59.宝石みたいなお菓子を食べた

 僕のお仕事は、きちんとお勉強すること。毎日おやつを食べて、お昼寝も忘れないことだった。そこにアスティのお手伝いが加わる。渡されたハンコをぺたんと押すのが仕事みたい。


「ここ?」


「そうよ。私の名前は読めるようになった?」


「アストリッド……ここだね」


 アスティのお名前はアストリッド。女王陛下のハンコを僕が押すの。すごく大切なお仕事だと聞いた。だから頑張る。名前の最後の文字に端を当てて、ぐいっと押しつけた。きちんと付いているか不安で、少し持ち上げてもう一度押す。


「掠れていても平気よ。手が痛くないように気をつけてね」


「分かった」


 終わった紙を横の箱に入れる。紙と同じくらいの箱で、きちんと並ぶから気持ちいい。アスティが名前を書くのを待って、またハンコを押した。ゆっくりお仕事する僕だけど、アスティもアベルも怒ったりしない。


「休憩しましょうか」


 アベルがお茶の支度を侍女の人に伝えた。アスティのお膝に移動した僕は、並べられたお菓子に目を輝かせる。いろんな色があって綺麗だよ。キラキラしてる!


「これはジャムなの。クッキーに載せて焼くと、こんなふうに輝くのよ」


「そうなの? アスティの宝石みたいで綺麗だね」


「何色から食べますか」


 アベルの言葉にびっくりした。ひとつ選ぶんじゃないの?


「赤いの」


「分かりました」


 白いお皿は青でお花の絵が描かれている。縁は金色に光っていた。高そうなお皿に載せられた赤いジャムのクッキーを受け取る。


「ありがとう」


 お礼を言って、アスティを振り返った。頷くのを見てから齧る。大人がいいよと言ったら食べるのがルールだから。


 初めて食べる味だった。甘いのは知ってるけど、ケーキのふわふわクリームや、いつもの焼き菓子と違う。パンに塗るジャムは柔らかいのに、このジャムは歯応えがあった。硬いのとも違って、歯がちゃんと刺さるんだけど。


「不思議な感じ」


「美味しい?」


「うん! 他のもいいの?」


「ええ、全部食べていいわよ。ジャムが違うの」


「そんなに食べたら、お腹がいっぱいになってしまうでしょう。半分ずつ味を見たらどうですか?」


 アベルが口を挟むと、アスティは笑って頷いた。アベルが魔法を使って器用に切っていく。透明のナイフを手の中に作ったんだけど、氷なんだって。クッキーもジャムもさくっと切れた。


 赤は食べたから、黄色、緑、紫、それからピンク色も。赤はイチゴの味だった。他のは何の味だろう。ワクワクしながら、半分になったクッキーを手に取る。


「あーん」


 僕が手にした黄色を齧る前に、アスティが横から緑のを出した。ぱくりと食べれば、少し酸っぱい味がする。キウイのジャムだった。半分のクッキーをさらに半分しか食べてないのに、残りはアスティが食べちゃった。僕は黄色いジャムのクッキーを半分食べて、残りをアスティに出した。


「アスティ、あーん」


 嬉しそうに食べるアスティと微笑み合い、アベルが切ってくれたクッキーを彼に向けて「あーん」した。困った顔をして受け取った後、アスティと喧嘩を始める。


「喧嘩したらダメ」


 ぴたりと口論をやめた二人は、喧嘩してないと同時に言った。よかった、仲はいいみたい。

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