なんだか眠くなってきました


「ぐおおおおおおおお!? ちょ、ちょっと待てテメェ! なんだこの即死級の吹雪は!? 聞いてねぇぞこんなもん!?」


「そんなものこちらが聞きたいくらいだッ! 寒さはどうとでもなるが、このままでは雪に埋もれてしまうぞ!」


「こっちはその寒さでお陀仏だよ!」 


 すぐ目の前すら見通せない猛吹雪の中、分厚い獣の毛皮を何枚を被った私とジローは、とにかく雪山の山頂目指して進んでいた。


 ジローの準備はそれなりに的確だった。


 その土地の寒さに耐えるために最も効果的な方法は、その土地に住む獣の皮を使えば良い。普段からこの山脈地帯に住む獣たちの皮は、たしかに寒さを防いでくれた。


 だがそれも途中までのこと。


 麓からも見えていた、雷鳴とどろく黒雲のエリアに到達しようかというところで猛吹雪に襲われた私たちは、前にも後ろにも動けなくなってしまったのだ!


「ち、ちくしょう……俺様もここまでか……。あ……すっぽんぽんのユレルミたんが、ぷりぷりのお尻を振って俺を手招きして……」


「目を覚ませジロー! 本物のユレルミならば決してそんなことはしないッ! もじもじと恥ずかしげに頬を染め、あくまで控えめに……おずおずとお尻をお前に差し出すはずだろうっ!? お前のユレルミへの想いは、そんなまやかしで満足できる程度だったというのかッッ!?」


「ハッ……!? そ、そうだ……そうだぜ……! すまねぇ変態女……まさかテメェに助けられるとは……」


「フッ……気にするな。癪なことだが、お前には準備で世話になった。この吹雪にはどうしようもないとはいえ、ここまでやって来られたのは間違いなくお前のお陰だからな!」


「変態女……!」


 よしっ。なんとかジローを復活させることには成功したようだな。


 そう安堵しつつも、事態は一向に良くはなっていない。

 いかにジローがとんでもない変態でも、ユレルミへの想いで復活できる回数には限りがあるだろう。


〝私は全然平気〟だが、このままではユレルミとジローが……!

 

「あの……大丈夫ですか?」


 だがその時。


 どうしたものかとその場で考え込む私の、不自然に大きく盛り上がった背中を覆う毛皮がうごめき、中から可愛らしいユレルミの顔だけが現れる。


 そう……これこそが私とジローが考えた、ユレルミを安全に山頂まで連れて行くための秘策!


 口で説明するのは難しいのだが……実は私は今、背中に〝全長三メートル〟ほどの頑丈な木で組み上げたやぐらを担いでいる。

 私とジローはその櫓の中にユレルミが入れるスペースを確保すると、そこを大量の獣の皮で覆った。


 こうすれば私が貧乏神の力に直接晒されることもなく、ユレルミを寒さに晒すこともないというわけだッ!


 ジローからも〝こんな馬鹿デカいモンを担いで平気で雪山登山できる人間がいて助かった〟と大いに褒められたのだ! はっはっは!


「ユレルミたああああんッ!」 


「むむっ。すまない、心配させてしまったな。私たちなら大丈夫だ。ユレルミの方こそ寒くないか?」


「はい、僕はエステルさんやジローさんのおかげで全然へっちゃらですっ。それより、実はさっきから気になることがあって……」


「気になること?」


 吹雪のごうごうという音に途切れ途切れになりつつも、ユレルミの透き通った鈴の音のような声ははっきりと私の耳に届いていた。


「この吹雪、なんだかおかしいですっ。まるで、〝誰かの所有物〟みたいな……」


「この雪が誰かの所有物だと……?」


「そうです。僕は貧乏神なので、そういうのがわかるみたいで……」


「オイオイオイオイ……ッ! ってことはよ、このふざけた〝吹雪を所有〟してそうな奴っていったら、まさか……!」


「なるほど……!? それなら私にもわかったぞ!」


 ユレルミの言葉を切っ掛けとした問答に、私は雪まみれになりながらも大きく頷いた。

 

 邪竜バラエーナ。

 このそびえたつ山に住むという欲深きドラゴン。


 恐らくユレルミは、たった今私たちを阻むこの吹雪も〝バラエーナの力〟による物だと感じ取っているのだろう。


「でもよ、それがわかってもこのクソ吹雪はどうしようもねぇぜッ!」


「たしかにそうだな……。一刻も早くこの山でバラエーナを見つけ出し、我が剣でボコボコにすればいいということくらいしか……」


「いいえっ! この雪が悪いドラゴンさんの〝持ち物〟だっていうのならっ!」


「ユレルミ!?」


「ユレルミたん!?」


 瞬間。


 私たちが制する間もなく、ユレルミはすっぽんぽんのまま櫓から身を乗り出す。

 そしてそのまま荒れ狂う猛吹雪に身をさらすと、大きく両手を広げてその寒さを真正面から受け止めて見せたのだ!


「見てて下さいエステルさんっ! 今度こそ、お二人のお役に立って見せますっ!」


「む、無茶だユレルミっ! 君の葉っぱでは……この吹雪に耐えられない!」


 強烈な突風でユレルミの股間の葉っぱは一瞬にして吹き飛び、もはや真の意味ですっぽんぽんになってしまった彼の体から、眩いばかりの光が溢れる。


 それはこれまでの旅でも、最初の町でゴロツキを撃退したときにも見たことのないユレルミの力だった。


「貧乏神ユレルミの名において命じる……! 邪竜バラエーナ! あなたから……この〝雪〟を没収します!」


「っ!?」


 まるで雷鳴のような一喝。


 とても私の良く知るユレルミが発したとは思えない、〝閃光のような勅命〟が山全体に響き渡り、それから数秒もしないうちに、荒れ狂う猛吹雪は嘘のように止んだ――。


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