僕のせいなんですか?
「何を言っているのだ!? オータムとの争いならばユレルミが止めた! すでに彼らに戦う意思はない! それどころか彼らは国を追われ、スプリングへの亡命を希望しているのだぞ!」
「それについては既に斥候から報告を受けている。問題はその止め方だ、エステル。聞くところによれば、そこにいる少年はオータムだけでなく我が軍の装備も吹き飛ばしたそうじゃないか?」
「それは……!」
王都へと戻った私たちを待っていたのは、無数の武装した兵士とすごい数の魔術師たちだった。
身構える私の背後できゅっと唇を引き結んだユレルミと、そのユレルミを取り囲む兵士から守るように短刀を引き抜くジロー。そして魔術師に包囲されたバラエーナが様子を伺っている。
はっきり言えば力で切り抜けるのは容易いが……彼らは私が忠誠を誓うスプリングの兵士。争う相手ではないはずだっ!
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ! 俺たちの到着があと少し遅けりゃ、テメェらの軍はボロ負けだったぜッ! それを救ったユレルミたんに言うことかよ!?」
「そーだそーだ! 私だってちゃーんとこの目で見てたんだからねっ!」
「あの場で私が戦っていれば、両軍に多くの犠牲が出ただろう……ユレルミは誰も傷つけることなく戦争を止めたのだ! 武具の一つや二つ、大したことでは……!」
「そんなわけあるか! 全く、これだから脳みそまで筋肉の筆頭騎士殿の扱いは難しい。兵士の装備を揃えるのに一体いくら金がかかっているとお思いか? さらに、我がスプリングはこれからウィンターとも戦わねばならないというのに……!」
「な!? ウィンターの侵略ももう知っているのか!? ならば、尚更ユレルミを捕らえるなどという馬鹿な真似はやめろッ! ウィンターには、神の――」
「ウィンターには神のスキル、疫病神を持つ者がおる……そう言いたいのじゃろう、エステルよ……」
「っ……陛下?」
だがその時。
激しく言い争う私と大臣の前に、どこか普段とは様子の違うヨルゲン陛下が現れたのだ。
「……っ。陛下のお言葉の通りですっ! ウィンターには神のスキルを持つ者がいます! ウィンターから我が国を守るためにも、同じ神の力を持つユレルミの存在が……!」
「存在が〝邪魔〟だ……そうじゃな?」
「は……?」
「僕が、邪魔……?」
「そうじゃ。実はのう……お前たちには黙っておったが、儂が貧乏神をここに連れてこいと頼んだのは、ある〝確認〟のためだったのじゃ」
「確認……?」
「そう、確認じゃ。三つの神の力はそれぞれに干渉し合うというのでな。だからそこの貧乏神はハッピーの力でこの王都であれば服を着ることも、普通に暮らすことも出来たじゃろう。それも全て、儂らの計算通りであった」
現れた陛下は兵士の群れを左右に割り、厳かに膝を突く大臣の横に立った。
その陛下の眼光は鋭く、私が父上や母上から聞いていた〝覇王として君臨していた頃〟を思わせる威圧的な雰囲気を纏っていた。
「ど、どういうことですか!? 計算通りとは!? ユレルミは何もスプリングに対して悪意など持ってはいません!」
「貧乏神が王都に滞在している間、ずっと調べさせておったのじゃ。貧乏神の力が、ハッピーの持つ福の神の力をどの程度〝阻害〟しておるのかをのう……」
「僕の力が、ハッピー様の力を……?」
「そうじゃ。ハッピーは本当に素晴らしい力を持っておる。ハッピーがちょいと祈れば干ばつは去り、噴火は止み、空から降ってきた星すら突然方向を変えて離れていく。だがのう……儂は常々考えておった。果たして伝説に聞く福の神の力というのは、〝この程度〟なのか……とな?」
「な……っ!?」
