51.隣の国の人が来たけど離れない

 帰ってきてから、ずっとアスティに抱っこされてた。お風呂も寝る時も、起きて顔を洗ったりご飯を食べて着替える時も。離れないでお膝の上にいたり、腕に抱っこされてる。僕が腕を首に回すと嬉しそうに笑うから、僕も一緒に笑った。


 侍女の人が「それでは番様の足が退化してしまいますよ」と困った顔で注意するけど、アスティはそれでいいと頷く。僕が歩けなくなっても、抱いて過ごすから問題ないと。歩けないなら、一人でアスティから離れることはないからって。僕は歩けてもアスティの側にいたい。


 抱っこされて過ごすのも大好き。僕が大きくなって重くなったら、アスティが大変だろうなと思うけれど。


「大きくなって重くなったらどうするの?」


「ん? それなら私がもっと鍛えれば済むわ。カイはずっと一緒にいる約束をしたんだもの。歩くのは時々ね」


「うん」


 僕が頷いたから、侍女の人はくすくす笑って話を終わりにした。今日はよその国の人が挨拶に来ている。僕はお部屋で待ってるのかと思ったら、一緒なんだ。知らない間に僕がいなくなったら困る、アスティが眉を寄せた。こないだみたいに連れ去られたら、小さい体の僕は抵抗できない。


「心配させてごめんね」


 頬をすり寄せた。アスティは「心配は私が勝手にしたこと」と言ったけど、その声が少し震えてる。すごく悪いことをした気分だった。彼女のために、僕はいつも一緒にいよう。アスティに知られて困ることはないし、アスティのことを知ってもよそで話したりしないよ。


 謁見の間は、前に貴族の人を紹介してもらった部屋だった。天井が高くて、ドラゴンも入れそう。お部屋は広くて、赤い絨毯が敷いてあった。アスティのための椅子の前だけ、遠くの扉まで絨毯が続く。柔らかそうだな。


「アークライト国使者、コンラッド・ヒューズ侯爵殿」


 扉が開いて、男の人が入ってきた。大柄な人の後ろに数人が付いて来る。煌びやかで高そうなお洋服を着た人達は、かなり手前で止まって頭を下げた。


「ヒューズ殿、顔を上げられよ」


「竜女王陛下にはお目通りの許可を頂き、感謝に堪えません」


 難しい言葉遣いをする二人を交互に見て、僕はお口を手で覆った。きっと僕が勝手にお話ししちゃいけない場所だと思う。アスティの膝に座ってるけど、僕は偉くないから。


 くすくす笑う声が聞こえて右側を向いたら、銀髪の綺麗なお兄さんが「しぃ」と口元に指を立てた。この動きは知ってるよ。勝手にお話ししないサインだ。頷いた僕に、お兄さんはにっこり笑って頷いた。お顔が整ってて、全体に白っぽい人だ。青い瞳が透き通ってる。


 お兄さんの首筋に浮かんだ鱗は青と銀色が混じったような色だった。氷やお水の色に似てる。冷たそうだけど、お兄さんの笑顔は優しかった。


「此度は何用か」


 アスティの怖い声が響いて、びくりと肩を竦めた。アスティの温かい手のひらが背中に触れて、体の力を抜く。首に回した手に鱗が触れて、そのまま擦り寄った。


「ご存じの通り、我がアークライト王国の王妃殿下は隣国ナイセルの王妹殿下にいらっしゃいます。ナイセル国を滅ぼすに至った状況の説明と抗議を」


「ふむ。我がドラゴニアに抗議、と? アークライト王国はよほど滅亡を望んでいるようだ」


 僕と話す時と違う言葉遣い、もっと低くて冷たい声。でもこれもアスティだ。いつもは可愛くて、今日はちょっと怖いけどカッコいい。頬をぴたりと寄せた首筋が話すたびに動いて、僕はうっとりと目を閉じた。

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