どうして戦うんですか?


「くっそムカつくぜッ! 大臣の野郎……戦争を止めてこいって、行くのは俺たちだけかよッ!?」


「うう、戦争って人間同士で殺し合うんだよね? キラキラしたものは好きだけど、出来ればあんまり見たくないかも……」


「心配するな二人とも。私がいればオータムごときに後れを取ることはない! それに、今まで私が戦場に赴くときはいつも一人だった。今回こうしてユレルミやジロー、バラエーナと共にいられて心強く思う!」


「馬鹿かテメェは!? お前もユレルミたんも国の奴らに良いように使われてるだけじゃねぇか! せっかく普通に暮らせるはずだったユレルミたんも、また〝一切の穢れなき白雪のような染み一つない肌の天使の化身とも言える裸体〟を晒すことになっちまってよぉ……!」


「…………」


 パッカパッカと三頭の馬に揺られながら、私とジローとバラエーナの三人は王都を離れ、一路オータムとの国境を接する西の大草原へと向かっていた。


 私の背には今までのよりも頑丈で快適な作りになったユレルミ用の櫓が背負われている。当然、私とユレルミ、そしてこの櫓の重さを全て引き受ける我が愛馬もまた、スプリングでも最強と名高い全長四メートルほどの〝コクオー〟と呼ばれる馬だ。


「ごめんなさい、ジローさん……。戦争を止めに行くって言ったのは僕なんです……だから、エステルさんはなにも悪くありません」


「はぅあ!? ゆ、ユレルミたん……! いや、俺はそんなつもりじゃ……」


「そっかー……。ユレルミ君とっても優しいもんね」


 執拗に私を責めるジローに、ユレルミは懇願するような瞳で櫓から顔を出した。

 振り向く私からはユレルミの表情全ては見えないが、それを受けたジローの慌てっぷりは相当なものだった。


「大臣さんは、僕が戦争に行けば〝誰も傷つかずに争いを止められる〟って仰っていました。僕もそれはそうかなって思って……お城の皆さんにはとても良くしてもらったし、僕の力がお役に立てるなら……」


「私も最初は止めたのだ……。なんといっても、今やユレルミは私の、だ、だだ、だだだ、大事な……こ、恋人ッッ!? だからな……!? だが……そうなれば戦場には私が一人で向かっていただろう」


「僕だって、大好きなエステルさんが一人で危険な目に遭うなんて耐えられません。だから僕たち二人で相談して、それなら一緒に行こうって……」


 櫓の中から可愛らしい頭だけを突き出し、ユレルミは振り向く私に向かってはにかむような笑みを向ける。

 その笑みを受けた私の脳内は一瞬でバラ色に染まり、今すぐにでも全力で抱きついてくんかくんかくんかしたい衝動に駆られた。


 だ、だが我慢……ッ!

 今は我慢だエステル……!


 ここはすでにハッピー様の力の範囲外。

 もし全てを捨ててユレルミに抱きつけば、〝私もすっぽんぽん〟になってしまうのだ!


 お互い服を着ていてもわけがわからなくなるほど気持ちいいのに、こ……これがもしお互いすっぽんぽんだったらどうなる……!?


 え……? 

 あれ……?


 もしすっぽんぽんでくっついたら、どうなっちゃうんだろう……?


 き、きっと……絶対に、すごく……。


 ご、ゴクリ……ッ。


「きゃー! きゃー! そっかそっかそうだよねーっ! もう二人は恋人同士なんだもんねっ! うわーいいなー! ちゃんと気持ちも通じ合って、とってもラブラブって感じっ! うらやましーいーーーっ!」


「チッ……! わーったよ。テメェとユレルミたんが二人で決めたってんなら文句はねぇ」


 妄想の世界に勢いよく羽ばたこうとした私を、ジローの珍しくしおらしい物言いが引き戻す。

 私はジローのその言葉に驚きつつも、なんだかんだでいつも支えてくれるジローに感謝の気持ちを示した。


「すまんな、ジロー……。出会ってから今まで、お前には世話になってばかりだ。その上ユレルミと私の仲を後押しまでしてくれて……感謝している」


「へっ、まぁな……。俺もユレルミたんにとっての〝女のパートナー〟はテメェってことで文句はネェ。俺は残ってるユレルミたんの〝男のパートナーの座〟を頂くからよぉッ!」


「……? ……?? そ、そうか。うむ……頑張ってくれ!」


「ヒャッハハハ! ありがとよ変態女ッ!」


 ジローが言ってることはよくわからなかったが、とりあえず喜んでくれたようだし良かったということにしておこう。


「けどさ、その〝オータム〟ってどんなところなの? ここにはエステルがいるって知ってるのに攻めてくるなんて、とっても勇気あるなーって思うんだけど」


「オータムは四つの国の中ではスプリングに次いで豊かな国だ。ヨルゲン陛下が王となる前は、スプリングよりも栄えていたと聞いている」


「それくらい俺だって知ってるぜ。最近ジジイだったオータムの王が死んで、まだガキの王子が新しい王になったばっかりだったはずだ。大方、そのガキが分かりやすい自分の成果を作りたくて攻めてきたんじゃねぇのか?」


「理由はわからん。だが、オータムには私とも良い勝負をする魔法騎士が一人いる。今のところそいつに負けたことはないが、油断はできん!」


「僕もエステルさんのために、できる限り頑張りますっ。日々の暮らしに困ってないのに、自分たちが傷ついてでも誰かから奪おうとするなんて……絶対におかしいですから……」


「そうだな……。私もそう思うよ、ユレルミ……」


 ユレルミの強い意志を秘めたその言葉。


 その憂いを秘めた横顔に、私はまたしても今すぐ全力で彼を抱きしめてペロペロしたい欲求を必死で抑える。

 そして、そんな心優しいユレルミが少しでも傷つかないことを祈りながら、オータムとの戦地へと歩みを進めた――。



 

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