倒せなくもない程度の、単体ならば弱い魔獣だ。
だがゴブリンにはある悍ましい特性があり、人々から恐れると同時に嫌悪されている。
ゴブリンは自分達の胎児を出産出来る大きさの生物ならば他種族を容易に孕ませることができ、更に胎児は一月もあれば成熟して生まれ、生後2週間程で立派な大人に成長する。
この生態のお陰でゴブリンは直ぐに大きな群れを形成してしまう。
そうなるともう一般人の手には負えず、人間側も数には数をと組織立って対処しなければならない厄介な魔獣へと変貌するのだ。
しかも彼らはオスしかいない上に人型の生物、特に人間を好んで犯す習性を持ち、各地でゴブリンによる防備が薄く比較的襲いやすい辺境や開拓途中の村への襲撃が長年に渡り王国を悩ませていた。
ゴブリンが村を襲うと蓄えた食料や女性が根こそぎ奪われる為、知らせを受けた王国は救出や復興支援に騎士団を派遣する。
騎士達を派遣するには勿論それなりに費用が掛かる上に、村が再び真面に税を収められるようになるまで回復するには多くの時間と資材を要するので経済的損失はかなり大きいからだ。
第一次東西大戦の後、今回は大した戦いにはならなかったが、次に同様のことが起これば、大きな戦争に繋がる可能性があると考えた当時の国王が、国力のアップと国内の憂いを断つことでより多くの騎士を前線に向かわせる為にゴブリン殲滅の大号令を発した。
その後数年にも及ぶ徹底的なゴブリン狩りよってゴブリン達は一匹残らずに狩りつくされるに至った。
この殲滅戦の後、ゴブリンによる被害は完全に無くなり国内のゴブリンは完全に絶滅したというのが国民の認識だ。
「あくまでゴブリンによる被害、ではなくゴブリンのような生物を見た、というだけですからね」
いないとは分かってもいても人間というのは疑り深い生き物らしく、時たまこうしてゴブリンを見かけたいう者が出てくる。
だが実際に居た試しはなく、調査してみるとサルなどのよく似た他の生物を見間違えただけだったり、ただの気のせいや悪戯だった、というオチばかりだ。
「今回の依頼もただの見間違いか何かでしょうから大して危険はない仕事になると思います。冒険者としての肩慣らしには丁度いい仕事かと」
「ならば剣を振るう機会は無さそうだな」
新たな愛剣を触りながらルナは少しがっかりする。
だがこのがっかりが油断に繋がらないようにとルナが両頬を叩き気合を入れ直していると、背後から馬の嘶きが聞こえてきた。
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