裸なら大丈夫です!


「それで、なぜ突然オータムは攻め込んできたのだ?」


「聞いてくれエステル! 俺たちにも涙無しには語れない理由があったんだ! だけど、まさかスプリングが福の神だけでなく貧乏神まで手に入れていたなんて!」


「ユレルミを物のように言うなッ! 少なくとも、陛下にはユレルミを侵略に利用するお考えはない! その証拠にお前たちだけではなく、我が軍も武装解除しただろうっ!」


「まあね。突然スプリングの奴らがすっぽんぽんになったときは、愛機の故障かと目を疑ったよ。その後すぐに俺のゴーレムもバラバラになってしまったけど!」


 ユレルミの力によって、正真正銘全てが吹き飛ばされた戦場。


 すでに日は落ちた。

 今はあちこちで両軍を交えた宴の火が上がり、どこまでも続く夜空を明るく照らしている。


 私はとりあえずその辺にあったサイズの合う服を身につけると、我が軍の指揮を取っていた将軍とオータムの筆頭騎士であるオヴァンに話をつけ、時限付きの休戦を結ぶことにも成功した。


 これも全て、ユレルミのおかげだ。


 突如として両軍の前に現れたすっぽんぽんのユレルミ。

 そのあまりにも穢れなき神々しさは、武器も鎧も何もかもを失い、極度の緊張から解放された兵士たちの目にはまさしく神か天使として映ったらしい。


 ついでにいうなら、突如として戦場に舞い降りた白龍……バラエーナとセットだったことが、より一層ユレルミの神々しさと迫力に拍車をかけたようだ。


 結局、極度の緊張と興奮状態をすっぽんぽんによって霧散させられた両軍は戦いを止め、ほどんど全員がすっぽんぽんのまま、共に火を囲んで宴を開いているというわけだ。


「しかし、まさか伝説に聞く恐ろしい貧乏神が、あんなに可愛らしい少年だったなんて……。しかも聞くところによると……彼は〝君の恋人〟なんだろう?」


「ぶふぉっっっ!? き、貴様……ッ! なぜそれを知っている!?」


「ははっ! やっぱり!? ごめんごめん、今のは君をのさ。相変わらず君は騙されやすいな!」


「ぬおおおおお!? 私を罠にはめたというのか!? 許せんッッ! その首もらい受けるっっ!」


「い、いいじゃないかこれくらい!? それに、君たちはずっと裸で抱き合ったまま俺たちの上を飛んでいたんだぜ!? こういうのもなんだけど、俺以外の奴らもみんなそう思ってると思うんだけど……」


「ば、馬鹿なーーーーッ!?」


 からかう様子のオヴァンを前に、私はあまりの恥ずかしさに絶叫することしか出来なかった。

 

 この男、オータムの筆頭騎士であるオヴァン・ボルケノスはいつもこうだ。

 いつも何かしら私を罠にはめ、封じようと画策してくる。


 前などは、地下数百メートルにも及ぶ落とし穴にまんまと落とされたこともあったが、すぐによじ登ってボコボコにしてやった。いまいちつかみ所のない奴だ。


「お似合いの二人じゃないか。スプリングどころか大陸でも最強の女騎士エステルと、心優しい貧乏神の少年のカップルなんて。まだ彼とは少ししか話してないけど、本当に良い子だったよ」


「む、むぅ……。それは……そのとおりだ」


 オヴァンのその言葉を受けた私は、すぐ傍の広場で美味しそうに料理を食べるユレルミに目を向けた。


 そこでは葉っぱ一枚だけを身につけた兵士たちとユレルミが、楽しそうに談笑している。

 それは私が初めて見る、ユレルミが自然に大勢の人々とふれ合い、言葉を交わす姿だった。どこからどう見ても感動のシーンだった。


 だが、私はその光景を見ながら全く別のことで頭がいっぱいだった。

 

 そう。

 そうなのだ――!


 実は私はこのとき、〝あること〟に気付いてしまったのだ……ッ!


 最初から何も持っていなければ。

 

 たった今ユレルミとにこやかに話す、すっぽんぽんの兵士たちのように。

 先ほどユレルミに抱きしめられた私のように……初めから失う物なんてなければ。


 特殊なスキルや力などなくても、誰もがユレルミと気兼ねなく話せるのだ! 

 最初からすっぽんぽんなら、私も必死こいて魔力完全遮断なんて使わなくていい。


 そ、それはつまり……私がすっぽんぽんなら同じくすっぽんぽんのユレルミと思う存分すっぽんぽんで……ずっとすっぽんぽんぎゅっぎゅできるということ……っ!


「うぇっへっへ……っ!」


「ちょ……!? ど、どうしたんだいきなり!? 君ともあろう者が、そこらへんに転がってる〝下品な山賊親分〟みたいに笑ったりして!?」


「はぅあ!? し、しまった……! つい欲望が漏れて!?」


「へ、へぇ……? その様子だと、どうやら二人の仲はすごく順調みたいだ。祝福するよ、君と何度も剣を交えたオータムの筆頭騎士として」


「そ、そうか……! 感謝するっ!」


 そう言って和やかに微笑むオヴァンに、私は赤面しつつ礼を言った。

 今のオヴァンには、先ほどまでの鬼気迫る姿は一切残っていない。


 だが……。


 だが、それだけに私は気になっていた。

 この男もオータムの兵士たちも、基本的には争い向きの気性ではないのだ。

 

 日和見で、国のために死ぬくらいなら簡単に降伏するような……。

 そのような彼らが、なぜあれほどまでに鬼気迫る勢いで攻めてきたのか……。


「……俺たちだって戦いたくて戦ってたわけじゃないんだ。スプリングには〝福の神の姫〟がいる。まともに正面からぶつかったって、力押しじゃ勝てないのは分かってた……」


「ならば、なぜ……?」


「〝ウィンター〟だ。オータムは今、北のウィンターから攻められてる。今は北側の気候が荒れて攻撃が停滞してるが、きっとすぐに奴らは進軍を再開するだろう」


「ウィンターが……? だが、それならなぜオータムはウィンターと戦わず、スプリングを攻めた!? 国の守りはどうした!?」


「そんなことをしても〝無駄〟だからさ。オータムはウィンターには勝てない。たとえ〝福の神の姫〟がいたとしても、スプリングに全力で挑んだ方がまだ勝てる見込みがある……俺たちはそう判断したんだ」


「馬鹿な……! 資源も人もいないウィンターが、それほどの強国になっているなど初耳だぞ!? 一体なにが……」


「あるじゃないか。〝突然国そのものが強くなる方法〟が。君たちスプリングが手に入れた力を、ウィンターも手に入れたのさ――」


 オヴァンは真剣な眼差しでそう私に言うと、一度目を閉じた後で、両軍の兵士に囲まれて幸せそうな笑みを浮かべるユレルミを静かに見つめた――。




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