王女様も大変です


「お話を聞いて下さり、ありがとうございました。ユレルミ様、そしてエステル」


「そんな……僕の方こそ、やっぱり皆さんに迷惑をかけちゃったみたいで……」


「ユレルミは悪くないっ! しかし、私もあの場では頭に血が上りすぎていました。姫様に止めて貰っていなければ、どうなっていたことか……」


 城内でのユレルミ捕縛騒動から半刻ほど後。


 ハッピー様の取りなしで、あの場での争いを避けられた。

 今、私はユレルミと二人でハッピー様の自室にいる。


 ジローとバラエーナはもしもの保険として城外に逃れて貰った。

 私たちはハッピー様が提案した平和的な〝説得〟という形で、時間を稼いでいる状況だ。


「〝昔のお父様〟なら分かっていたはずです。今のスプリングは、私ではなくエステルがいるからこそ守られているのだと。あの場においても、もしエステルやバラエーナさんが本気で抵抗していれば、お父様も大臣もみなボロ布のようになっていたでしょうに……」


「昔の……? じゃあ、昔の王様は今とは違ったんですか?」


「そうだな……。ユレルミは知らないだろうが、陛下が今の平和なスプリングを築いたのは、ハッピー様が生まれたからではないのだ。ハッピー様が生まれる前から陛下は善政を敷いていたし、他国との関係改善にも努めていた。だからこそ、私もあの陛下の姿には……」


「…………〝私のせい〟なのです。お父様があのようになったのは、私の……」


 部屋の窓からどんよりとした曇り空に目をやると、ハッピー様は俯き気味に呟く。


「私が福の神のスキルを持っていると分かったのは、私がまだ六歳になった頃でした。ですがそのときにお父様は私にこう仰ったのです〝ハッピーがその力を使う必要はない。そんな力を使わなくても、この国はみんなで幸せにできる〟って……」


「なんと……!? 陛下がそのようなことを……」


「けれど……事故で死ぬはずだったお母様を私が福の神の力で助けたり、スプリングを襲った大噴火を鎮めたりするのを見たお父様は、段々と私の力に頼るようになりました。昨年には、〝本当はもっと凄い力を隠しているのではないか?〟と、疑いの目を向けられて……」


「そう、だったんですね……」


 視線を窓の外に向けたまま話すハッピー様の横顔は、悲しみに満ちていた……。


 いくら力を使うなと言われていても、もし母上に迫る危険を自分の力で回避できるのなら、私だってそうしたはずだ。

 国を襲う天変地異を、黙って見過ごすことだってできなかっただろう。


 しかし、ハッピー様が良かれと思った行いが、そのような結果をもたらすとは……。


「ずっと悩んでいたのです……本当にこのままでいいのかと。今や、お父様も大臣も、皆が私の力に頼っています。私さえいれば良いと、福の神さえいれば何もせずとも国が豊かになるだろうと……」


「姫様……」


「ですが、私にはお父様や大臣たちの気持ちも分かるのです。この世には、人の力ではどうしようもないことが多すぎます。大切な人との別れ……暖かい日差しや恵みの雨……もしそれを自由に操る力があるのなら、きっと誰でもその力を使いたいと思うはずですから」


「そうだと思います……僕もエステルさんと会ってからは、こんな僕の力でも役に立てることがあるんだって知りました。みんなを幸せにできるハッピー様の力なら、もっと……」


「はい……。ですが今日、ついにお父様はユレルミ様やエステルに酷い事をしましたよね? これでようやく、私も決心がつきました」


「決心……ですか?」


 ハッピー様はそう言うと、一度私たちに目配せをして、そのまま部屋の隅……大きな暖炉の傍へと歩いて行く。


 そしてその暖炉の横でなにやらしゃがみ込むと、そこに突然人一人入れそうな隠し通路が現れたのだ!


「こんな仕掛けが!?」


「万が一のときのための脱出通路です。城の地下水路に続いているそうですが、私は使ったことがありません。ここを通って、エステルとユレルミ様はどうか城の外に」


「そんなっ。そんなことをしたら、ハッピー様が王様に怒られるんじゃ……」


「今のお父様は、私に何も言って下さいません……。いつも私の機嫌を伺ってばかりで、お叱りになることも、手を上げることも。もう、何も……」


 ぽっかりと開いた隠し通路の闇を見つめながら、ハッピー様は寂しそうに微笑む。

 

 なんということだ……。


 幸せそのものだと思っていたこの国の裏で、ハッピー様がこれほどまでに苦しみ、思い詰めていたとは……。


「さあ、早くここからお逃げ下さい。遅くなりすぎればお父様も怪しみます」


「ならば、ハッピー様も私たちと一緒に行きましょう! そうすれば、ハッピー様も自由に!」


「エステルさんっ! それ、とってもいい考えですっ!」


「ハッハッハ! そうだろうそうだろ――」


「いいえ……。私はここに残ります。突然私がいなくなれば、お父様も他の者も何をするかわかりませんから。それに――」


 私の提案にハッピー様は首を横に振ると、なんとも儚い笑みを浮かべる。


「この国に住む大勢の人々を見捨てることはできません。私はここに残り、少しずつお父様とお話ししていこうと思います」


「姫様……っ」


「だから、エステルは私のことは気にせず逃げてください。むしろ私は、エステルやユレルミ様がご自分の意思でこの国を守ってくれる方が良いと思っているのです。ウィンターのこともあります、ここでお父様のとりことなるより、自由の身となってこの国を守って下さいませ……」


「……分かりました。ならばこのエステル・バレットストーム。姫様の危機には必ずや駆けつけると約束しますっ! 必ずっ!」


「僕もっ! 絶対に助けに来ますっ!」


「くすっ、ありがとう二人とも。そしてエステル、貴方にはこれを……」


「これは……!?」


 別れ際、ハッピー様はそう言って私に〝一冊の本〟を手渡してきた。


 暗くてタイトルは確認できなかったが、私はそのまま丁重に姫様に感謝を述べると、ユレルミと共に階下へと下りていく。


「また必ず会いましょう。どうかお元気で――」


 姫様は最後にそう言うと、私たちに笑みを向けたまま静かに扉を閉じた――。


 

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