80.正義は竜にあり――俯瞰視点
ソドムに残っていた民は、ドラゴンが空を飛来するのを見た。また襲ってきたと首を竦める彼らの上を悠々と横断し、ドラゴンはさらに西へ向かう。日が沈む方角、それはイース神聖国があった。しかし神聖国の未来を憂う民はいない。
「知ってっか? 貴族共がドラゴンの宝に手を出したって話だ」
「まじか! 俺らはそのとばっちりかよ」
「教会や王宮、貴族の建物は狙ったが、ドラゴンは平民に悪さをしねえ」
「ああ、間違いねえ。じゃあ天罰を受けたってわけか」
多少とばっちりを受けた民もいたが、貴族の屋敷を壊した破片が屋根に刺さった程度の損害だ。今まで王侯貴族に税金を毟り取られ、生きていくのもやっとの生活だった過去を吹き飛ばしたとあれば……逆に感謝する民もいた。これからは平民同士がのんびりと生きていけるのだから。
逃げた王侯貴族が逃げ込んだ先は、イース神聖国。元々、神の名のもとに無理なお布施を要求されてきた民に、本心から信仰を捧げる者などいない。そこに加え、他種族の幼子を親から攫い売り飛ばしたと噂で聞いた彼らは、ドラゴンに滅ぼされればいいとさえ考えていた。
見目麗しい町娘がいれば、貴族に目を付けられないよう隠してきた平民にとって、誘拐や拉致は重大犯罪だ。ましてや幼子となれば、種族関係なく保護する対象と考えた。いっそ殺害の方が親切なくらいだと吐き捨てる年寄りが空に手を振った。
「ドラゴンの王は様々な種族の弱者を庇護するお方だ。わしは金を無心する神より、ドラゴンを信じるぞ」
「おう、俺もだ!」
「人身売買をするような連中に天誅を!」
「私らの恨みを晴らしておくれ」
口々に応援を送りながら、全力で手を振る。気づいた小柄な銀ドラゴンがくるりと戻り、彼らの頭上で二周ほど旋回した。声をかけることなく離れていったが、民は大騒ぎになる。ドラゴンが願いを聞き届けてくれる。そう感じた平民たちは、片付けもそこそこにお祭り騒ぎとなった。
この日を境に、神聖国のイース神に祈りを捧げるソドムの民は消えた。代わりにドラゴンを崇拝し、竜を生き神と称える人々が生まれる。自らドラゴンを祀る民と名乗り、国名をドラクーンとした。
「すごい喜んでくれたね」
アスティの背中で興奮した様子で幼子が手を叩く。黒髪に赤い瞳、愛らしい顔立ちは少し丸みが足りない。そんな彼が落ちないよう、手綱を握って支えるのは緑の鱗に覆われた少年だった。
「女王陛下の人気は凄いですからね。人族でも優しい者はいるのでしょう」
「うん。ヒスイはいっぱい知ってるね」
はしゃぎながら、鱗の少年に寄り掛かる幼子は跨った銀竜の鱗を撫でた。
「頑張って、アスティ。僕も応援してる」
甲高い声で鳴いた銀色のドラゴンはスピードを上げ、すぐに仲間に追いついた。眼下に広がるは、人族の特権階級が逃げ込んだ堕落の街――イース神聖国と呼ばれる土地だ。神の加護を声高に叫ぶ彼らだが、ドラゴンの目にその加護は見えない。
薄汚い欲望を抱えた人族が住まうだけの、何の変哲もない大地だった。悲鳴を上げて痛みを訴える大地が、大きく鳴動する。と同時に、ドラゴンの襲撃が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます