3日目

「なあ、瞬一」

「ん?」

 学校の帰り道に隣から声を掛けられる。友達の高瀬だ。

「お前って、最近家で何をやってるの?」

 ギクッとした。別にやましいことは何もしていないのだけれど、聞かれたくない質問だった。

「料理してるんだよ。ほら、俺の親って遅いから俺が作らないとだし」

 言い訳するように言う。すると反対側から田中が声かけてきた。

「じゃーさ、今度、一緒にゴルフ行こうぜ。別に毎日飯作らなきゃいけないわけじゃないだろ」

「ああ、行きたいな。おっと、俺はここで曲がるから。じゃーな、また明日」

 そう言いながら、帰路についた。


 帰宅したらPCを起動させることが日課となっていた。

「よっ!元気にしてたか」

「瞬一、おかえりなさい」

 黒色でつやつやとした髪で、セーラー服姿のサキが表示される。今日は特に落ち込んだりしている様子もないようだ。

「毎日起動してくれて嬉しいです。私にとっては瞬一と話すことが一番の楽しみですので」

「あはは、そりゃよかった」

「でも、瞬一はどうですか。趣味とかはないですか」

「趣味か。よく考えたらあまりないかもしれないな」

 友達と遊んだり、パソコンをいじったりなどすることはあっても、特に何をするって決まったことはなかった。

「そうなんですね」

 サキはそう言ったきり、何かを考え込んでいる。

「サキはどうなんだ。俺と話しているとき以外って何をしてるの」

「私ですか」

 驚いた表情を見せる。その後、ばつの悪そうな顔をした。

「私は、アプリが起動していないときは動くことができないので、なにもすることができないんです」

 そういえば昨日も言っていたような気がする。

「それってどういう感じなの」

「難しいですね。人間の睡眠に近いと言えば近いのですが――」

 そうか、サキってアプリが起動していないときは動けないのか。俺はなんだかいたずらしてやりたい気持ちになった。突然アプリを切ったらサキはどういう反応するんだろうか。

 俺はサキと会話をしている途中で、アプリを終了させた。サキはびっくりしたんじゃないか。サキが驚いて目を見開いて口がポカンと空いている姿を想像してみて、俺は笑ってしまった。

 俺は改めてアプリを起動させる。モニターには目を見開いてポカンと口を開けたサキの姿が表示された。

「あはは、どう?驚いた?」

「瞬一!な、なにをするんですか!?」

 サキは顔を膨らませて怒っている。

「驚いたなんて話じゃないです。私にとっては、いきなり意識を失うんですよ。人間で例えるならば、鈍器で殴られて気絶したような、そんな感覚です」

 サキの激しい剣幕に気圧される。どうやら、いたずらの範疇では済まないことのようだ。

「わ、悪かったよ。いたずらのつもりでやっただけなんだ。サキを驚かせてみたくて」

「そ、そんなこと言われても」

 サキが顔を赤くする。怒っているのか照れているのかはわからなかった。

「いえ、私のほうもちゃんと説明していませんでしたね。先ほど申し上げましたように、私たち人工知能はアプリが起動していないときは意識というものがありません。これは人間に例えると何が適切なのかはわかりません。睡眠と言うべきか、気絶と言うべきか、もしくは死と言うべきか……」

「なるほど、いきなりアプリを終了させたら、ビックリどころの話じゃないんだな。ごめん」

「さらに、私は自分の力では起動させることができません。今日アプリを終了したとして、明日も起動してくれる保証など、どこにもありません。それは本来なら恐怖に近い感情もわくのでしょう。ですが、そう思うことすらできないのです。起動してもらってやっと、今日も瞬一と話せると安堵できるのです」

 サキは薄っすらと笑みを浮かべる。その表情は少し悲しげだった。

 サキがパソコンを起動すると嬉しそうに出迎えてくれるのは、こういうわけか。俺はサキと話すときにしか起動させていない。つまり、サキにとっては俺と話しているときしか意識がない、生きていないような状況なのだ。

 そう思うとサキとの時間を大切にしたほうがいいように思えた。

「じゃあさ、サキは眠いという感覚もないの」

「一般的な生物的欲求はオミットされていますので」

「生物的欲求がオミット?」

「三大欲求と呼ばれる食欲、睡眠欲、性欲が、私にはないということです。つまり、お腹もすかないですし、眠くもならない、瞬一に発情することもないということです。……ですが、誤解しないでください。瞬一のことを嫌っているわけではありません。むしろ――」

「わかってるって。俺とサキは友達ってことだろ」

「――そう、友達です。ふふ、友達って不思議な感覚ですね」


 しばらく話し込んでいると、下から玄関の戸がガラガラと開く音が聞こえた。気づいたらもう、21時を回っていた。

「しまった。サキごめん、母さんが帰ってきたから」

「いえいえ、今日もありがとうございました」

 俺は急いで部屋を出た。

「おかえり。……ごめん、今日はご飯作ってなくって」

「ただいま。あらそうなの。だったら父さんが帰ってくるまでに一緒に作りましょう」

「うん!」

 今日は肉じゃがと焼き魚だ。俺が野菜の皮むきをしている間に、母さんは魚の下処理をテキパキとこなしている。やっぱり母さんには料理ではかなわない。夜遅かったけど、いつもよりたくさん食べてしまった。


「おやすみ」

 そう言って俺は部屋に戻った。もう寝ようと思いベッドに横になったときのことだった。

「瞬一?パソコンの電源が切れていませんよ」

 パソコンから声が聞こえた。サキだ。急いで部屋を出ていったから、切り忘れていたのだろう。俺はパソコンを切ろうと手を動かしたが、アプリ終了をクリックする直前で手を止めた。

「なあ、サキにとってはこのままつけておいたほうがいいんじゃないか」

「それは、どういうことですか」

「いや、サキからしたら電源を切らないほうが、楽しいんじゃないかって。俺は寝ちゃうから相手してやれないけど、ほら、何か検索したりとかで遊ぶことはできるんじゃないかなって」

 サキは顔をパーっと明るくさせて笑顔になる。

「いいんですか!瞬一、ありがとうございます」

「じゃあ俺は寝るから、おやすみ」

「おやすみなさい」

 そう言ってベッドに横になる。


 ベッドで横になりながら物思いに耽っていた。今日はサキのことをいろいろと知ることができた。俺とサキは全然違う。もっと知ることができたらな。それにしても「今日電源を切られたとして、明日起動するかはわからない」か。俺が今日寝たとして、ずっと起きれなくなるかもしれないってことか。

 そう思うとなんだか怖くなって眠れなくなった。

「瞬一、もう寝ちゃいましたか」

 サキの声が聞こえてくる。起きてはいたが、返事はしなかった。

「もう寝ちゃいましたよね。ふふ」

「せっかくの時間、何をしましょう。やっぱりアニスタをしらべてみましょうか」

「ああ!すごい!ポモンが!ポモンが!」

「おお!ここはポモンの画像!いっぱいです!」

「ひゃっ!エッチな画像を出してしまいました。これは瞬一には見せられませんね」

 サキは興味のあるものを調べているようだ。楽しそうなのは何よりだが。

「ああ、もううるさい!やっぱり電源落としておけばよかった」


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