09.これが夢じゃありませんように
お腹が鳴るほど減っていた僕だけど、たくさんは入らない。いつも、ほんの少ししか食べないから。スープ、お肉、お魚、パン。少しずつ食べた。
「あーん」
楽しそうに僕に食べさせるアストリッドさんは、お肉もお魚も小さくしてくれた。僕の口に一回で入る大きさで、よく噛んで飲み込むまで待ってる。遅いのに、怒ったり叩いたりしなかった。
飲み込んだら頭を撫でて、お水のコップを渡される。一口飲んだら、また違うのを食べる繰り返しだった。僕がもらってた食事は、硬いパンと水だけ。お母さんがいた頃は、お豆やスープも食べていた。
お肉もお魚も柔らかくて、僕は驚いた。あまり噛まなくても飲み込めるの。味もすごく美味しい。昔に戻ったみたいだ。お母さんがいた頃を思い出して、胸の奥がちくっとした。
アストリッドさんも、お母さんみたいに僕を置いて行くのかな。また僕を殴ったり蹴ったりする人の中に、僕を残していく? そんなの、嫌だ。今度は僕も連れてって欲しい。きゅっと指の先で、アストリッドさんの服を掴んだ。
「もうお腹いっぱい? あと少し食べられるかしら」
首を傾げて尋ねるアストリッドさんは、紫色の綺麗な目を細めた。口元が笑ってる。僕に笑いかけてくれたのは、お母さんだけなのに。でもアストリッドさんはお母さんとは違う。
「あ、んっ」
合図を自分で言って口を開ける。まだ食べられるよ。そう示した僕に、本当に嬉しそうに笑った。黒や紫の痣が消えて、白いけど少し綺麗になった僕の手を撫でる。横抱きにしたアストリッドさんが、小さなスプーンで差し出したのは、見たことがない食べ物だった。
迷うことなく口に入れる。痛かったり苦しくなるとしても、アストリッドさんなら大丈夫。助けてくれるよね? 豆に似てバラバラに口で広がるけど、もっと小さい粒だった。同じものをアストリッドさんも食べてる。
噛むと甘くて美味しい。もぐもぐと噛んで味を確かめて、また口を開けた。すぐに入れてもらえる。アストリッドさんは、本当に僕がお腹いっぱいになるまで食べさせた。こんなに食べたの、初めてだよ。
「あり、がとう」
小さな声でお礼を言う。
「どういたしまして。どれが好き?」
小さな粒を指差す。これが一番好き。美味しいのは全部だけど、また食べたいのはこれ。
「ああ、お米が気に入ったのね。よかったわ、私の国はパンじゃなくお米が主食なのよ」
おこめ……初めて聞いた名前だった。また食べられると言われ、嬉しくなる。少しだけ笑うと、アストリッドさんが大喜びした。僕が笑っても気持ち悪いと言われなかったし、もっと笑っていいなんて。
「綺麗になって傷も治ったわ。ご飯も食べたから、この後は休憩ね」
首に手を回すよう言われて、そっと力を入れる。体が近づいちゃうし、顔も近くなっちゃう。気持ち悪くないのかな。心配する僕をさらに強く抱き寄せたアストリッドさんは、隣の部屋に続く扉を開けた。大きな四角い白い台がある。昔お母さんが使ってたベッドに似てるけど、ずっと大きかった。
「寝ましょうね、安心していいわ。ずっと隣にいるから、誰もカイを叩いたりしない」
約束したアストリッドさんが、僕を抱っこしたまま白い台に横になった。気持ちいい。すべすべして、ふかふかしてる。アストリッドさんの温かな腕に包まれ、はふっと欠伸が出た。寝るのが怖いな。起きてもアストリッドさんがいてくれますように。
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