戦いを止めて下さい!


『ぎえええええええ! 殺せええええええ! スプリングの奴らを皆殺しにしろおおおお!』


『オータムのボンボンどもが生意気な! 我らの刃で豚の餌にしてくれるわ!』


『ぎゃあああああああ!』

『おおおおおおおおお!』

『ヒャッハーーーーー!』


「うわぁ……」


「うぅむ……酷いなこれは!?」


 ここはオータム対スプリングの激戦の舞台となっている西の大草原。

 目の前に広がる凄惨な光景に、ジロー以外の私たちは全員言葉を失った。


 鬼気迫るオータムの軍勢。その攻勢は苛烈の一言。

 私の知るオータムはもっと気が抜けた弱兵だったはずだが、今の彼らからはそんな弱腰など微塵も感じられなかった。


 だがしかし、我がスプリングもまた現時点で四国最強の国力と武力を誇る大国だ。

 津波のように迫るオータムの軍勢は、見事に整えられた我が軍の防衛ライン前で次次と傷つき、血を流して倒れていく。


 しかしそれでもオータムは止まらない。

 味方の兵を踏みつけ、少しでもスプリングに攻め入ろうと襲いかかる。

 

 それは、私の知る戦争とは全く様相の異なるものだったのだ。


「ちょ、ちょっとエステルっ! 人間っていっつもこんなヤバイ戦いしてるの? ドン引きなんだけどっ!?」


「いや、そんなことはない。というか、むしろオータムこそ一番こんな戦いはしない国のはずなのだが……」


「こいつは俺の見立てが外れたか? オータムの奴ら、スプリングに攻めてきたって割には、まるで〝何かから逃げてる〟みてぇな勢いじゃねぇか……」


「もしそうなら、オータムで何かが起きたのかもしれんな……」


「でも……それでも、こんなのって……」


 高台から見下ろす戦場の光景に、ユレルミが辛そうな声を漏らす。

 ジローの言う通り、オータムの攻勢は常軌を逸している。


 無防備に正面から突っ込むだけで、作戦もなにもあったものではなかった。

 しかも数が多い。


 今はまだ我が軍もなんとか持ちこたえているが……もしここから見えるオータムの軍勢全てがこのような勢いで攻めてくるのであれば、とてもではないが耐えられないだろう。


「なにか理由があるのなら、教えてくれればいいのにねー……。って、エステルはそういう話は聞いてないの?」


「うむ……私も道中でジローが話した内容と大差ないことしか知らん。そもそも大臣も陛下も、オータムがこれほど苛烈に攻めてくると知っていたのなら、もっと色々と作戦を――」


「あっ! あそこを見て下さいエステルさんっ!」


「むむっ!? あれは!?」


 その時。

 櫓から身を乗り出したユレルミが指差した一帯に、巨大な火柱が上がった。


 要塞のような我が軍の陣地がその爆発で破られ、オータムの軍勢が一気に雪崩れ込んでくる。


 そしてその炎の向こう。まるで壁のような火柱を突き抜けて、〝巨大な金属製の人型〟が姿を現わしたのだ!


『行けぃ、オータムの精鋭たちよ! スプリングの陣はこのオヴァン・ボルケノスが打ち砕いた! 祖国のために、必ずや勝利を!』


「うおっ!? あれが噂の〝オータムの筆頭騎士〟かよッ!? なんつーデカさだ!?」


「ほんとだー! 私ほどじゃないけど、赤ちゃんドラゴンくらいはあるねっ!」


「オヴァンめ、やはり出てきたか!」


 突如現れた巨大な金属製の人型。

 それはオータムの筆頭騎士、オヴァン・ボルケノスが乗り込む30mほどの機動ゴーレムだ。


 全身甲冑をそのまま巨大化したような見た目をしているが、その巨体は見上げるほど大きく、体のあちこちから火の玉や雷を撃ってくる。


 実はオータムは元より希少な金属や資源が豊富に取れる国だった。

 あのゴーレムのような魔力によって動く様々な兵器も、それら希少な金属からオータムの技術者たちが作り出したと聞いている。


「こうなってしまっては、もはやここから見ているわけにもいかん! ジロー、バラエーナはユレルミを頼む! 私はこの戦場に片をつけてくる!」


 私は背中から櫓を外すと、愛馬コクオーの手綱を握って勇ましく戦場へと飛び込もうとした。だが――。


「待って下さいっ! 僕がやりますっ!」


「ユレルミ!?」


 だが私のその突撃は、ユレルミの決意に満ちた声によって制された。


「こんな場所にエステルさんが飛び込んだら、オータムの人たちは本当にみんな死んじゃいますっ! それにさっき言ってたじゃないですか、オータムの人たちにもなにか理由があるのかもって……!」


「ゆ、ユレルミたんの気持ちも分かるけどよぉ……! 元から戦争なんざ、大なり小なりこんなもんだぜ! アイツらの理由が分かったところで、すぐにまたヒデェことになるのがオチだ!」


「それは僕だって分かってます……。でもそれでも、エステルさんやバラエーナさんが行くより、僕がやった方がいいと思うんです。お願いします……っ!」


「ユレルミ……」


 強い言葉だった。

 

 出会った頃のユレルミからは考えられないような、力強い思いが込められた言葉。

 その言葉を聞いた私はユレルミのしようとしていることを理解し、静かに頷いた。


「わかった! ならば、君の道行きは私が切り拓こう!」


「エステルさん……!」


「マジかよ!? こんな目立つ場所でユレルミたんがおおっぴらに力を使ったら、ユレルミたんが貧乏神だってことも大陸中に知れ渡っちまう! そうなりゃ、きっとろくでもねぇことになるぞ!?」


「構わんッ! たとえこの先にどんな困難があろうと、たとえ誰が現れようと! ユレルミのことは……この私が絶対に守ってみせるっ!」


「わぁ……! エステルかっこいいーーーーっ! なら、私も二人と一緒に控えめについていくねっ!」


「くそが! その言葉、絶対に忘れるんじゃねぇぞ!?」


「無論だ! ユレルミは私のだ、だだ、大好きな……こい、こいこいこいこい……恋人なのだからなッ!」


「はいっ! 僕も……エステルさんのこと大好きですっ!」


 ふおおおおおおおおおおおお!?

 うーーーーれーーーーしーーーーいーーーー!?


 うれしいうれしいうれしいうれしい生きてて良かったバンザーーーーイ!


 フハハハハハハ……!

 ユレルミに〝大好き〟と言われた私に、もはや恐れる物などなにもないのだッ!


 ユレルミと想いを通じ合い、興奮のあまり全身から大量の蒸気を放出した私は、そのままの勢いで双剣を抜き、一気にコクオーを走らせた。


 その後にジローとバラエーナも続き、私たち四人は一丸となって戦場の中心めがけて突撃を開始する――!


「行け、ユレルミ! 君の思うままに! 私は君がそうあれるように……これからもずっと傍にいるっ!」


「いきますっ! 貧乏神ユレルミの名において命じる……ここにいる〝全ての人の所持品〟を……没収しますっ!」


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