143.僕は何も出来なかった

「つらそうだな」


 全然同情してない冷たい声で、ラーシュが声をかける。キッカケとして話しかけただけで、別に内容は挨拶でも良かったみたい。


「同情なんて要らないわ……分かってるのよ、自業自得だって」


 むっとした声で文句を言った後、彼女は咳き込んだ。そういえば、僕はあの子の名前を呼んであげてない。


「アスティ、少しだけいい?」


「嫌よ。だけど……仕方ないわ」


 無理やり言動を縛りたいわけじゃないの。そう言って、アスティは抱き締める腕を緩めてくれた。だから僕はしっかり指を絡めて握り直し、一緒にマデレイネに近づく。シグルドの件、ちゃんとお話ししなくちゃ。


「マデレイネ、君の番なんだけど……」


「分かってるわ、あなたじゃないことくらい、知ってる。でもあなたから、番の匂いがするの」


 獣人が感じ取るのは匂い、竜族は気配のようなもので感じ取るんだ。魔族はあまり強く感じ取れず、触れたり接触しないと分からないと聞いた。


 僕、臭いのかな。くんくんと自分の腕を嗅いでみたけど、分からなかった。そんな仕草に、マデレイネはくすっと笑う。


「そうじゃないわ。番の近くにいた人みたいな感じよ」


「うん。僕、君の番を知ってる。僕のお祖父ちゃんで、前魔王のシドだよ」


 皆がいるから、シグルドの名前は口にしない。でも死んでしまったシグルドのことを、マデレイネに覚えていて欲しかった。ぱりっと音がして、彼女の頬が割れる。それが痛そうなのに、マデレイネは嬉しそうに笑った。また割れる。


「そう、そっか。うん、ありがと」


 そう言い終わった彼女は、崩れるように倒れた。咄嗟に駆け寄ろうとして、手を握ったアスティに止められる。近づいたラーシュとイェルドは、安全を確認してから頷いた。


「大丈夫だ」


 鈍い僕も分かってる。もうマデレイネは助からないの。ボリス師匠にこんな強い呪術を向けたから、悪い人なのに……涙が溢れた。勝手に同情して泣くなんてダメなのに、溢れる涙は止まらない。


「いいの、よ……これ、で」


 また笑ったマデレイネの顔や腕が割れて、伸ばした僕の手が触れた指先が砕けた。痛くないのかと尋ねそうになって、飲み込む。だって、マデレイネは嬉しそうに笑ったんだよ。


「会いに、行く。私か、らあの人……ごめ、なさ……」


 最後まで言い切る前に、マデレイネだった人は壊れてしまった。シグルドに会いに行くって。そう言ったけど、僕の方こそごめんね。彼は僕の中にいるの。


 溢れた涙は、抱きついたアスティの胸を濡らして、やがて乾く。僕はアスティの背中に乗って帰った。塔を探検するラーシュ達を残して。


 僕は何も出来ない。砕けた彼女を片付けることも、シグルドを返してあげることも。アスティはそんな僕でいいと言った。何も変わらず、今のままでいていいよ、って。僕は、だからアスティのために顔を上げる。


 僕は運が良くて、アスティに出会えた。彼女に探してもらえた。恩返ししなくちゃね。いっぱいいっぱい、アスティを大切にするんだ。

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