06.ありがとうの声を絞り出した

 アストリッドさんは、僕を柔らかい白い布で包んだ。ふわふわで優しくて気持ちいい。他に白いエプロンのお姉さんが手伝って、綺麗な服を着る。アストリッドさんがさっき着ていた服みたいに、さらさらした感じだった。


 色は柔らかいピンク色。僕の目が赤いから、よく似合うって褒められ嬉しくなる。赤い眼はお父さんに似てるから、皆が嫌いだったの。一度も褒められたことがない。声もそう、お母さん以外は嫌がった。僕が笑うと叩かれたから、今も少し怖い。


 赤い目や声は平気でも、笑ったら殴られるかもしれない。この優しい人達に嫌われないよう、僕は独力しなくちゃいけなかった。頑張れる、自分に言い聞かせる。


「治療しなくては……心配しなくても一緒にいるわよ」


 治療は分からないけど、アストリッドさんがいない場所は怖い。ぎゅっと袖を握ったら、解かれて泣きたくなった。でも泣いたら嫌われる。我慢した僕の手を、アストリッドさんが握った。


 洗ったから汚れは取れたけど、僕は穢れた子なのに。


「あの……」


「大丈夫よ、心配いらないわ。この痛い傷を消してしまいましょう」


 一緒に歩いた先は隣の部屋だった。お部屋の中に扉があって、アストリッドさんが近づくとお姉さんが頭を下げて開ける。僕も慌てて頭を下げた。


 隣のお部屋も広い。大きくて立派な白い椅子があるの。横に繋がって、寝転がれそうな大きさがあった。初めて見る。


「長椅子に座ろうね。隣にいるわ」


 ふわりと脇の下に手を入れられ、抱き上げられる。アストリッドさんの首に手を回すと「いい子ね」と褒められた。左腕に座るみたいに抱っこされて、一緒に長椅子の上に乗る。


 この大きくて遠くまである長い椅子は、長椅子と呼ぶの? そっと手を伸ばして触ったら、柔らかいけどスベスベしてた。後ろにいたお姉さんに見られて、慌てて手を引っ込める。でも叱らないで笑ってる。優しい感じの目だった。


 僕が勝手に動いても叩かない。こんな場所初めてだった。アストリッドさんが僕を長椅子の上に下ろす。目の前に白い服の人が来た。目に付いてる輪っかはメガネだよ。自分が知っている物が出てきて、ちょっと嬉しい。


「こちらがアストリッド様の番様ですな? おお、おお。このように幼い子に酷いことを……治すために触れますぞ」


「じい、頼みます」


 年老いたおじいちゃんくらいの人だった。飛んでた時のアストリッドさんみたいに鱗が首にある。あと頭に細い棒が2本も刺さっていた。あれは痛くないのかな。そこで気づいた。そういえば、アストリッドさんの背中にあった羽、どこへいったんだろ。お風呂の時はなかった。


 服に付いていたのかと首を傾げる僕の手を、優しくおじいさんが触る。撫でると、変な色が薄くなった。何度も繰り返す。紫色で変な方へ曲がった痛い指が、白く真っ直ぐな指になった。少し動かしたけど痛くない。


「あ……」


 ありがとうとお礼を言いかけて、僕の声は出なくなった。勝手に話すな、化け物が! そう罵る声が蘇る。震えながら唇を噛んだ僕に、おじいさんが頷いた。


「安心してくだされ。分かっておりますとも。このじいにお礼を仰ってくださるのですな。お優しい番様じゃ」


 僕がちゃんとお礼を言えないのに、叱らない。それどころか傷を次々と消してくれた。ピンクの服で隠れた場所も、おじいさんが触ったら痛みが消える。すごい、嬉しい。ありがとう。


「あり……がとう」


 小さな声だけど、頑張って絞り出した。目を細めて、おじいさんは何度も頷いて喜んでくれる。僕がしたことで、喜んでもらえるのは嬉しかった。


「少し妬けますが、じい相手では我慢するしかありませんね」


 アストリッドさんが意味の分からない話をしたら、周囲の人がふふっと笑った。嫌な感じじゃなくて、僕も一緒に唇を緩めた。

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