悪いドラゴンさんです!


 それはまるで、本物の神の降臨を見ているようだった。

 

 私たちの行く手を阻んでいた猛吹雪も、日の光を遮っていた分厚い黒雲も。

 なにもかもがユレルミの発した言葉と力の前に跡形もなく消え去ったのだ。


 残ったのは晴れ渡る青空と、一面の銀世界の中で呆気にとられる私とジロー。

 そして股間の葉っぱまで失い、真のすっぽんぽんとなったユレルミだけ――。


「す、すげえ……! これが、ユレルミたんの本当の力だってのかよ……っ!」


「あれほどの猛吹雪を一瞬で消し去るとは……」


「本当は……今みたいなことはしたくないんです……。この前町の人たちの持ち物を奪ったときと違って、〝力そのものを奪う〟のは、取り返しがつかないので……」


「なるほど……つまり君に力を奪われたバラエーナは、もう雪を操って吹雪を起こすことは出来ないわけか……。それで、その……これ……君の新しい葉っぱなのだが……」


「あ……ごめんなさいエステルさん。ありがとうございます」


 ユレルミの話に頷きながら、私は背負っていた櫓を一度地面に降ろし、極力ユレルミの裸を見ないように新しい股間の葉っぱを手渡す。本当はじっくり見たい……なんてことはまったく一切これっぽっちも考えてはいないッッ!


「よし。なにはともあれ、これで後は邪竜を見つけだすだけだな!」


「さすが俺のユレルミたんだぜ! こんなんじゃ、そのドラゴンってのも怖じ気づいて逃げちまうんじゃねぇのかッ!?」


『そう思うか? 矮小な猿どもよ――ッ!』


「っ!? この声は!?」


 だがその時。


 それまで私たちを暖かく照らしていた陽の光が漆黒の影に遮られる。

 上空を仰ぎ見た私の視界に、巨大な黒……それこそ小さな山ほどはある巨体が飛び込んでくる。


『まさか、この世に我が力を奪うことが出来る者がいるとはな。随分と長く生きたつもりだったが、なかなかどうして……興味の種は尽きぬもの。この屈辱は、貴様らの血と肉を無尽に斬り裂いて癒やすとしよう……!』


「で、デケぇ……! なんなんだよこいつは!?」


「構えろジロー! こうして向こうから来てくれるとは話が早い。こいつこそ我が国を荒らす邪竜……バラエーナだ!」


 突然現れた巨大すぎるドラゴンに、辺りの山が揺れ、積み重なった深い雪が雪崩となって砕けていく。


 正面から私たち三人めがけて迫る津波のような雪崩を双剣で木っ端微塵に吹き飛ばすと、私は雪煙の向こうにそびえたつ討伐目標を睨み付ける。


「やっと出てきたなバラエーナ! 我が名はエステル・バレットストーム! 祖国スプリングに仇なす貴様の首、この私がもらい受けるッ!」


『ほう……まさか早々に我が元に〝貴様〟がやってくるとはな。あの〝暗愚な王〟のこと……まだまだ手をこまねくと思っていたが……』


「黙れ! 我が王への侮辱は許さんぞ! そして選べ――! 我らの民から奪った財宝を全て返すか、ここで死ぬかッ! 二つに一つだ!」


「わぁ……。エステルさん、とってもかっこいいですっ!」


「ユレルミたんには指一本触れさせねぇぞッ!」


 現れたバラエーナを見上げ、私とジローがユレルミを庇うように前に出る。

 それを見たバラエーナは小馬鹿にするように鼻から白い息を吹き出す。


『ふん、言うではないか……。だがこれで理解した。たしかに貴様ならば、我が力を打ち砕いたとしても不思議ではない……。流石は最強の騎士、やはり侮るわけにはいかぬか……!』


「んんんん!? なんと……この私にそんな力が!? そう言われるとなんだかそんな気がしてきたぞ! フハハハハ!」


「ちょ……馬鹿かテメェは!? こいつが言ってんのはさっきのユレルミたんのことだろうが! お前じゃねぇよ馬鹿! 脳筋! 変態ッ!」


「なんだと貴様!?」


『愚かな人間よ……我は〝剛奪の翼〟バラエーナ! 貴様ら人間共から奪った金銀財宝は、我が力を極限まで高めている! 今さら貴様らがどう足掻こうと、この我を止めることは不可能ッッ!』


 瞬間。そうして身構える私たちの前でバラエーナは巨大な翼を広げる。

 そして純白の鱗に覆われた体から、凄まじいほどの魔力を放出した。


 まだ戦いが始まっていないにもかかわらず、バラエーナの放つ魔力は辺りの景色を歪め、私たちの肌をビリビリと震わせる。


 なるほど……たしかに言うだけあって相当な力だ。

 だがそれは、この竜に財産を奪われた民がそれだけ大勢いるということでもある。


 許せん……!

 なんとしてもここでボコボコにしてやるっ!


 だが――。


「待って下さいっ!」


 当初の計画も忘れ、怒り心頭となって挑みかかろうとした私を、ユレルミの凜とした声が制した。


「待って下さいエステルさんっ、ジローさんっ! 戦う前に……少しだけドラゴンさんとお話しさせてもらえませんかっ?」


「ユレルミ……? それは……」


 いつのまにやら櫓から外に出たユレルミは、深い雪に素足で降りる。

 そしてその決意に満ちたユレルミの表情に、私は彼の歩みを見守ることしかできなかった。


 だが――。


「初めましてドラゴンさんっ。僕はユレルミといいますっ。ほんの少しだけでいいので、僕の話を聞いてくれませんか……っ?」


『は……っ!? あ……えっ!? ええっ!? なんで、こんなところにすっぽんぽんの……男の子……っ? ちょ……うそ!? なんで服着てないのこの子ッ!? は、葉っぱしかつけてないじゃんっ!? きゃ……っ!』


「って、おいいいいいいいいい!? 貴様なんだその反応はッ!? 乙女かッ!?」


 だが……突然目の前に現れたユレルミのすっぽんぽん姿を見たバラエーナは、真っ白な体を茹でダコのように赤く染めると、まるで少女のように目を背け、あわあわとうろたえだしたのだった――。


  




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