11.僕、お金がないから買えないの
唇と唇が触れるのは、キスと呼ぶらしい。物を知らない僕は首を傾げた。
「キスは私以外としてはダメ。誰かにキスされそうになったら、唇を手でこうやって隠すのよ」
片手で唇を覆って見せたアストリッドさんに頷く。アストリッドさん以外はダメ。ちゃんと覚えたよ。
「いい子ね、もう少し眠りましょうか」
抱っこされて横になると、欠伸が出た。いつの間にかお腹の痛いのは消えて、苦しい感じもなくなっていた。あのお薬、すごいな。お母さんにも飲ませたら、病気が治ったかも知れない。ちょっとだけ泣きたくなった。
「おか、さん」
こぼれた言葉に、アストリッドさんの抱っこの手が強くなる。首筋に顔を当てて、僕は鼻を啜った。
「私がずっと一緒にいるわ。お母さんの代わりも、カイの恋人も全部私がするから」
よくわからないけど、ずっと一緒にいてくれる約束は嬉しかった。お母さんみたいに僕を置いていかないで。それだけでいいの。色々あっても僕は我慢できるよ。返事の代わりに力を入れてアストリッドさんに抱き着いた。
ぽんぽんと背中を叩く手が気持ちいい。いつも叩かれた時は痛かったのに、こんな叩き方もあるなんて。うとうとして、ふわふわする。アストリッドさん、温かいな。
目が覚めた僕は、まだアストリッドさんに抱っこされていた。腕の中で眠るなんて、お母さん以外なかった。どきどきする。顔を見ようと動いたら、すぐにアストリッドさんが目を開けた。
「あのっ」
「おはよう、私の可愛いカイ。今日はお洋服を作りましょうね」
起こしてごめんなさいと謝る前に、アストリッドさんが笑顔になった。怒ってないの? 優しい手が僕の頬や髪を撫でる。起き上がってお膝の上に座り、僕は着替えをした。
前はずっと同じ服だったけど、今日から毎日着替えるんだって。間に合わなかったのよ、と笑いながら大きなシャツを着せてもらった。アストリッドさんと同じ匂いがする。
「私のシャツよ。これはこれで可愛いけど、カイのお洋服はちゃんと作るわ」
「アストリッドさん、僕、お金ないから」
お洋服作ってもらっても、お金が払えないの。お金がないとご飯も売ってもらえないし、お洋服も買えない。その話をしておかないと、後で叩かれちゃう。どきどきしながら話をしたら、僕の頬を撫でたアストリッドさんが泣きそうな顔をした。
「カイ、覚えておいて。私の持っているすべては、あなたのものよ。お金も屋敷も、土地や地位も。全部あげるわ」
何を言われたのかよく分からない。でも僕を撫でるアストリッドさんの目が優しくて、お母さんを思い出した。
「それと、私のことはアスティと呼んでね」
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