42.攫われた番を追え――SIDE竜女王

 カイがいない。連絡が入ったのは、礼儀作法の授業終了から30分程してからだった。護衛の騎士の手配にトラブルがあり、迎えに行くのが遅れたという。その僅かな隙に、迎えを装った侍女に攫われた。屋敷中を捜索したが、現時点でカイの発見に至っていない。


「何のための護衛だ、カイに何かあれば命はないと思え!」


 脅しても仕方ない。分かっていても高ぶった感情の吐きだし方が分からなかった。大切なあの子は、怯えていないだろうか。痛い、怖いと泣いていたら抱き締めてやりたい。檻に閉じ込められた猛獣さながら、ぐるぐると執務室を歩き回った。


 書類が崩れて落ち、補佐官が悲鳴を上げて拾うのも意識の外だった。ノックもせずに、宰相アベルが駆け込んでくる。


「番様が行方不明とお聞きしました」


「意図的に攫った形跡がある」


 将軍であるボリスが唸るように吐き捨てた。護衛の騎士は順番が決まっている。なぜなら外部から手出しできぬよう、常に同じ者で周囲を固めたのだ。その連絡に入り込み、順番の変更を差し込んだ。混乱した現場が確認に走り、今回の遅れに繋がっている。


 大した時間ではないが、遅れた間に初顔の侍女が迎えに来たらしい。


「初めての方でしたが、侍女服でしたので……申し訳ございません」


 ウサギ獣人の伯爵夫人リリアが震えながら頭を下げる。礼儀作法を教えるために屋敷へ顔を出していたが、彼女自身は侍女や騎士の顔をすべて知っているわけではなかった。見知らぬ侍女だったとしても、屋敷内で偽者に遭遇すると思わなかっただろう。


 聞こえているが頭を素通りしていく情報を、必死で整理する。あの子はまだ婚約したばかり、番の儀式は何も終えていない。つまり追いかけるための繋がりがなかった。なぜ追跡用の魔法をかけなかった? どうしてあの子に魔法石のひとつも持たせなかったのか。


 最強の竜女王の肩書きに甘えていたのだ。公開された我が番に手を出す愚か者がいるなど、想定しなかった。いや、いても捻り潰せばいいと考えた。彼を攫うなど、どこのバカであろうと許さない。私の手のうちで愛されるのが似合う子なのだ。


 番の儀式を終えていないのは、竜族や獣人なら一目瞭然だった。カイが幼過ぎる。少年と呼べるほど成長していたなら、体を繋げている可能性もある。しかし見た目に幼く、輪をかけて成長の遅いカイに手は出せなかった。


「何が狙いだ?」


 かっとして目の前が赤くなる怒りが収まると、今度は急激に冷えてきた。頭に上った血が下がるにつれて、徐々に思考が働き出す。あの子に番として儀式は施していないが、何度か口づけている。唇を重ねた程度だが、どのくらいの効果があるか。


 追える可能性があるなら試すのみ! 迷う時間だけ、カイの苦しみが増す可能性があるのだから。顔を上げた私は、手の中に竜玉を呼び出した。

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