どこに行きますか?


「待ってたぜぇ! こっちだ、変態女ッ!」


「ジロー! すまない、完璧なタイミングだ!」


「ユレルミ君も急いでー! ちゃんとユレルミ君の〝お家〟も持ってきてるからね!」


「は、はいっ。ありがとうございます!」


 ハッピー様の部屋から続く隠し通路を抜けた先。


 地下水路を中程まで進んだあたりで宮廷魔術師たちの索敵魔法にひっかかった私たちは、大勢の兵士に追われたまま、城をぐるりと囲む川へと飛び出した。


 そこにはなんとすでにジローとバラエーナが私たちを待っており、そのまま私とユレルミを抱えて一気に上空へと連れ去ってくれた。


「姫さんから使いが来てな。オメェとユレルミたんがあそこから出てくるって教えてくれてたんだよ!」


「そうだったのか……。姫様は、私たちのためにそこまで……」


「てっきり、あのお姫様もエステルやユレルミ君と一緒に逃げてくるのかなって思ってたんだけど……」 


「ハッピー様は、王様や国のみんなを見捨てられないって仰ってました……。だから、自分は残るって……」


 一瞬で魔術師たちの射程外へと逃れると、私はいつものようにバラエーナの背でユレルミ用の櫓を背負い、彼が入りやすいように背を向けてかがみ込む。


 私もユレルミも、ハッピー様から受けたご恩と思いを忘れたりはしない。

 

 たとえ騎士ではなくなり、国から追われた身になろうとも、スプリングが我が祖国であることに変わりはないのだ。


「姫様は、私たちにも共にこの国を守って欲しいと仰っていた……。陛下はあのようになんともいえない〝アレな有様〟になってしまったが……私は姫様の思いに報い、スプリングのために出来ることを成そうと思うっ!」


「オイオイ。そう意気込むのはいいけどよ、具体的にはなにをどうすんだよ?」


「ウィンターにいる、疫病神の力を持っている人を止める……そうですよね、エステルさん」


「うむっ! ハッピー様の福の神の力は天変地異を鎮めたり、疫病の蔓延を防ぐことは出来るが、人の持つ悪意のような直接的な意思を防ぐことはできない。疫病神が攻めてくるのならば、それをなんとか出来るのは私たちだけだっ!」


「へー! そうなんだっ? じゃあどうすればいい? このまままっすぐ北に向かえばいいの? 私、スプリングから出たことってないから楽しみーっ!」


「ああ! 疫病神さえなんとかすれば、もはやウィンターにオータムとスプリングを攻める力はないはずだ! このまま一気にウィンターに討ち入り、疫病神を――!」


 と……威勢良く腕を振り上げた私は、そこでふとあることに気が付いた。



 あれ?



 疫病神を?

 疫病神を……どうすればいいのだ?


 倒す……もしくは息の根を止めるのは恐らく難しいだろう。

 なぜなら、ここにいるユレルミがなかなか死ねないと教えてくれているからだ。


 ならば捕らえるか?

 もしくはどこかに閉じ込めてやろうか?


 うーん……それもどうだろう?


 オヴァンの話を聞くに、疫病神はぜーーったいにユレルミのような天使じゃない!

 きっと見るも恐ろしい、悪魔のような心を持っているに違いない!


 そんな恐ろしく凶暴な神スキル持ちを捕らえておける場所なんてあるのか?

 深さ数千メートルの落とし穴くらいなら、この私でも軽々とよじ登れるのに?


 あれ?

 もしかしてこれって詰んでるんじゃ……?


「えーっと……どうしよう?」


「オオオオオオイ!? この脳筋騎士改め脳筋女っ! 結局なんも考えてねぇんじゃねぇかよ!? どうすんだよ!? 〝なんとか出来るのは私たちだけだっ!(キリッッ)〟 じゃねぇぞ!?」


「えぇい! 黙れこのほぼ全裸の変態め! 少し待て! ちょ、ちょっと考え中なだけだ! ゆ、ユレルミにはなにかいい考えはないか!?」


「ど、どうしましょうエステルさんっ。僕も自分ならどうされたら困るか考えてみたんですけど、全然思いつかないですっ!」


「ぬわーっ!? ほんっとうになんと厄介な! 私の持つ〝魔力完全遮断〟だって、大陸中を探しても並ぶ者がないと言われるほどのレアスキルなのだぞ!? それを軽々上回る力を人一人に背負わせるとは……!」


 なんということだ!

 このままではスプリングを救えないではないか!?


 あっけなく当初の目論見が崩れ去り、私はバラエーナの背で頭を抱える。


 いつもは私が敵に突っ込んでボコボコにすればそれで終わりだったのだが、ユレルミや疫病神のように、私の力を超える相手にそれは通じない。


 こんなことになるのなら、もう少し真面目に勉強とかしておくのだった!


 脳裏に子供の頃に山のように詰まれた0点のテストの山を思い浮かべると、私は深い後悔に苛まれる。


 だが――。


「んーー……ならさ、私のパパとママに聞きに行ってみない? 私のパパとママってとーっても長生きだから、ユレルミ君の力や、そのやくびょーがみ? っていう力のことも知ってるかもっ!」


「マジかよ!?」


「なんと!? いいのか!?」


「もちろんっ! だってみんなは私に初めてできたお友達だもん。パパとママにも紹介しないとねっ!」


「バラエーナさん……っ! ありがとうございますっ!」


「そうと決まれば、早速バラエーナの父上と母上の元に向かおう! いつウィンターがスプリングに攻めてくるかわからん! 神の力への対処法……ぜひとも聞かせてもらいたいっ!」


「おっけー! しっかり掴まっててねっ!」


 バラエーナの提案を聞いた私は、ひしゃげそうになっていた心を一瞬で立て直すと、今度こそ腕を振り上げて威勢良く宣言した。


 そうだ。


 もし疫病神を封じる方法を知ることが出来れば、ユレルミの貧乏神もコントロールすることが出来るかもしれないではないか。


 それなら祖国も救えるし、最愛の恋人の苦しみもなんとかできるかもしれないっ!


 私はそんな期待に胸を躍らせながら、駆け抜けていく夜風の感触に身を委ねたのだった――。


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