55.僕の所へ逃げてきて欲しいな

「先生が決まったと聞いたわ」


「うん。タカト先生とクナイ先生、あとミーナ先生」


 指を折って数える。アスティのお膝に向かい合わせに座った僕の額に、唇が触れた。キスだ! お返ししようと立ち上がって、アスティの頬にキスをする。嬉しそうに笑ってくれたので、僕も幸せな気持ちになった。アスティと一緒だと、すごく楽しいんだよ。


 言葉、魔法、歴史、どれも大切なことだと思う。アスティが地図を読もうと誘った。見るだけじゃなくて、距離や位置が分かる読み方があるんだ。説明してもらって、ちょっとだけ分かるようになった。


「今いる場所は?」


「ここ」


 地図の上を指さす。お屋敷がある場所は赤い印がついていた。こないだ多くのドラゴンとお城を壊しに行った場所は、海がある。海は青い色で塗られているから、ここ?


「こないだの海は、これ?」


「少しズレてるわね、こっちよ」


 指を少し左へ動かす。文字はまだ全部読めないから、地図の文字をじっと見た。


「ナ……ル?」


「ナイセルね。文字のお勉強は楽しいかしら」


「うん!」


 知らないことを覚えるたびに、アスティに報告するんだ。そうすると喜んでくれる。きっとアスティは全部知ってるけど、僕が話すと笑って褒めるの。それが嬉しいから、何度も報告してきた。ナとルは覚えたけど、イが難しい。アスティの名前を覚える時に書いたんだけどな。


「カイの名前のイも同じ字よ、ほら」


 手で空中にイの文字を書いて笑うアスティが、僕の手を掴んでイを書いた。この方法ならすぐ覚えられそう! 今度、リリア先生にお願いしてみよう。そう口に出したら、ダメだと言われた。こうやって書くのは体がうんと近づくから、アスティ以外にお願いしたらいけないって。


「今日はボリスと一緒だったのよね、怖くない?」


「ボリスは優しいよ」


 怖くなんてない。腕にお座りして運んでくれたし、たくさんの人がいて驚いた僕を助けてくれた。説明する間に、ちょっとアスティの機嫌が悪くなったけど。僕が笑って「ボリスを貸してくれてありがと」と言ったら、笑った。


「アスティは何のお仕事してたの?」


「そうね、ちょっとした問題の処理だったわ。アベルが容赦なくて、逃げ損ねちゃった」


 逃げたら僕のところへ来る気だったみたい。それって、アベルさんにバレてると思う。僕の所へ来てくれるのは嬉しいけど、逃げたアスティが捕まるのは困る。でも知らない人のところへ逃げるアスティは嫌だった。


 唸る僕に「どうしたの」と尋ねるアスティに、バラバラの順番だけど思いついた言葉を全部話した。さっき機嫌が悪くなったのに、もう嬉しそう。僕のお話ちゃんと聞いてた? アスティが逃げるのに困るお話だったのに。


 ぷくっと頬を膨らませたら、アスティがキスをくれた。


「分かってるわ。カイは私が他の人のところへ行くのは嫌なのね」


「うん」


「アベルに居場所がバレても、また捕まることになっても、カイのところへ逃げるわ」


 あれれ? やっぱり嬉しそうに笑う。僕もつられて、へにゃりと顔が崩れた。いっぱいキスをされて驚いた間に、お返しする数が分からなくなっちゃった。

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