36.婚約式が楽しみになってきた

 覚えることはいっぱいあって、僕の頭は毎日新しいことで埋め尽くされる。アスティとご飯を食べる時も、カトラリーという名前の道具の使い方を教えてもらった。今度の婚約式で、僕もこのカトラリーを使えた方がいいんだって。


「ほとんどは私の膝に座るからいいけれど、少しだけね」


 最後のデザートは自分で食べる。だからデザートの食べ方を覚えるの。予定してるのはケーキで、先が4つに割れてるフォークを使った。三角のケーキ、丸いケーキ、四角いケーキ。全部食べたけど、三角に決まったみたい。


 婚約式で出された時を想定して、まずケーキを手前に倒す。フォークでそっと倒したら、小さい方から食べればいいの。でもね、お皿で音をさせたらダメなんだ。キィと音をさせると、お皿が傷になるからだと思う。前によく洗ってた時は、傷になってたし。あれは食べ方が悪かったんだね。


 カチャン、ケーキを上から押して切ったら音がした。がっかりしちゃう。凄く気を付けて押したのに、柔らかいスポンジが最後にぷつんと切れた。


「カイ、こうしたらどう?」


 アスティが隣に移動して、切って見せてくれた。フォークを縦に刺してもいいんだって。僕は横で切ったから、うまく行かなかったのかな。真似して縦に差し、それから横に向けたら音がしなかった。


「出来た!」


「偉いわ、すぐ出来るようになったわね。カイ」


「ありがとう」


 お礼を言って、切ったケーキを口に入れる。もぐもぐと食べたら、また同じように切った。何度やっても上手に出来て、嬉しくなる。このお作法と一緒に、お茶を飲む練習もするんだよ。紅茶のカップを手で近くに運んで、僕はまだ子どもだから両手を使っても怒られないの。


 大人になったら、片手でアスティみたいに飲めるかな。口を付ける前に、熱いからふぅと吹いた。音がしないように口に入れて飲む。緊張して味がよく分からないけど、たぶん美味しい。


「上出来よ。もし失敗したら、その場でごめんなさいと言えばいいの。誰も怒ったり叩いたりしないわ」


「うん。ごめんなさい、出来るよ」


 婚約式のケーキはご飯の最後に出てきて、それを僕がちゃんと食べたら終わり。その後は大人だけのお祭り? がある。お酒が出るから、僕は先にお部屋に帰る予定だった。アスティも少し付き合ったら僕の所へ来てくれるから、大丈夫。寂しくない。


「正装に合わせたお飾りも選んだわよね。忘れてることないかしら」


 アスティが僕を膝の上に移動させた。長くなってきた髪がさらさらと揺れる。


「あ! 髪を整えなくちゃいけないわ」


「切るの?」


「少しだけね。残りは後ろで結うから平気よ」


 毛の先だけ少し切る。刃物でざくっとやるのかな。前に切られた時は、大きい刃物が怖かった。アスティが用意したのは、手から少し出てるだけの銀色の道具。ナイフと違って触っても平気だった。開くと中が切れる。


「ハサミ、怖くないかしら」


「うん」


 アスティが銀のハサミを動かすと、しゃきっと軽い音がして髪の毛が落ちる。斬ったのは本当に先の方だけで、あまり長さは変わらなかった。顔の前だけ後ろや横より大きく切って……長い髪が落ちる。顔を上げたら、お外が良く見えるようになっていた。


「どう?」


「よく見える」


「ふふっ、もっと早く切ればよかったわね」


 後回しにしちゃったと笑うアスティに、僕も笑い返す。アスティが僕にしてくれることはすべて、痛くなくて嬉しいことばかり。婚約式もきっとそうなんだろうな。楽しみになってきた。

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