幸せになれますか?
「本当にお手柄だったなユレルミっ。ボルゲン王の話では、ウィンター中に広がっていた雪だるま病は、嘘のように消え去ってしまったそうだ!」
「はわぁ……。ちゃんと上手くいって良かったです……」
朗報と共に現れた私を、ユレルミはいつも通りのすっぽんぽんと輝くような笑顔で迎えてくれた。
薄暗いが広々とした洞穴の中には干し草が敷き詰められ、貧乏神の力が発動しても、ユレルミが寒さで凍えないように工夫されている。
ユレルミがウィンターで貧乏神の力を発動してから三日が経った。
ボルゲン王の下で報告を待っていた私達の耳にも、徐々にではあるが雪だるま病の消滅が間違いなさそうだという話が届き始めていた。
「本当に良かったです……。あとは、王様が戦争を止めてくれれば……」
「そうだな……。あまり期待できそうにはないが、少なくとも暫くはウィンターの他国への侵略は収まるだろう。舌の根も乾かぬうちにユレルミとの約束を破れば、王を信じるミセリアや他の兵を裏切ることにもなる」
「そうだといいですね……」
「うむ。ところで、館から暖かい飲み物を持ってきたのだ。一緒に飲もうっ!」
安堵と不安。
二つの表情を同時に浮かべるユレルミを安心させようと、私は王やミセリアの住む館から持ってきた籠を床に置き、中からまだ湯気が立ち昇るカップを取り出した。
ユレルミのおかげで、ウィンターを襲う雪だるま病は消えた。
本当なら、ユレルミは国の危機を救った英雄として大いにもてなされてもいいはずだ。
だが……現実はそうではない。
ここには、福の神の力を持つハッピー様はいないのだ。
魔力完全遮断を持つ私を含め、ジローやバラエーナのような僅かな仲間との旅とは違い、多くの人々が集まる街にユレルミは滞在することが出来なかった。
結果として、ユレルミはこのような人里から僅かに離れた洞窟の中に押し込められている。これが〝ユレルミ自身の申し出〟でなければ、今すぐにでもこんなところ立ち去っていただろう。
「何か不自由なことはないか? 必要な物があれば、いつでも私に言ってくれ」
「ありがとうございます、エステルさん。僕、エステルさんが来てくれるのが一番嬉しいですっ」
「はぅあ……っ!? そ、そうか……それは良かった……。そう言われると、私も……とても嬉しい……」
辺りを照らすオレンジ色の光に浮かぶユレルミの笑顔。
彼の発する一言一言に、私の鼓動は激しく高鳴る。
その胸の高鳴りは、ユレルミと初めて会ったときと同じようで同じではない。
今の私は、あの時よりもずっと目の前の少年のことを知っていて、あの時よりも遙かにユレルミのことが――。
「これから、どうしますか……?」
「こ、これからというと? ま、まさか……!? け、けけ、けっこ……」
「はい。ウィンターが戦争を止めてくれたら、ハッピー様との約束もひとまずは大丈夫ですよね? そうしたら、次はどこに行くのかなって……」
「…………そ、そうだな。特に決めてはいないが、やはりサマーに行くのはどうだろう? サマーならばユレルミも風邪をひいたりすることもないし、人のいない島も沢山あるだろう? すっぽんぽんでも平気そうだっ!」
「…………」
「ユレルミ……?」
ユレルミにカップを渡し、二人で口にしている最中。
それまでずっと笑みを浮かべてこれからの話をしていたユレルミが俯く。
「エステルさんは……。僕と一緒にいて幸せになれますか……?」
「幸せに……?」
「ずっと思ってたんです……。バラエーナさんにみんなの宝物を返して貰ったり、オータムとスプリングの戦いを止めたり、ミセリアさんや王様とお話ししたり……。今まではずっと僕の貧乏神の力が役に立つ場面がありましたけど……。それがなくなったら、僕はエステルさんに迷惑をかけるだけなんじゃないかって……」
「な……っ!? そ、そんなことあるものかっ! 突然何を言い出すのだっ!?」
「でも、今だってエステルさんは僕に優しくしてくれてるのに、僕は普段の生活でエステルさんの役に全然立ててません……っ! それどころか、僕のせいで服が脱げそうになってしまったり、大切な剣を落としそうになることだって……っ」
