みんな裸なら平気です


「貧乏神ユレルミの名において命じる……ここにいる〝全ての人の所持品〟を……没収しますっ!」


 広大な草原を埋め尽くすスプリングとオータムの軍勢。

 その全てに向かって放たれたユレルミの力は、まるで草の上を渡る涼風のように穏やかに、しかし一瞬にして放射状に広がっていった。


 必死で戦いを続ける兵士たちはまだ気付いていない。

 この先に待つ、自分達の運命に!


「殺せ殺せえええええ――ッ! 全員ぶっころせ……って、なんだこりゃあ!? スプリングの奴らがいきなりすっぽんぽんに!?」


「ち、違う! 俺たちの鎧も……剣も服も、勝手にどっかに飛んで行っちまうっ!」


「なんだこりゃあああ!? パンツは、パンツは勘弁してくれええええ!」


「恥ずかしいいいい! こんな大勢に裸を見られたら、お嫁にいけなくなっちまうよおおおお!」


「なんだこれはああああ!? オータムの新兵器か!?」


 彼らの身に異変が起こるまで、数秒とかからなかった。

 ユレルミの力は、見渡す限りを埋め尽くす大軍勢全てに効果を及ぼし、剣も盾も、銃も大砲も。服も下着も何もかもを遙か上空めがけて吹き飛ばしてしまった。


 だが――。


「っておいおいおいおい!? 俺の服まで飛んで行っちまったっ!? これじゃユレルミたんに俺のすっぽんぽんが見られちまう! きゃっ……恥ずかしいっ!」


「わわわ! そういえば、ここにいる〝全員の持ち物を没収〟って言ってたもんね! だから私たちの服もなくなっちゃうんだっ! さ、さすがにそれは私も恥ずかしいから~……ドラゴンに戻るねっ!」


「ドラゴンの格好ならすっぽんぽんでも恥ずかしくネェのかよッ!? どういう理屈だそりゃ!?」


「ぐぎぎぎぎぎッ!? こ、これは無理だ! ユレルミの意思で発動した貧乏神に晒されるのは初めてだが、と……とてもではないが、私の〝魔力完全遮断〟でどうこうできるレベルではない……ッ! 私も、すっぽんぽんになってしまう……っ!」


 だが今回の貧乏神はそれだけで終わらなかった。

 恐らくユレルミも説明している暇がなかったのだろうが、なんと兵士たちと同時に私たちの服も脱げ始めてしまったのだ!


 ジローなどはなんの抵抗も見せずに一瞬ですっぽんぽんだし、バラエーナは即座に本来のドラゴンの姿へと戻ることで難を逃れた。


 私も自らのスキルで抵抗を試みたのだが……それは全てを押し流す濁流に呑まれる枯葉のように無力だった。


 鎧の留め具はするりと外れ、掴もうと伸ばした私の手からまるで意思を持つかのように不自然な動きですり抜けていく。


 ベルトも、パンツも、まるで摩擦を失ったようになんの抵抗もなく離れていく様は、正しく神の力だった。


 なんという力……!

 なんという力だ……!


 ユレルミは以前私にこう言っていた。

 

 誰も傷つけたくないと。

 貧乏神の力で、誰かに迷惑をかけたくないと。


 ユレルミはずっと自分の力を抑えていた。


 ハッピー様の力でユレルミが服を着れたのも、福の神の力を遠慮せず解放し続けていたハッピー様と、必死で抑えようとしていたユレルミに力の差が生まれていたからだ。


 今、初めて晒されるユレルミの真の力。

 最後まで確保していた双剣すら吹っ飛ばされ、私はついにすっぽんぽんになる。


 もうダメだ。


 父上、母上……申し訳ありません。

 エステルは……(乙女的に)ここまでです……。


 しかし……私が全てを諦め、羞恥の涙を零したその時――!


「エステルさんっ!」


「えっ!?」


 何もかもが乱れ飛ぶ阿鼻叫喚の戦場。

 すっぽんぽんになった私は、細いけど力強い……すっぽんぽんのユレルミの腕の中に強引に抱きしめられ、包まれていた。


「ほあっ!? ほあああああああああっ!?」


「ごめんなさいエステルさんっ! 次からは気をつけますっ!」


「はわわわわわわわわわわ!? オギャアアアアアアア!?」


「えへへ! なら、二人を運ぶのは私に任せてっ! ジローも私の尻尾に掴まっててね!」


「俺は尻尾かよッ!?」


「はい! お願いします、バラエーナさん!」


「ほあ!? ほあ!? ほあああああああああああ――っっ!?」


 うむ……。


 というわけで、そこからのことはよく覚えていない。


 薄れ行く意識の向こうで、兵士たちがユレルミのことを〝天使〟だとか、〝神の降臨〟だとか騒ぐ声が聞こえた気がするが……そんなことは私にはもうどうでもよかった。


 ユレルミはとても暖かだった。

 そして力強く私のことを抱き留めながらも、とても優しかった。


 二人ともすっぽんぽん。

 密着する肌の全てから、私への気遣いが伝わってきた。


 私はバラエーナの上で必死にユレルミにしがみつきながら、色んな感情がごちゃ混ぜになって叫んだり泣いたり、とにかく酷い醜態を晒してしまった気がする。


 ああ……気持ちよかったなぁ……。

 最高だったなぁ……。


 この世に天国があるのなら、そこはきっとユレルミの腕の中。

 私はこれから死ぬまで、そう断言し続けることだろう。


 またしたいなぁ……。

 ユレルミと、すっぽんぽんでぎゅっぎゅしたいなぁ……!?


 私はそんなことを考えながら、全てが終わるまでずっとユレルミの胸に全身を埋めてくんかくんかちゅっちゅちゅっちゅしていた。


 やがて私が興奮のあまり限界に達して気絶し、そこから目を覚ましたとき。


 ユレルミの力で一人残らずすっぽんぽんにされたスプリングとオータムの戦争は、よく分からないがすでに終わっていた――。







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