第3話 ルナの初仕事ー②

 二人が振り向くと使い古しの麦わら帽子を被る白い髭を蓄えた、恰幅の良い初老の男が乗った空の荷馬車がこちらに向かって走ってくる。


 荷馬車に道を譲ろうと街道の端に寄りながらも歩みを止めない二人を荷馬車が追い越すが、直ぐに手綱を引いて荷馬車を止めると初老の男が二人に話かけてきた。


「お二人さん、どこまで行くんだい? 良かったら途中までになるかもしれんが乗っていかんかね」


 優しそうな笑顔を浮かべながら誘ってくる初老の男に一瞬疑いの眼差しを向けたものの、警戒する必要は無いと判断したらしいクロノアはどうするか決めて欲しそうにルナを見てくる。


 全く疲労を感じていないルナは別段このまま村までトレーニングがてらに歩いても良かったのだが、今朝のクロノアの顔色を思い出し、一仕事する前に少しでも休ませた方が良いと判断した。


「ではお言葉に甘えさて頂こう。ラッポ村まで行く予定なのだが、頼めるだろうか」


 行き先を聞いた途端、老人は愉快そうに大きな声で笑い出す。


「それなら丁度良い。なんせ儂はこれからラッポ村に帰るところだからの。ほれ、乗った乗った」


 ならばと好意に甘え、荷台に乗り込み並んで二人が腰掛けると初老の男は再び荷馬車を走らせ始めた。


 荷馬車なので乗り心地は普通の馬車に比べればお世辞にも良いとは言えないが、適度な揺れがほぼ二日は眠っていないクロノアには耐えがたい睡魔を誘ったらしく、船を漕ぎだしたかと思えばすぐにルナにもたれ掛って静かに寝息を立て始めた。


「お二人さんはうちの村に何用かね? 観光出来る場所も宿屋も無いし、若い娘さんが来るような場所じゃないんじゃがの」


 気持ち良さそうに眠っているクロノアを起こさないように気遣って老人が小声で訪ねてくる。


 別段隠すことでもないのでルナが冒険者として依頼を受けてラッポ村に向かっていることを伝えると、初老の男は驚いた顔をする。


「二人が依頼を受けてくれた冒険者だったとはのう。こんな偶然、あるもんなんじゃな」


 二人を馬車に乗せた老人の名はモーシュ。


 農耕と林業が主産業の小さな村であるラッポ村の村長であり、今回のゴブリン調査の依頼を冒険者ギルドに出した張本人でもある。


 彼は村で採れた農作物を街まで泊まり掛けで売りに来たついでに、以前から村人達から寄せられていたゴブリンの目撃情報の真偽をハッキリさせる為に今回ギルドに依頼を出したのだ。


 そんな帰りに偶然乗せた二人が、依頼を受けた冒険者だったのだから驚くのも無理はない。


 ルナもこの偶然には驚いたが、移動時間で依頼の詳細を依頼主から聞けるのはとても幸運なのではと思った。


 それにこのところこういったことは全てクロノア任せだったことに引け目を感じていたルナは、少しでも自分も役に立とうとゴブリンが目撃された場所の詳細などをモーシュから聞く。


