39.将来覚えてなさい――SIDE竜女王

 貰ったジュースを飲んでいたカイが、突然「けふっ」と愛らしいゲップを吐きだす。様子がおかしいと思いコップを取り上げたところ、酒の匂いがした。どうやら葡萄ジュースとワインを間違えたらしい。


「カイ、これで終わりよ」


 言い聞かせるものの、酔ったカイはとろんとした目で笑顔を振り撒く。周囲の数人が頬を赤らめた。だが睨みつけ、牽制する。この子は私の番だ。


「アスティ、もっと」


 もっと飲みたい。美味しかった。そう告げて強請る可愛い番に、つい「いいわよ」と言いそうになって首を横に振る。


「ダメ、酔ってるわね」


「ない、よっ……ふふっ」


 普段より温かくなった手がぺたりと頬に触れる。何をするのかと見守るアスティの頬に頬を押し付け、ずるりと崩れるように肩に顔を当てた。触れた手足はもちろん、首にかかる吐息も熱い。まだ幼い外見なのに、襲ってしまいたいと本能が叫ぶ。


 ぐっと堪える私に、同情の眼差しが突き刺さった。ドラゴンの番は、年齢差が大きいことも珍しくない。見つけた番が赤子だったり、自分がまだ幼いうちに最愛の人を発見するのもよくある話だった。当然ながら、相手の体が未成熟な状態で性的に手を出せば、いくら相手が番でも罰則の対象だ。


 法律を作って守るべき立場の女王が、己の幼い番相手に悪戯するわけにいかない。分かっているが、本能は目の前の据え膳に反応する。その辛さが理解できるからこそ、どのドラゴンも同情を向けるのだ。襲うことが出来ないのに、据え膳が整った現状を憂えて。


「ひゃすひぃ……」


 もう呂律も怪しいカイが、満面の笑みで頭を起こした。ふらふらする彼の手足から顔から、見える肌はすべて紅潮している。まるで誘われているようだ。幼子相手に寝かしつけのみで耐えられるだろうか。自らの理性を試す極限状態で、カイは思わぬ行動に出た。


「らいひゅきぃ」


 大好きだと公言して首筋に噛みついたのだ。実際は歯を立てても鱗に弾かれ、むっとした顔で吸い付いた。ちゅっちゅと鱗の浮いた首筋を舐めたり吸ったりする音が響き、周囲はわざと大きな音を立てる。聞こえなかったと振舞う為だ。


「こらっ、カイ」


「きらぃ?」


 引き剥がそうとする手に、小さな指を絡めてこてりと首を傾げる。泣きそうな顔で、嫌いになったかと尋ねられたら……何も言えなかった。いや、大急ぎで否定するのが番持ちのドラゴンだ。


「嫌いなわけがない。大好きだぞ、カイ」


 人前であっても、番への告白は羞恥心もない。平然と愛を囁けば、カイは蕩けるような笑顔を浮かべた。見惚れる周囲と婚約者へカイは「大好き」を連呼しながら、ぐらぐらする頭を凭れかける。再び首筋や耳に吸い付き、ちゅっちゅと音をさせ始めた。


「こ、これはあれですな。その……相思相愛で安心しましたぞ」


 言葉に迷った公爵がそう告げて一礼する。さっと離れる彼に倣い、周囲も同様の言葉を並べて立ち去った。残された私は玉座に戻るしかない。挨拶回りどころではなかった。


「カイ?」


 突然動かなくなったカイを心配して声を掛ける。返ってきたのは穏やかな寝息だった。どうせ眠るならもう少し早く……いや、酒が混じったことに気づくのが遅れた自分を呪うべきか。ある意味ご褒美だったが、手が出せない状況なら苦痛だな。混乱した思考に溜め息をついて、私は広間を見回す。


 ドラゴンにとって番は最高の褒美であり、生きる糧だ。女王になって数百年、ようやく番を得たことを祝ってくれる彼らを放置するわけにもいかず。私は玉座で膝に乗せた可愛い番の髪飾りを外した。結んだ黒髪を解いて、指先で梳く。


「いたずらっ子め、将来覚えてなさいね」


 襲って泣かせるから。そう宣告して笑うしかなかった。

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