第六章 捕まっちゃいました!

なにかしちゃいましたか?


「オイオイオイ! そう急いだって変わりゃしねぇよ! 少しは落ち着けッ!」


「これが落ち着いていられるかッ! 急ぎ陛下にこのことを知らせなくては!」


「頑張って飛んでるから、もうすぐお城に着くよーっ! ユレルミ君は寒くない?」


「僕は大丈夫です。心配してくれてありがとうございます、バラエーナさん」


「えへへ……」


 深い黒と青の混ざり合った夜明け前の闇。

 白い雲海を照らす星空の下、バラエーナの背に乗った私たちはまっすぐ王都へと向かっていた。


 なぜそんなことをしているのか?

 その理由は――。



「スキル〝疫病神〟――スキル福の神、スキル貧乏神と同じ、伝説に謳われる神のスキル……その〝最後の一つ〟だ。今のウィンターは、この疫病神のスキルを持つ〝何者かに支配されている〟らしい」


「や、疫病神だと……!? ユレルミやハッピー様と同じ神のスキルが、ウィンターに!?」


「そう。俺たちオータムも最初は頑張って戦おうとしたんだよ。けど、迎撃に向かった俺たちの軍三万は、一人残らず戦場に辿り着く前に突然の病気や食あたり、小指をタンスの角にぶつけて骨折したりして〝全滅〟したんだ……」


「馬鹿な……それが疫病神の力だというのか!? もしそうだとしたら、どの国だろうとウィンターには勝てないではないかッ!?」


「そうだよ、勝てない。だから俺たちは、最後の希望に縋ってスプリングを攻めたんだ。サマーには小さな島しかないし、オータムの民を住まわせるにはあまりにも環境が違うからさ」


「そういうことだったのか……」



 ――というわけだ。

 

 ウィンターが攻めてくると。

 ユレルミと同じ神のスキル……疫病神を持つ何者かが攻めてくると。


 オータムの筆頭騎士オヴァンは、私にそう伝えたのだ。


「ウィンターがオータムを攻めて満足する保証などどこにもない! しかもオヴァンは、ウィンターとオータムの国境が今は悪天候で封鎖されていると言っていた。これでは、ウィンターが我がスプリングに狙いを変える可能性もあるっ!」


「教えて下さいエステルさんっ! その疫病神って……いったいどんな力なんですか?」


「それが私も詳しくは知らないのだ。ただ、君を探す旅に出発する前に一度だけ宮廷魔術師から説明を受けていてな」


 この地には、死した〝神の骸〟が眠ると。


 神の数は三つ。


 恵みと幸福をもたらす神。

 循環と喪失をもたらす神。

 不幸と試練をもたらす神。


 その神の骸より生まれた力をスキルと呼ぶと。

 数多のスキルの中で、最も色濃く神の力を宿した物を神のスキルと呼ぶと――。


「三人の神さま……じゃあ、僕の貧乏神の力も……」


「ハッピー様が幸福の神とするなら、恐らくユレルミの貧乏神は残りの二つ、どちらかの神の力なのだろうな。オヴァンの話を聞く限り、きっと私でも太刀打ち出来ないだろう……」


「疫病神さん……」


「…………」


 私の話を聞いたユレルミは、なんとも辛そうな表情で櫓の中から流れていく夜空を見つめた。


 私はユレルミの、こ、恋人……だ。

 恋人だって言ったら恋人なのだ。

 だから、その時の彼の気持ちは私にもなんとなく分かった。


 きっと、貧乏神として厄介者扱いされてきたユレルミには、疫病神がその力で世を混乱に陥れている気持ちが分かるのだろう。

 

 私が知る限り、ユレルミはたしかに限りなく天使のような優しい心を持ってはいるが、決して天使などではない。


 貧乏神の力のせいで何度も傷つき、傷つけられ、辛い目に遭ってきた。


 ユレルミは決して口には出さないが……きっと、そんな自分を傷つける相手を……この世界そのものを、貧乏神の力で酷い目に遭わせてやろうと思ったことは何度もあったのではないだろうか。だけど――。


「ユレルミ……私は君が大好きだ。これから先に何があろうと、私が絶対に君を守ってみせるっ!」


「エステルさん……」


「ちょ!? テメェいきなり抜け駆けしてんじゃねぇぞゴルァ!? お、おおおお、俺だってユレルミたんのこと、あ、あああああ、あい、あいあいアイシテ……!」


「きゃー! エステルかっこいいー! なら私も、ユレルミ君のことも、エステルのことも、ジローのことも守るから! だってみんな私の大切な友だちだしっ! ねー!」


「ありがとうございます、ジローさん、バラーエナさんも……っ。僕も、皆さんのことが大好きですっ!」


 言って、ユレルミはその大きなくりくりとした瞳に涙を浮かべて微笑んだ。


 そうだ……。

 ユレルミは〝そうしなかった〟。


 たとえどんなに辛い目に遭ったとしても……ユレルミはたった一人、すっぽんぽんで堪え忍んでいた。


 それはただ運が良かっただけなのかも知れない。

 もっと長い年月が経っても、ユレルミがそうだったかは分からない。


 だけどそれでも、ユレルミは今こうして私たちと一緒にいる……誰も傷つけることなく、優しいままで。


「疫病神を止められるとしたら、同じ神のスキルを持つユレルミかハッピー様だけだ! ウィンターの侵略を止めるためにも、一刻も早く城に戻り対策を練らねば!」


 私はそう意気込むと、ようやく見えてきた王都の街並みめがけて仲間たちとともに降り立っていったのだった――。



 ――――――

 ――――

 ――



「貧乏神ユレルミ。貴様をスプリングへの反逆罪で捕縛する!」


「え……?」


「なん、だと……っ!?」


 だが……。

 

 城に戻った私たちを待っていたのは、無数の武装した兵士たちと、私が見たこともないような悪人顔でニヤつく大臣の姿だった――。 


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