みんなの宝物を返して下さい!
「へ、へぇ~……。それじゃあ、わたしの力を消したのもそこの騎士じゃなくて、ユレルミ君だったんだ……」
「はい。今お話ししたとおり、僕には貧乏神の力がありますから……でも、できれば僕はこの力を使いたくなくて……。だからお願いですバラエーナさん、みんなから奪った財宝を返してくれませんかっ?」
「うーん……。そう言われても……ど、どうしようかなぁ……(チラチラ)」
「悩むのかよッ!?」
「しかも顔を背けつつ、さっきからチラチラとユレルミの葉っぱをガン見しているな貴様!? おのれ邪竜め……肩書き通りなんと邪悪なッ!」
「テメェ……! まさかユレルミたんの葉っぱを狙ってやがるのか!?」
「ばっ……み、見てないっ! ぜんぜん見てないからっ!?」
「嘘だッ! 他の者の目は誤魔化せても、この私の目は誤魔化せんぞッッ!」
あたり一面に広がる雪の平原。
今度こそ雲一つない青空を取り戻した山腹に、バラエーナの否定の声が響く。
当初は山よりも巨大だったバラエーナだが、今はユレルミが話しやすいようにと人二人分くらいのサイズになっている。
そのバラエーナはといえば今も頬を染め、必死に長い首をすっぽんぽんのユレルミから背けつつも、金色の瞳でチラチラと彼の股間を見ているのはバレバレだ!
「大体テメェはドラゴンだろうが!? なんで人間のすっぽんぽんに興味津々なんだよ!?」
「きょ、興味なんてないしっ!? ちょっとだけ珍しいからつい見ちゃうだけだし!? く、クックック……! つけあがるなよ人間どもッ!」
「いやいやいや、今さら無理あるだろその口調……」
おのれバラエーナ……ッ!
人々から財宝を奪うだけでなく、まさかユレルミにまで目をつけるとは!
しかもいつのまにか〝ユレルミ君〟などと……馴れ馴れしいにも程があるッ!
本来ならば今すぐボコボコにして懲らしめてやりたいところだが、ユレルミは今も懸命にバラエーナに説得を続けている。
そんな彼の思いを無駄にしないためにも……私は沸き上がる怒りをグッとこらえ、チラチラとユレルミの葉っぱを見ることでなんとか心を落ち着かせていた……!
「でも、どうしてバラエーナさんはみんなの財宝を奪ったりしたんですか? エステルさんから聞きました……バラエーナさんが暴れ始めたのは、つい最近のことだって……」
「う……そ、それは……その……っ」
まっすぐにバラエーナを見つめ、ユレルミは理由を尋ねる。
しかしこいつ……本当に本物の邪竜バラエーナか!?
私と対峙したときの威厳が欠片もないぞ!?
「その……さ、寂しくて……」
「え……?」
「寂しかったの……四大竜様がドラゴンは人と無闇に関わっちゃダメって決めてから、ドラゴン同士で会うことも減ったし、人間もわたしに会いに来ないし……っていうか、わたしのことなんて最初から誰も知らないし……」
「寂しかったからだと……? 貴様、そんな理由で人々の財宝を!」
「待って下さいエステルさんっ」
「ぐっ……」
「わたしはまだドラゴンとしては子供で、パパやママから離れてここで暮らすようになってからは、本当に誰とも会ってないの……そう思ったら、わたしってなんのために生きてるんだろうって……パパとママから聞かされた〝昔のドラゴン〟みたいなことをすれば、誰か会いに来てくれるかもって……」
そう話すバラエーナの姿は、まるで親に叱られる子供のようだった。
なるほど……。
実は私も、財宝を蓄えれば蓄えるほど力を増すドラゴンなど初耳だと思っていた。
こいつは自分のことを〝まだ子供〟だと言ったが、今回の悪事を起こすまでバラエーナが全く世に知られていなかったことからも、それは間違いなさそうだな……。
「だから、ユレルミ君たちが来てくれて本当は凄く嬉しかったの……ドラゴンっぽい話し方も何回も一人で練習してたし、吹雪だっていい感じのところで止めて、かっこよく登場しようと思ってたし……」
「そうだったんですね……僕もずっと一人だったから、バラエーナさんの気持ちは少しだけわかる気がします……」
「ユレルミ君……」
「でも、だったら尚更みんなの物は返さないとダメですよ。みんながバラエーナさんを怖がって、ますます誰も来なくなっちゃいます」
「うぅ……そう、だよね……。わたしもそう思う……」
なんでかは全くわからないが、バラエーナはユレルミの説得にゴリゴリとほだされ、俯き気味にしょんぼりと頷いて見せた。
貧乏神として森の奥で一人生きてきたすっぽんぽんのユレルミには、バラエーナも共感する部分があったのだろうか?
「わかった……全部返す……」
「本当ですかっ!」
「うん……。私は別に強くなりたいわけじゃないし……。ユレルミ君の言うとおり、みんなから怖がられたって良いことなんてないもんね……」
「ま、マジかよ!? ユレルミたん、マジでやっちまいやがった!?」
「まさか……こうもあっけなく……!」
なんということだろう。
ついにバラエーナはユレルミの説得に応じ、一度も争うことなくそう言ったのだ。
だが……正直なところ、横から見ていた私にもすでにバラエーナに戦意がないことは手に取るようにわかった。
私が今まで対峙してきたドラゴンの中にはそれなりに悪知恵の働く輩もいたが、そのあたりの心の機微は人間もドラゴンも大して変わらない。
内心何かを企んでいる手合いからは、そういう気配がするものだ。
今のバラエーナからは、そういった邪念を全く感じなかった。
そして――。
「ただ……。その……もしよかったらなんだけど……」
「……?」
「わたしと、友だちになって欲しいなー……なんて……っ! たまに遊んだりするような……そんな感じでいいんだけど……っ」
「友だちですか……? その……僕は構いませんけど……」
バラエーナの願いを聞いたユレルミが、おずおずと私の方をちらと見上げる。
それを受けた私は、ユレルミを安心させるように微笑んで見せた。
「ふぅ……。まったく、財宝は返すから友だちが欲しいと願うドラゴンなど貴様が初めてだ。いいだろう……今後一切我々に迷惑をかけないというのであれば、この私が友だちになってやろうではないか!」
「え……いいの? ほんとにっ?」
「な……マジかよ!? お人好しにも限度ってもんがあるぞ!?」
「構わん! 私たちが吹雪を抜けてここまで来れたのはユレルミのお陰だし、バラエーナを説得してこの流れを導いたのもユレルミだ。だから私は、彼の気持ちを尊重するっ!」
「エステルさん……」
それは私の本心だった。
もしもユレルミがいなければ、私とバラエーナは互いの命を奪い合うことしかできなかっただろう。
そして元より、それ以外の方法である貧乏神の力も、ユレルミがその気になってくれなければ使うことはできないのだから――。
「だが、奪った財宝は貴様が元の場所に返すのだぞっ!? 奪ってしまった人々にもしっかり謝ってくるのだ! いいな!?」
「う、うんっ! そうする!」
「よろしいっ!」
私の言葉に、バラエーナは何度も素直に頷くと、ユレルミと目を見合わせて笑うように目を細める。
こうして……当初の予定とは大幅に違う展開となりつつも、私たちの邪竜討伐はあっけなく完了したのだった――。
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