「そんなこと、どうでも――」
そんなことどうでもいい。
そう言おうとした寸前、私はギリギリで口をつぐんだ。
なぜなら……明りの中で私を見つめるユレルミの目に、大粒の涙が浮かんでいたからだ。
「僕の父さんと母さんは、とても優しい人でした……。誰にでも優しくて、村でも慕われていて……。でも……そんな二人も僕のことは捨てるしかありませんでした……。僕が、みんなに迷惑をかける貧乏神だったから……」
「ユレルミ……」
「ごめんなさい、エステルさん……っ。でもおかしいんです……。これで僕に出来ることが全部終わったんだって思ったら……。そうしたらまた、昔と同じ嫌われ者で独りぼっちの貧乏神に戻っちゃうんじゃないかって……。すごく怖くなって……」
すっぽんぽんの姿で両足を抱え、うずくまってポロポロと涙を零すユレルミの姿に、私は今までの人生で最も辛いほどの痛みを覚えた。
分かっている。
ユレルミは、今も私のことをちゃんと信じてくれている。
もちろん私だけじゃない。
ここまで一緒に旅をしてきたジローのことも、バラエーナのことも。
新しく友達になったミセリアや、ハッピー様が教えてくれた人の優しさもちゃんと分かっているのだろう。
しかしそれでも、捨てられ続けてきたユレルミの心の傷はそう簡単には治らない。
一時は世界中の誰からも捨てられた彼が、不安になるのは当然のことなのだろう。
〝見てて下さいエステルさんっ! 僕の力はこれからもずっと……みんなのために使いますっ!〟
その時私が思い出したのは、雪だるま病をウィンター全土から消し去ったときの、ユレルミの凜々しい姿。
あんなにもかっこよくて立派な姿を見せてくれたユレルミが、今はまるで捨てられそうになっている犬や猫のように怯え、縋るような瞳を私に向けているのだ……!
そんな目で見つめられたら。
あんなにも立派で、逞しい姿を見せられたら。
わ、私は……。
私はもう――!
「なれる……っ!」
「え……?」
「私は、君と一緒でも幸せになれる……っ! というか、私は君と一緒じゃないとぜんっぜん幸せじゃないのだっ! たとえ神だとか悪魔だとかが幸せになれないとか言い出しても、私は絶対にユレルミと一緒に幸せになってやるっっ! そ、そそそそそ、そして……ッ! それを今から……しょ、〝証明〟してみせようではないか……っ!?」
「はわ!? はわわ……っ!?」
私はそう言うと、全身カチカチなりながらも立ち上がり、そのままユレルミの元に向かって一歩、また一歩と近づいていく。
「そ、そんなっ!? エステルさんもすっぽんぽんになっちゃいますっ!?」
「ふ、ふふ……フハハハッ! ど、どうだユレルミ!? 私にとっては、服やパンツや剣なんかよりも、君の近くにいられる方が圧倒的に大切なのだ……っ!」
もはや、魔力完全遮断を使うつもりはなかった。
ユレルミに近づけば近づくほど、貧乏神の力で服が勝手に脱げていくのが分かったが、私はぐるぐると目を回しながらも歩みを止めたりはしなかった。
ユレルミを少しでも安心させたかった。
私は絶対に離れたりしないと。
「ユレルミは役立たずなどではないっ! たとえ世界中の全てが君を必要としなくても、私には君がぜぇぇぇえええええったいに必要なのだ……ッ! は、初めてなのでほんの僅かにかなり恥ずかしいのだが……。君と一緒にいるためならば……私はこれから〝死ぬまですっぽんぽん〟でも構わないっ!」
「エステルさん……っ。で、でも……エステルさんのお口から涎が出てます……っ」
「はぁ、はぁ……っ! 好きだ、ユレルミのことが大好きだっ! もうこうなったら恋人じゃなくて……ユレルミのお嫁さんになるっ! なるったらなる……っ!」
「…………はいっ」
――――――
――――
――
〝ここから先は自分の目で確かめてみよう!〟
真実の書の内容を知った後だというのに。
なぜかその時の私の脳裏には、ずっと信じていたあの絵本に書かれていたその言葉が何度も何度も浮かび上がり、やがてピンク色のモヤモヤの向こうに消えていったのだった――。
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