ふかふかのベッドです!


「へぇー……そんなことになってたんだ~。じゃあ、もしかしてユレルミ君はこれからずっとお城で暮らすの?」


「陛下はそのつもりのようだ。ユレルミのスキルは姫様と同じ神の力……。もしユレルミの存在が他国に知られてしまえば、ユレルミを捕らえ、貧乏神の力を悪用しようとするかもしれないと……」


「ケッ! 俺たちのユレルミたんがそんなことするわけねぇだろうがッ! それでなにか? テメェは王の言うがまま、オメオメと引き下がってきたってのかよ!?」


 陛下に続き、ハッピー様へのご報告も終えた私は、実に数ヶ月ぶりとなる私室へと戻っていた。


 ユレルミは今もハッピー様と二人で夕食や談笑を楽しんでいる。


 二人と別れ、一人戻った私室にはようやく入城の許可を得たジローと、白い法衣を着た〝少女の姿に変身〟したバラエーナも待っており、ようやくこれまでの事情を話し終えたところというわけだ。


「ひ、引き下がったとはなんだ引き下がったとは!? そもそも、ユレルミはこれでようやく人並みの生活を送れるようになったのだっ! 彼の幸せを喜びこそすれ、なにを不満に思うことがある!?」


「そういうことじゃねぇよッ! たった半日でそんな〝暗い顔〟になりやがって……いつもの脳筋変態騎士はどこにいきやがった!?」


「暗い顔……だと? 私は今、暗い顔をしているのか……?」


「うんうんっ。明日にも世界が終わっちゃうーって感じの顔してるよ? 自分で気付いてなかったの?」


「馬鹿な……」


 二人からそう指摘された私は、テーブルの上に置かれた小さな鏡を覗き込んだ。


 長い紫色の髪をいつも通り一纏めにし、その髪と同じ色の瞳。

 覗き込んだ鏡の中で、見慣れたはずの私自身と目が合う。


 そこにはたしかに、酷くやつれた虚ろな瞳の私が映っていた。


「酷い顔だ……」


「大丈夫? エステル、お病気になっちゃった?」


「心配なんざする必要ねぇぜバラエーナ。おい変態女、お前はユレルミたんが幸せならそれでいいって言ったが、その幸せってのは、ユレルミたんが〝自分でそう言った〟のかよ?」


「い、言ってはいない……言ってはいないが……。この世のどこに、死ぬまですっぽんぽんで服も着れず、なにも持てない生活を幸せだと感じる人間がいるというのだ!? ユレルミはもうそんな生活をしなくていい……ならば、幸せに決まっている!」


 そう。

 もうユレルミは苦しまなくて良い。


 ここでいつまでも幸せに暮らせる。

 普通の男の子として、ハッピー様と二人で――。


 ぐっ……!?

 な、なんだ……これは……?


 胸の奥がどうしようもなく苦しい。

 突然こんな痛みを覚えるとは、まさか他国のまじない師による呪いでは……!?


「そーかよ。お前がそう思うんならそうなのかもな。けどよ、せめて一度くらいは直接ユレルミたんに確認してみてもいいんじゃねぇのか?」


「ユレルミに?」


「クソほどムカつくが……テメェは俺がなにも出来なかったユレルミたんのために、何度も体を張りやがった。ずっと寂しそうだったユレルミたんを、何度も笑わせやがった……。そこまでやってきたテメェなら、それくらいしたってバチは当たらねぇだろ」


「ジロー……」


 いつになく真面目な様子のジローにそう言われ、私は思わず目を逸らすことしか出来なかった――。



 ――――――

 ――――

 ――



「し、失礼する」


「あ……! エステルさんっ」


 豪華な木製の扉を静かに開いて入室した私を、青と白のシマシマ模様のパジャマを着たユレルミが出迎えてくれた。


 き、来てしまった……!


 ユレルミの……〝男の子の部屋〟に!

 しかもこんな夜更けに……!


「い、いい部屋だな……? そのパジャマもよく似合っている」


「えへへ……。でもずっと裸で寝ていたので、なんだか落ち着かないんです。おかしいですよね、服を着てると落ち着かないなんて」


「きっとすぐに慣れるさ。ところで、その……少しだけでいいのだが……えーっと……君と世間話でも……」


「わぁ……! とっても嬉しいですっ。実は僕……今日はエステルさんと全然お話し出来なくて、すごく寂しかったので……」


「オギャ……!?」


「エステルさんっ?」


「す、すまないっ! 大丈夫、大丈夫だ……! ありがとう……! フハっ! フハハハ!」


 あばばばばばばば!


 な、なんだ!? 

 なんなのだ今のは!?


 ユレルミが〝私と話せなくて寂しい〟と言ったとき……私は危うく大声で叫びながら城の天井をぶち抜き、そのまま雲の上まで飛んで行ってしまいそうな程の幸福を感じた。


 これまでもユレルミの仕草や言葉でドキドキすることはあった。

 だが……今はなんというか、もっとこう……。


「じゃあ、一緒にお話ししましょうっ。見て下さいエステルさん。このベッド、とってもふかふかなんですっ」


 全身から汗がどっと噴き出す。


 お、落ち着け。落ち着くのだエステルッ……!

 これは全くもって、一ミリもやましい状況ではない!


 ユレルミに今の気持ちを確かめ、やっぱりユレルミにとってこの城で暮らすのが幸せなんだと……それでいいのだと、安心するために来たのだ!


 け、決して二度目の同衾を狙っているわけでは……ッ!


「ゴクリ……ッ。お、おお……!? これはたしかに素晴らしいベッドだ……! 私たち二人が一緒に寝ても……? ぜんぜんへいきそうな……ッ!?」


「はいっ」


 私はなんとか〝平静〟を装いながら、一歩……また一歩と、屈託のない純真無垢な笑みを浮かべてベッドに座るユレルミの元に近づいていったのだった……。 



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