第四章 都に呼ばれました!

王都ですか?


「よーーーしっ! 今ので最後か?」


「うんっ。これで全部だと思う」


「ヒャッハハハハ! 空からの眺めは最高だぜ! 寒くないか、ユレルミたん!」


「ありがとうございます、ジローさん。こっちは大丈夫ですっ」


 ばっさばっさと大きな翼を羽ばたかせるバラエーナと、その背に乗る私たち三人。

 目の前に広がる青空と白い雲は後方に流れ、緑の大地は豆粒のように小さい。


 バラエーナと和解してから一週間。


 私たちはバラエーナと共に国中をまわり、バラエーナが奪った財宝を人々に返すのを手伝っていた。

 

 バラエーナがちゃんと財宝を返すかどうかを見張るという意味もあったが、一番の理由は――。 


「しかし考えたなジロー。バラエーナと一緒に私も国を回ることで、バラエーナがもはや危険な竜ではないと人々に知らせて回るとはっ!」


「ケッ! テメェとは頭のデキが違うんだよッ! 下手にバラエーナだけで宝を返しに行けば、国の奴らはビビッてバラエーナを殺しにかかっただろうぜ……! その点、大陸中に名も顔も通った〝最強の騎士〟が一緒なら、雑魚どもも一発で安心するってもんよッ!」


「バラエーナさんは僕たちにコテンパンにされて、改心して良いドラゴンさんになった……っていうことにしたんですよね。でも、バラエーナさんはそれで良かったんですか? 本当は戦って負けたわけじゃないのに……」


「いいよー! ぜんぜんおっけー!」


「うむうむ! バラエーナが戦いを通じて我々の友になったという話も、段々と国中に広まっていくだろう。そうすれば、君が無闇に民から恐れられることも少しずつなくなっていくはずだ!」


「そうそう! わたしとエステルはズッ友なんだよねっ!」


 そう言うとバラエーナは長い首を背中の私に向け、嬉しそうに何度も頷いた。

 私も同じように頷くと、互いの友情を確かめるように笑みを浮かべる。


 この一週間、私もバラエーナと様々な話をした。


 その中でも私が最も驚いたのは、バラエーナが愛読していたという我々人間の〝絵本〟についてだった。


 バラエーナが雪山で読んでいたその絵本は、私が幼い頃から両親の目を盗んでこっそり読んでいた、〝男女の体の仕組み〟についてや、どうしたら赤ちゃんができるのかということについて書かれた本と同じだったのだッ!


〝男女が同衾どうきんするとコウノトリさんがキャベツの葉っぱに赤ちゃんを包んで連れてきてくれる〟という秘密の知識も、私はその絵本から学んだ。


 バラエーナがなぜか人間であるユレルミのすっぽんぽんにやられてしまったのも、全てはその絵本のせいだったというわけだ!


「ねぇねぇ……ところでエステルは、もうユレルミ君と一緒に〝寝ちゃった〟の?」


「ぶふぉ!? ふ、フッフッフ……当然だ! もはや私は大人の階段を極限まで登りきっている! 達人なのだ!」


「きゃーーっ! やっぱり二人はそういう仲だったんだっ。それでどうだった!?」


「フフフ……そ、それはもちろん……えーっと……なんだ……と、とにかく色々と凄かった! 言葉では言い表せないほどだッ!(本当はさっぱり覚えてないのだが!)」


「うわー!? うわー!? すごーい!」


「そ、そうだろうそうだろう! フハハハハッ!」


 とまあ……このようにすっかり仲良くなったバラエーナと〝ガールズトーク〟に花を咲かせながらも、私は無事に任務を果たした充実感をたっぷりと味わっていた。


 そして……。


「なあユレルミ……。その……相談があるのだが……」


「相談ですか?」


「君は覚えているだろうか? 見事バラエーナの件を解決すれば、王は君に望む報酬を与えると言っていたと」


「僕の、望む物……」


 ぶっちゃけ、私もここまで順調に使命を果たせるとは思っていなかった。

 これも全てはユレルミの力と優しい心があったからこそだ。


 国を襲う災厄は片付いた。


 ならば、私が次に為すべきことはこの天使のような少年の力になってやることだ。

 貧乏神などという酷い力のせいで辛い思いをし続けてきた、この少年の力に……。


「でも……僕は貧乏神なので……。何かを貰うことは……」


「それは私もわかっている。だからこそ、私と一緒に王都に来て欲しいのだ」


「僕が、エステルさんと王都に?」


「そうだ。王都には多くの知識を持った賢者たちや、あらゆるスキルに精通した宮廷魔術師がいる。それになにより、君を王都に連れてきて欲しいというのは国王陛下直々のご命令なのだ」


「王様が僕を?」


 そこまで言って、私は脳裏に旅立つ前に王から告げられた言葉を思い出す。



〝貧乏神を見つけたら、邪竜討伐の可否に関わらず必ず王都に連れてくるように〟



 その時の私には、陛下の言葉の意味がさっぱりわからなかった。

 だが、実際にユレルミとの日々を過ごした今ならわかる。


 陛下は、貧乏神がどういう物なのか知っていたのだ。

 そして恐らく、貧乏神の力をなんとかする方法も――!


「本当にいいんでしょうか……。王都には人も一杯いるでしょうし、きっと僕のせいでみなさんに迷惑が……」


「心配するな! これは我が王と優秀な側近たちの考えたこと、きっと何か良い考えがあるのだろう! まずは王都に赴き、次のことはそこから考えればいい!」


「王都か……俺にとっちゃあんまり良い思い出はねぇんだが、それなら尚更ユレルミたんを一人にするわけにはいかねぇなッ!」


「それって、わたしも行ってもいい? やっぱりダメかな……?」


「もちろんバラエーナも一緒だ! 都の民を驚かせないように、また小さくなってもらうかもしれないがな!」


「やったー! 初めてだから楽しみっ!」


 そう言って喜ぶバラエーナと、鼻を鳴らして不満そうに顔を歪めるジロー。


 私はいまだ浮かない顔をするユレルミを安心させるよう微笑みながら、脳裏に〝ある一人の少女〟の姿を思い浮かべていた。


 そうだ。

 

 陛下がなんの考えもなく、貧乏神の所持者を王都に招くとは思えない。

 そしてユレルミという存在を知った今の私には、陛下の思惑に心当たりがあった。


 たしかに、〝彼女〟ならばもしかしたら……。


 貧乏神と対を為す伝説のスキル……〝福の神〟を持つ我が国の姫……ハッピー様なら、もしかたらユレルミのことを……。


「わかりました……よろしくお願いします、エステルさんっ」


「ああ! 私に任せてくれ!」


 去来する不安と期待。

 その両方を胸に抱え、私たちは一路バラエーナの翼で王都へと向かったのだった――。

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