「だってのぅ……伝説の神の力じゃぞ!? こんなものじゃないんじゃなかろうか? 本当はもっとすんごーーーーい力を隠しておるのではないか? 儂も一度はそう思ってハッピーを疑いもしたが……ハッピーはやはり良い子じゃ、そんなことをするはずがない。ならば、噂に聞く他の二つの神の力が、ハッピーの力を抑えておるのではないか? 儂はそう考えたのじゃ……!」
その陛下の言葉を、私はすぐには理解することができなかった。
だけど……。
「やっぱり思った通りじゃった! 貧乏神は儂の娘の力を邪魔する存在だったのじゃ! その証拠に、貧乏神が城におる間に儂は三回もタンスの角に小指をぶつけた! ハッピーが生まれて十五年、一度たりともそんなことはなかったのにじゃ! ぜえええええんぶ貧乏神が悪いッ! 貧乏神がハッピーの……〝福の神様〟の力を邪魔しなければ、儂はもっともっともおおおおおおおっと、幸せになれるのじゃあああああああっ!」
「お、オイオイオイ……。完全にイッちまってるじゃねぇかよ、お前の王サマ……」
「こわっ!? ちょ、ちょっと怖すぎなんだけどこの人!?」
「へ、陛下……」
――ランランと目を輝かせ、天を仰いでクルクルと回る陛下。
口の端から涎が垂れていることも気付かず、意気揚々と語って見せる陛下。
その常軌を逸した姿に……私はようやく、陛下がとっくに正気を失っていたことを理解した。
というか、なんかもう陛下の目とかグルグルになっててヤバイ……。
流石の私もドン引きだ……ッ!
「というわけだ! だが貧乏神を殺すのは簡単ではない故、まずは身柄を拘束し、速やかにスプリングから遙か離れた辺境の地へと船によって送り出す! それまで、大人しく牢に入っているがいい!」
「頼みの貧乏神も、この王都では実に大人しいもの。ハッピーの力の前では、ただすっぽんぽんなだけの美少年にすぎぬ。長年福の神として力を振るってきたハッピーと薄汚い貧乏神とでは、そもそもの格が違うのじゃ!」
「ざっ……けんなよゴルァッ!? そこまで言われて大人しく聞くと思ってんのかッ!? 俺のユレルミたんを侮辱した罪……命で償わせてやんよッ!」
「そうそう! 言っておくけど、私は財宝がなくたって人間なんかに負けたりしないんだからっ!」
「ふぉっふぉっふぉ。そこの変態とドラゴンはやる気のようじゃな。ならばエステルよ、お前はどうする? お前は我が国の筆頭騎士……よもや忠誠を誓った儂を裏切るような真似はするまいのぅ……?」
「くっ……!」
値踏みするように私を見下ろす陛下の視線に、私は思わず後ずさる。
だが……既に私の心は決まっていた。
もはやこの男は、私が忠誠を誓った陛下ではなくなってしまった。
私はユレルミが大好きだ。
私はユレルミの恋人なのだ……ッ!
ユレルミがこんな酷いことを言われているのに、黙っていることなんてできない。
ユレルミを守ると、ずっと傍にいるとついさっき誓ったばかりではないか!
ならば、私がやるべきことはただ一つ!
「私の、ユレルミに……!」
私はユレルミのために生きる。
もう決めた。
決めたったら決めた。
国を捨てて、ユレルミのお嫁さんになるっ!
ユレルミと二人で、すっぽんぽんで生きていくっ!
だってもう赤ちゃんいるしっ!
赤ちゃんもいるしっっっっ!?(確認のために二度)
「私のユレルミに、手を出すな――ッ!」
覚悟を決めた私は、あの戦場でなんとか見つけだした愛用の双剣を抜き放った。
だが――。
「――お待ち下さい、お父様。エステル」
だがその時。
混沌とする城内に、ハッピー様の声が静かに響いたのだった――。
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