19.竜族の女王が命じる――SIDE竜女王
竜族の番は、魔族では半身と呼ぶ。人族ならば伴侶だろうか。だが竜族ほど強く求め、傾倒する本能を持つ種族は他にいなかった。人族が一番希薄で、相手を裏切って泣かせても気にしない。魔族は本能というより、魔力の相性で相手を選ぶ。簡単に相手を変えないのは、竜族に似ていた。
竜族の番は本能だ。睡眠や食事と同じレベルで、本能が求める存在だった。なぜか人族や魔族の血を引く者にも生まれるが、おそらく先祖に竜族の血が混じっていると考えられてきた。
「この報告書に記されたすべての者を捕まえ……違うな、狩り出せ」
人扱いなどする必要はない。だから獣のように狩り出し、捕縛して持ち帰れ。私の命令は端的だった。番は竜族の希望であり、宝だ。犯罪を犯した者ですら、番を取り上げる罰は下されたことがなかった。
ドラゴンの伝説に、洞窟に貯めた宝を守る逸話がある。あれは金銀財宝として描かれているが、おそらくは番を守ろうとした話だろう。愛する者を外敵から遠ざけた先祖がいたのだ。私も同じように、カイを隠してしまいたい気持ちはあった。
私だけを見て、私だけに触れて、私とだけ話す。その美しい声は私のもので、愛らしい瞳に映るのも私。閉ざされた世界は、どれほど魅力的か。番を得たドラゴンにしか理解できない。
それでも、カイに新しい世界を見せてやりたいと思う。すべてを知った後、それでも私を選ぶカイを見たかった。
「人族の国を侵略することになります」
「それがどうした? まさか私の番を傷つけた者らを許せと、願うのではあるまいな」
強さのヒエラルキーで頂点に立つ私が命じたのだ。私の番を虐げた者を捕まえろと。その程度の権限すらないなら、女王の座を降りてやろう。
カイの前で取り繕う言葉遣いは、女王として威厳に満ちた響きに変わった。表情も態度も、カイの知る私ではない。あの子を怖がらせる気はないから。優しく真綿で包むように守りたいだけだ。
「いいえ、表面上の確認でございますよ。これでも平和を維持する宰相の肩書きがございますので」
にやりと笑った男は、氷に特化したドラゴンだ。青白い鱗を持ち、蛇のように執念深い。だが有能で使える男だった。
「必ずや、女王陛下の望む獲物を並べてみせましょう」
「ああ、首を落とすのは私の楽しみだ。奪うなよ、アベル」
「承知しております」
甚振って苦しめ、死を願うまで。絶望の底に叩き落とし、僅かな希望を見せて縋ったところで首を切る。ドラゴンは他の種族に比べて執念深く、残虐なことで有名だった。
玉座に腰掛けた私は、そわそわと立ち上がる。番であるカイが目覚めていないか。私を探すのではないか。
「番様の元へ戻られては?」
「言われずともそうする」
アベルは有能だが、己の立場を弁えた男で私の従兄弟でもある。信頼できる幼馴染みの揶揄いに反論する間も惜しかった。そそくさと私室へ向かう。
足早に廊下を進み、部屋のベッドでまだ眠るカイを抱き寄せる。結界にも異常はなく、誰もカイに触れていない。その事実に胸を撫で下ろして黒髪に指を滑らせた。
「目覚めたら一緒に贈り物を開けましょうね。きっとあなたの気にいる物があるわ」
表情は和らぎ、声は優しく、言葉遣いまで変わった。すべては愛しいカイのために。
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