 ゴブリンの目撃情報が出始めたのは約三か月前からで、圧倒的に森での目撃が多いのだが、数回村近くでの目撃情報もあるらしい。


「まあ皆はっきりと姿を見たわけでは無いんで、いつもなら笑い話で終わるところなんじゃが、このところあまりに数が多くての」


「ならば冒険者に依頼を出すよりも騎士団に届け出た方が良かったのでは?」


 モーシュとて、あまり裕福ではない村の財政を思えば金のかかる冒険者に依頼するよりも義務としてタダでやってくれる騎士団に調査討伐を依頼したかった。


 しかし街に駐屯する騎士団には、けんもほろろに断られてしまったのだ。


 理由は先の大戦による人手不足。


 これは国内の不良騎士達が働きたくないから適当に理由で断った訳ではなく、本当に今は騎士団には人手が足りていない。


 だから小さな村の未確認情報だけでは、おいそれと貴重な人員を割く余裕がないのだ。


 騎士達どころか役人達も皆一様に大戦の後始末で手一杯であり、不正で至福を肥やす連中も案外そういった仕事自体は真面目にこなしているらしい。


 国民を思ってというよりは、流石に私腹を肥やしたところで国内が混乱状態では使いようがないから、という理由のようだが。


 そういう理由ならば仕方ないと思いながら、勝手に騎士を辞めたうえに巻き込み事故というか彼らの自業自得ではあるが、自分に関わることで一小隊分の騎士が死んだことで人手不足に少しでも加担したと考えてしまいルナは少し落ち込む。


 何故か落ち込むルナを訝しみながらもモーシュは、終わった依頼の話の代わりに世間話を始め、ルナもそれに応じる。


 馬車に乗ってもやはり街から距離があるせいか、ラッポ村に到着する頃にはすっかり日が沈み始めており、空には一番星が輝いていた。


「クロノア、到着したからそろそろ起きてくれないか」


 愛しい人の声と共に体を優しく揺すられたのを感じたクロノアが重い瞼を上げると、まだ自分は夢でも見ているかと思った。


 何故なら優しい顔で自分の顔を覗き込んでいるルナにもたれ掛っていたからだ。


 しばらくそのままぼんやりとしていたクロノアだが、意識が徐々に覚醒するにつれて顔が茹でた海老よりも赤くなる。


 完全に意識が覚醒したらしいクロノアは飛び起きる。


 そのまま大慌てでルナから離れたのだが、勢いが付き過ぎたせいで荷馬車から転がり落ちてしまう。


「クロノア! 大丈夫か!」


 ただ眠っていたのを起こしただけなのに大変なことになったルナは、動揺しながらも荷馬車から降りてクロノアを助け起こす。


「よく眠れたようで何よりだが、これから仕事なのだから怪我には気を付けてくれ」


 幸い怪我はしていない様子のクロノアは、強かに打ち付けた腰を摩りながらルナに謝る。


「ご迷惑をお掛けしましたルナさん。大丈夫です」


 どうやらじんわりと広がる痛みのお陰で少し冷静さを取り戻したらしく、クロノアは憧れの人の肩で眠っていた喜びと驚き、そしてマヌケな姿を見せてしまった恥ずかしさが入り混じって赤くなった顔のままで平静を装う。


 傍から見ればバレバレだがこの手のことに疎いルナは気づかない。


「おや、何かあったのかね?」


 荷馬車の馬を馬小屋に繋ぎに行っていたモーシュが戻って来た。


 ついでに村には宿屋が無いので、空き家に泊まれるように手配もしてくれたらしく、二人はモーシュに案内されて今日の宿へと向かう。


「……以上が目撃情報の詳細だ」


「思ったよりも目撃件数が多いですね。すみませんでした、依頼主との情報共有を任せきりにしてしまって」


「偶然そういう話の流れになっただけなのだし、気にしないでくれ」


 用意されていた食事に手を付けながら、ルナは村長から聞いた情報をクロノアに伝えた。


 自分がするべき仕事をやらせてしまったと申し訳ない気持ちでいっぱいのクロノアと、初めてクロノアの役に立てた気がして内心喜んでいるルナ。


 また思いがすれ違う二人は手早く食事を済ませる。


 明日も早いからと食事を終えた二人は金の竃亭よりも更に質素なベッドに入り、早めに就寝することにした。


 今日も遊び疲れた子供よりもルナの寝つきはよく、ベッドに入って直ぐに寝息を立て始める。


 昼間にルナの肩で熟睡したせいでクロノアの目はギンギンに冴えていはいたが、またルナに心配をかけない様に目を閉じて心の中で羊を数えだす。

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