一緒がいいんです


「そ、それで……どうだ?」


「え? なにがですか?」


「いや、その……ユレルミにとっては久しぶりだったのではないか? 服を着たのもそうだし、風呂にも入ったのだろう?」


 ほんのりと光るロウソクの明りに照らされ、私はユレルミと並んで豪華なベッドの上に腰掛けていた。


 それは、互いの肩が触れるかどうかという距離。


 すぐ横に目を向ければ、ほんのりとピンク色に頬を染め、陛下やハッピー様が愛用する石けんの香りを漂わせたユレルミの横顔が飛び込んでくる。


「もちろんですっ。王様もハッピー様も、他の皆さんもとっても優しくしてくれて……もしかしなくても、こんなに贅沢な暮らしをしたのは生まれて初めてですっ」


「ははっ、それはよかった。これでもう、君は寒くて風邪をひくこともないし、お腹をすかせて動けなくなることもない……私も一安心だ」


 隣に座る私を見上げてにっこりと微笑むユレルミ。


 彼のその屈託のない笑みに、私はやはりこれで良かったのだと……私の行いや判断は、決して間違っていなかったのだと納得しようとした。だが――。


「でも……」


「……? どうしたのだ? 何か気になることでも……」


「いえ、その……お城での生活になにか不満があるとか、そういうわけじゃないんです……。ただ……」


「え……っ?」


「エステルさんと一緒にいられないのは、すごく寂しいです……」


 その時だった。

 

 不安と寂しさを宿したその言葉と同時。

 ユレルミの小さな手が、すぐ隣に置かれていた私の手に重なったのだ。


 …………。

 …………?

 

 重なった?

〝重なったのだ〟だとッッ!?


 え?


 か、かか……?


 か、かかか、かかかかかか!?

 あぴゃあああああああああ!?


「ゆ、ゆゆゆゆ、ゆ、ゆれゆれっ……!?」

 

「おいしいお料理も、暖かい服も、ふかふかのベッドも……。お父さんやお母さんからも捨てられた僕には、全部夢みたいに素敵でした……。でも……」


「ゆ、ユレルミ……っ」


「それなのに僕は……エステルさんと話せなくて寂しいって……。早くエステルさんに会いたいって……。たった半日の間だったのに、何度もそう思ってたんです……」


「はうぅぅっ……!?」


 混乱する脳と、跳ね上がる鼓動。


 しかしユレルミはそんな私に構わず、少しだけ汗ばんだ手で私の手をしっかりと握りしめていた。

 しかもそれと同時に、柔らかなオレンジ色の光が映る潤んだ瞳を、上目遣いに私に向けるという恐るべき追撃まで……ッ!?


 え!?

 なにこれ!?


 こ、こんなの……あの絵本にも書いてな……っ!


 いや……たしか最後の方のページに〝ここから先は自分の目で確かめてみよう!〟って書いてあったような……!?


「だ、だが……。ここにいれば君はもうずっと幸せに暮らせるのだ……っ! たしかに私との時間は減ってしまうだろうが……。それでも君は、なに不自由ない生活を……!」


「ダメですか……? 僕がエステルさんの傍にいたら、やっぱり迷惑ですか?」


「あ、ああ……!? そ、そんなことはっ!?」

 

 つ、強いっ!?

 最強の騎士であるはずのこの私が……抵抗できない……!?


 これまで私は、ユレルミのことを守るべき対象だと思っていた。

 私よりもか弱い、なんとしても守るべき存在だと。


 だ、だが……今のユレルミは全くもってそんな生やさしい相手ではなかった。



〝逃げられない〟



 力では絶対に私の方が強いはずなのに、縋るように身を寄せてくるユレルミを押し返すことが出来ない。


 ま、まずい……っ。

 なにがなんだかわからないが、とにかくこのままではまずい……!


 私の中の何かが決壊しようとしている。

 もうなにもかもぶちまけろと、私の中の何かが叫んでいる……!


 私……まさか……これは……。

 もしかして……私は、ユレルミのことが……〝す〟――すすッ!?


「僕……エステルさんのことが大好きです。また葉っぱ一枚で……裸で暮らすことになったとしても……。それでも僕は……エステルさんと一緒の方が幸せなんです……っ」


「あ、ああ……ああああ……!? びゃあああああああああああああああああ!?」


「うわあっ!?」


〝飛んだ〟


 正直、もう我慢の限界だった。

 

 ユレルミのその言葉。

 私のことが好きという言葉を聞いた私は、次の瞬間には飛んでいた。


 部屋の天井をぶち抜き。

 頑丈な石の壁を何枚も破壊して夜空へと直立不動の姿勢で跳躍。


 人は天にも昇る気持ちになると、本当に天に昇るのだと初めて知った。


 そして星空に包まれながら、それでも私は〝絶対にこれだけは伝えなければ〟と、国中に届く勢いで必死に叫んだ――。


「私も……君が大好きだああああああああああああああああああああああ!」

 


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